バッハ BWV545b(変ロ長調)前奏曲・トリオ・フーガ徹底解説
導入 — BWV 545bとは何か
バッハの「前奏曲とフーガ 変ロ長調」は通常BWV 545として知られ、オルガン作品の重要なレパートリーの一つです。作品番号の末尾に「a」「b」といった識別子が付く場合は、写譜や版の相違、あるいは異稿・異編曲を示すことが多く、BWV 545についても原資料や伝承の差異により複数の版表記が用いられることがあります。本稿では便宜上「BWV 545b(変ロ長調) 前奏曲、トリオとフーガ」と題し、楽曲の構造・演奏上の課題・歴史的背景・実践的な聴きどころを深掘りします。
歴史的背景と版問題
BWV 545の正確な作曲年は定まっていませんが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハがライプツィヒで教会音楽の職務に就いていた時期(1723年以降)に関連する作品群と様式的に近い点が多いとされています。複数の写本が伝わるため、楽節や装飾、左手・右手・ペダルの配分に差が見られることがあり、それが「a」「b」といった異稿表記につながっています。
音楽学的には、自筆譜(autograph)が存在するか、弟子や写譜師による写譜が一次資料として残っているか、教会での実際の演奏の記録があるかが作品理解の鍵になります。BWV 545の場合も写譜群と後世の校訂版を比較することで、バッハ自身の意図や当時の演奏習慣へ近づく試みが続けられています。
全体構成の概観
表題どおり「前奏曲(Prelude)」「トリオ(Trio)」「フーガ(Fugue)」という三部構成を持つ編成は、バロック期の大きな器楽曲に見られる対比と連続性を示します。前奏曲は自由な仮面劇的・即興的性格を伴う部分、トリオは三声の対位法的な小品的な中間部、フーガは厳格な対位法による展開部という機能分担になっています。
前奏曲(Prelude)の分析
前奏曲の主要な特徴は、自由さと即興的な身ぶり、そして鍵盤とペダルの対話です。前奏曲部分はしばしば快速なパッセージ、跳躍するベースライン、装飾的な連符やアルペジオ(分散和音)を伴い、曲全体の導入部として色彩と活力を与えます。音楽的にはトニカ(変ロ長調)を中心に、属和音や近主調を巡る短い転調が挿入され、最後に中間部(トリオ)へと滑らかに移行します。
演奏上のポイント:
- タッチとレジストレーション(パイプの組み合わせ)の選択が曲想を決定づける。オルガンのスワールやリードの併用で行間の色味を作る。
- ペダルの独立した動きと左・右手とのバランス。低音の推進力を失わずに上声の装飾をクリアに出すことが重要。
- バロック的なアーティキュレーション(短めの音の切れ、アクセントの位置)を意識する一方で、過剰な非装飾化は曲の華やかさを損なうので注意。
トリオ(Trio)の位置づけと機能
トリオとは本来「3声」で書かれる小品形態を指し、オルガン曲の中間部に置かれるときは短く対位法的なコントラストを生み出します。BWV 545bにおけるトリオは、前奏曲の華やかさとフーガの厳しさの間に置かれる安定した呼吸点として機能します。三声は通常、右手・左手・ペダルに明確に分配され、それぞれが独立した主題的性格を持ちながら合成的に調和します。
音楽的特徴:
- 明瞭な旋律線と伴奏的なパートの分離。歌うような上声に対し、低声は支えとして機能する。
- 簡潔な対位法的処理。模倣、対旋律、そして短いエピソードが交互に現れる。
- 調性感の維持。中間部でありながら主調との関係を明確に保ち、フーガへの準備を行う。
フーガ(Fugue)の深掘り
フーガはバッハの対位法技法が最も発揮される部分です。BWV 545のフーガは、主題(subject)の提示とそれに続く模倣(answer)、対題(countersubject)、エピソード、再現、ストレッタ(主題の重なり)といった典型的構成要素を含みます。主題はしばしば明確なリズム的輪郭を持ち、トニック—ドミナントの関係を辿りながら展開されます。
形式的留意点:
- 主題の提示は各声部で順次行われ、開始後のエピソードで素材が断片化されて転調やシーケンスが生じる。
- 中間部でのペダルの扱いは、和声の土台を維持するとともに、対位法的な独立性をもたらす。
- 終結部ではトニカへの強い帰着が求められ、しばしば短い閉鎖的な句やコーダによって締めくくられる。
表現・演奏上の実践ポイント
演奏者は以下の点を照らし合わせながら解釈を組み立てるとよいでしょう。
- 楽器選び:古楽器志向の演奏では小規模な教会オルガンや第1ストップ中心のレジストレーションが選ばれることが多い。一方で、近代的な大オルガンではリードやフルスペクラムによる壮麗さを活かすことも可能。
- テンポと流れ:前奏曲は過度に速くなりすぎると装飾の明瞭さを失う。フーガ部は主題の輪郭が保てる速度を選ぶことが肝要。
- 装飾と歌い回し:バロック奏法における装飾(mordent, appoggiatura等)は楽譜に明記されていない場合でも様式に則って適切に配置することが自然である。
- 音律・調律:演奏するオルガンの調律(平均律か古典的な不均等律か)により和声の色合いが変わるため、調律の特徴を生かした解釈を検討する。
代表的な演奏と比較の手掛かり
BWV 545は多くの名高いオルガニストにより録音されてきました。以下は聴き比べのための参考となる演奏者です(選択は代表例であり網羅的ではありません)。
- ヘルムート・ヴァルヒャ(Helmut Walcha) — バッハ全曲演奏の古典的指標。バロック的な明瞭さと宗教的厳しさが特徴。
- マリー=クレール・アラン(Marie-Claire Alain) — 豊富なダイナミクスと多様なレジストレーションで知られる。
- トン・クープマン(Ton Koopman) — 古楽的解釈と即興的な感覚を重視した演奏が特徴。
- E.パワー・ビッグス(E. Power Biggs) — 20世紀中頃の英米的オルガン音楽の文脈で親しまれる録音。
聴きどころまとめ(初心者から研究者まで)
- 前奏曲:装飾的パッセージとペダルの対話、曲の色彩感に注目。
- トリオ:三声の独立性と簡潔な対位法の美しさを味わう。
- フーガ:主題の輪郭、模倣の技法、エピソードからの発展と最終帰着を追う。
- 版の違い:複数版を比較するとバッハ及び写譜された時代の実践が見えてくる。
楽譜・資料の参照法
原典版や信頼できる校訂版を参照することが重要です。写本と校訂版を突き合わせることで、強弱・装飾・音価などの実践的な判断をより確かなものにできます。主要な資料としては公開譜(IMSLP等)やBach Digitalのデータベース、そして学術的な校訂(Neue Bach-Ausgabe等)が挙げられます。
結語 — BWV 545bが教えてくれること
BWV 545b(変ロ長調 前奏曲・トリオ・フーガ)は、バッハのオルガン音楽における多面性を象徴する作品です。自由と厳格、即興的表現と構築的対位法が同一作品内で共存し、演奏者と聴衆に多様な解釈の余地を提供します。原典資料と演奏伝統を照らし合わせることで、作品の新たな側面が見えてくるでしょう。
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参考文献
- IMSLP: Prelude and Fugue in B-flat major, BWV 545
- Bach Digital(作品データベース)
- Bach Cantatas Website(BWV作品解説・資料)


