バッハ BWV 949「フーガ イ長調」を聴く:楽曲の構造・来歴・演奏のポイント
概要 — BWV 949とは
BWV 949 は「フーガ イ長調」としてバッハ作品目録に載る短い鍵盤用のフーガです。演奏時間は通常2〜4分程度の小品で、主題(テーマ)は明晰かつ簡潔、古典的な対位法の技法を駆使した小規模なフーガとして知られています。ただし、この作品をめぐっては作曲者帰属について議論があり、現代の研究ではヨハン・ゼバスティアン・バッハ(J.S.バッハ)自身の作ではない可能性を指摘する資料もあります。
来歴と写本資料
BWV 949 に関する一次資料は、J.S.バッハの直筆自筆譜が確認されているわけではなく、弟子や同時代の写譜によって伝わったものが主です。そのため、成立年代や作曲者の確定は難しく、写本の伝来経路や筆写者の比較研究が帰属判断の重要な手がかりとなります。音楽学のカタログであるバッハ作品目録(BWV)には伝統的に載せられてきましたが、20世紀以降の研究で“疑わしい(doubtful)”あるいは“偽作の可能性(spurious)”として扱われることもあります。
音楽的特徴(主題と対位法)
本作は典型的なバロック期鍵盤フーガの形式美を示しますが、規模はコンパクトです。主題は明瞭で旋律線がはっきりしており、短いモチーフの反復と転回、シーケンス(順次進行)を利用した発展が中心となります。以下の点が特に注目に値します。
- 主題の輪郭は容易に識別でき、調性感を明確に示す短いフレーズ構造。
- 調的対比と副題(カウンターテーマ)の使用により、楽曲全体に均衡が保たれている点。
- エピソード(主題が休止する部分)ではシーケンスやモチーフ分割が用いられ、フーガの進行にリズム的・和声的な推進力を与えていること。
- 楽曲終盤に向かっては、ストレッタ(主題の重なり)や短い和声的強調によるクライマックスが配置されることが多い。
調性と構造の特徴
イ長調という明るい主調は、この小品に親しみやすさと明快さをもたらします。構造的には、通常のフーガの型(提示部→展開部→再現/終結)を簡潔に踏襲しており、バロック鍵盤曲に見られる対位法的な均衡感と、短い時間内での論理的な展開が魅力です。転調は主に近親調(属調・下属調)を中心に行われ、遠隔調への大胆な跳躍はあまりありません。これも小品として日常的に扱いやすい理由の一つです。
作曲者帰属に関する問題
BWV 949 は歴史的にJ.S.バッハの作品として扱われてきましたが、近代の研究では以下のような点から帰属が疑問視されています。
- 自筆譜が見つかっていないこと。信頼できる原典譜が欠ける場合、写譜の時代や筆者の特性から作曲者を特定する必要がある。
- 対位法や和声進行の特徴がJ.S.バッハの成熟した作風とやや異なると指摘される場合があること。
- 写本の体系や寄稿の文脈(例えば、家族や弟子のための練習曲集に含まれている等)から、弟子や同時代の作曲家の作と推定されるケースがあること。
したがって、作曲者を断定するには写譜資料の精査、筆跡学、様式分析、そして比較校訂が欠かせません。現在公開されているカタログやデータベース(Bach Digital、Neue Bach-Ausgabeなど)は、この作品を掲載しつつも注記で帰属に関する情報を提示しています。
演奏の実践:楽器選択と解釈のポイント
BWV 949 は規模が小さく、クラヴィコードやチェンバロ、現代ピアノのいずれでも演奏されます。選択する楽器によって表現の重心が変わるため、演奏者は以下の点を考慮するとよいでしょう。
- チェンバロ:明瞭なポリフォニーの提示に向き、短いフレーズや対位の輪郭を際立たせる。アーティキュレーションは切れ味を重視。
- クラヴィコード:微細なダイナミクスコントロールや表情づけが可能で、内声の歌わせ方を重視する演奏に適する。
- ピアノ(フォルテピアノ/近代ピアノ):サスティンが長い分、レガートやダイナミクスでドラマ性を強調できるが、対位法の明瞭性を保つためにタッチとペダリングに注意が必要。
テンポ設定は作品の性格を決める重要な要素です。速すぎると対位の明瞭さが失われ、遅すぎると推進力が損なわれます。主題の輪郭を明瞭に提示し、エピソードでのシーケンスを自然に流すテンポ感を探ることが演奏上の鍵です。また、装飾やアーティキュレーションは楽譜の指示と当時の慣習(装飾法)を参考にしつつ、楽曲の構造を損なわない範囲で個別に判断します。
版とスコア入手先
BWV 949 のスコアは公開ドメインの楽譜コレクション(IMSLP など)や、学術版(Neue Bach-Ausgabe)およびいくつかの現代版にて入手可能です。校訂版によっては帰属に関する注記や写譜の出典が詳述されているものがあり、演奏や研究の際には注を確認することが推奨されます。
代表的な録音・演奏解釈(参考)
本作は短いこともあり、全集録音に含まれることもあります。演奏者によって楽器選択やテンポ感が大きく異なるため、複数の録音を比較して自分の解釈を固めるのが有益です。例えばチェンバロ奏者の演奏は対位の明快さを際立たせ、ピアニストの演奏はフレージングとダイナミクスで表情を強調する傾向があります。
- チェンバロ演奏:対位法の輪郭を重視するばあいに適したアプローチ。
- ピアノ演奏:表情豊かな解釈や近代的な音色で聞かせるアプローチ。
- 歴史的鍵盤(フォルテピアノ等):当時の音色感を再現しつつ、楽曲の古典的側面を強調する試み。
学術的な位置づけと評価
BWV 949 は大規模なフーガやWell-Tempered Clavier(平均律クラヴィーア曲集)の代表作に比べると注目度は低いかもしれませんが、小品としての完成度と対位法的な技巧を持ち合わせており、教育的価値や演奏レパートリーとしての利用価値は高いです。また、作曲者帰属の問題は音楽学的な興味をそそり、写譜研究や様式比較の題材としてもしばしば取り上げられます。
楽曲を深く味わうための聴きどころ
演奏・鑑賞の際に注目したいポイントをまとめます。
- 冒頭の主題提示:主題の輪郭とリズムを正確に把握する。
- カウンターテーマの扱い:対位関係がどのように展開されるかを追う。
- エピソードでのシーケンス:どのように素材が分割・再利用されるかを確認する。
- 終結部の処理:ストレッタや和声進行の収束の仕方に注目する。
まとめ:BWV 949 の魅力
BWV 949 は短くとも対位法の基礎を明快に示す作品であり、演奏者にとっては技術と解釈の両面で学びの多いレパートリーです。作曲者帰属の問題が注目されるものの、作品そのものの音楽的価値は失われるものではなく、さまざまな楽器や演奏解釈を通じて新たな魅力を発見できる余地があります。研究者・演奏家双方にとって興味深い題材を提供する、この小品をぜひ多角的に聴き、弾いてみてください。
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参考文献
- Bach Digital(バッハ・デジタル) — バッハ作品目録と写本情報のオンラインデータベース。
- IMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト) — 公開楽譜コレクション(BWV 作品のスコアを検索・参照)。
- Oxford Music Online / Grove Music Online — バッハ研究および作品解説(要購読)。
- AllMusic — 作品解説や録音情報の参照。
- Wikipedia(日本語):ヨハン・ゼバスティアン・バッハ — 作品カタログ(参考情報)。


