バッハ:BWV561『幻想曲とフーガ イ短調』—即興性と対位法が交錯する小品の魅力
はじめに — 小さくも奥深いオルガン曲
J.S.バッハの《幻想曲とフーガ イ短調》BWV561は、長大なオルガン作品群の中では比較的短めでありながら、即興的な表現力と厳密な対位法が濃縮された佳作です。しばしば礼拝や説教前の前奏曲として上演されるほか、演奏者の個性が表れやすいレパートリーとしても親しまれています。本稿では、作品の概要、形式と和声、演奏・登録(レジストレーション)の実際、歴史的背景と作曲の位置づけ、そして聴きどころとおすすめの録音・楽譜情報まで、実践的かつ学術的な視点で掘り下げます。
作品概要
BWV561は「幻想曲(Fantasia)」と「フーガ(Fuga)」の二部からなるオルガン曲で、全体の演奏時間は演奏者やテンポの取り方によって前後しますが、一般には5〜9分程度の短い作品です。幻想曲部は自由な即興風の前奏で、リトリート的・レチトティーヴォ的な要素を含みます。続くフーガ部はイ短調の調性を確立し、主題の提示と展開、エピソード、再現を経て終結します。
形式と音楽的特徴
幻想曲は、バッハのオルガン前奏曲に見られる「自由さ」と「リトミカルな断片」が混在する様式を示します。短い装飾句やトリル、連続するアルペジオ、手と足の間で分散されるモチーフが交互に現れ、演奏者に即興的な呼吸を許します。表現はしばしばレチタティーヴォ風であり、語りかけるような音楽語法が用いられます。
フーガ部は古典的なバロックのフーガ技法に則っていますが、作品の規模が大きくないため、簡潔で明快な主題と、短いエピソードによるモジュレーションが中心です。主題はイ短調の確度を強める輪郭(短音階的な動きや跳躍)を持ち、声部間での模倣・ stretto(主題の重ね)・転調を通じて緊張感を構築します。最終部は調性の確立と力強い終止で締めくくられ、短いながらも完成度の高い対位法的処理が確認できます。
和声と言語表現 — イ短調の風景
イ短調という調性はバロック期において情緒的で厳粛な色彩を帯びやすく、BWV561もその特徴を利用しています。幻想曲部では、短調の暗さと急に明るさが覗く長調への短い転調が、感情の起伏を生みます。フーガでは主題の展開に伴って属調や下属調を経由し、エピソードでの順次進行や類似進行が調的な旅を演出します。和声処理は基本に忠実ながら、反復や装飾によって単純になりすぎるのを防いでおり、バッハ的な経済性と表現力が両立しています。
歴史的背景と位置づけ
BWV561はバッハの代表的な大作群(たとえば『グレート・トッカータとフーガ』や『パルティータ』群)ほど大規模ではありませんが、小規模・実用的な器楽レパートリーとして教会音楽の中で機能した可能性があります。バロック期のオルガン曲には、礼拝の構造に合わせた短い前奏曲や後奏曲が多数あり、BWV561もその流れの一例と見なすことができます。
作曲年代については明確に絞り込めていない作品も多く、写本の分布や楽譜伝承の状況に基づいて推定が行われますが、BWV番号としては正典上に組み込まれ、現代の演奏会や録音では安定してプログラムに加えられることが多い曲です。
演奏と登録(レジストレーション)の実際
オルガン演奏において「登録」は作品の音色や迫力を大きく左右します。BWV561は小規模な作品ゆえに、歴史的な小型パイプオルガンやチェンバロ的な音色も適します。以下は一般的なアプローチです。
- 幻想曲:柔らかめのリードを抑えたフロント系や協和的なストップを中心に、語りかけるようなイントロを目指す。短調の色味を出すためにヴィブラートの強いリードよりも、フルートやオーボーに近い暖かい音色が好まれる。
- フーガ:主題の明瞭さを保てるようにディジタル(主音)やセカンダリの音色を組み合わせ、クライマックスではペダルに力強い基音(16'や8')を加えて全体の重心を下げると良い。小規模オルガンではペダルの補強が重要。
- 古楽志向:トン・ホールやミケランジェロ的な古典オルガンを模した登録で、軽快さとクリアさを重視する。装飾やトリルは抑制しつつ、明晰な語尾処理を心掛ける。
実践的な演奏上の注意点
演奏者は幻想曲部の即興性を過度に自由にしすぎないことが鍵です。即興風の装飾は曲の語り口を豊かにしますが、フーガの主題に向けた準備としての整合性を保つことが重要です。フーガ部では主題の輪郭を絶えず意識し、対位法の声部ごとのバランスとエネルギー配分(どこで強奏、どこで引くか)を計画的に行ってください。
聴きどころガイド
- 幻想曲冒頭のレチトティーヴォ的な一節:ここでの間合いや小さな装飾が全体の表情を決めます。
- フーガ主題の初提示:主題の輪郭とキーとなるリズムを把握して、以降の模倣との対比を追いましょう。
- 中間のエピソード:転調や配分の変化が緊張を作り、再現部での解決につながります。
- 終結部の充足感:短い作品でも最終的な終止での決定的な和音が聴き手に強い印象を残します。
録音・楽譜のおすすめ
演奏史的に知られる名演としては、ヘルムート・ワルヒャ(Helmut Walcha)やマリー=クレール・アラン(Marie-Claire Alain)など歴史的楽器志向のオルガニストたちによる録音が挙げられます。近年では古楽復興の観点から、歴史的オルガンでの演奏や、各地の名器を用いた録音が多数あります。
楽譜は、信頼できる版(バッハ全集やユリウス・クランプ版、バエレンライターの校訂など)を参照するのが良いでしょう。手軽にはIMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト)で公開されている写本・版を参照することも可能です。ただし、写本間での細かな相違があるため、可能であれば現代のウルテクスト校訂版を入手することを推奨します。
学術的な視点と議論 — 真作性と作品評価
バッハのオルガン曲の中には真作性(オーセンティシティ)について議論のあるものが存在します。BWV561も研究の対象となることがありますが、全体としては演奏・刊行の場で広く受け入れられている曲です。研究者は写本の出自、楽譜上の筆跡、和声的・様式的特徴を比較検討して真作性の可能性を検討します。読者としては、作品を聴く際に「バッハの様式的特徴」と「写本伝承の状況」を合わせて捉えると良いでしょう。
まとめ — 小品に宿るバッハの精神
BWV561は規模としては小さくとも、バッハの音楽的〈語り〉と〈構築〉の両面を同時に味わえる作品です。幻想曲の即興的な表情と、フーガの緻密な対位法が短時間に凝縮されており、演奏者と聴衆の双方にとって学びの多いレパートリーです。礼拝音楽の文脈でもコンサート作品としても効果的であり、オルガン演奏の技量と音楽性を示す良い機会になります。
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参考文献
- Bach Digital(バッハ・デジタル) — バッハ作品目録と写本情報の総合データベース
- IMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト): BWV561 楽譜
- Oxford Music Online / Grove Music Online — バッハとオルガン音楽に関する学術記事(要購読)
- Peter Williams, The Organ Music of J. S. Bach — バッハのオルガン作品を詳述した研究書(英語)
- Bach Cantatas Website — バッハ作品の解説・録音情報のデータベース
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