バッハ:BWV 974(ニ短調)――マルチェッロ原曲の鍵盤編曲を深掘り

概要

BWV 974 は、ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685–1750)が手がけた鍵盤用の協奏曲編曲の一つで、イタリアの作曲家アレッサンドロ・マルチェッロ(Alessandro Marcello, 1669–1747)が作曲したオーボエ協奏曲ニ短調(Op.1 No.2)を原曲としている作品です。バッハは原曲を鍵盤用に巧みに編曲し、特に中間楽章の緩徐楽章(Adagio)は鍵盤曲として広く愛好されてきました。BWV 972–987 に分類される一連の協奏曲編曲群のなかに含まれ、イタリアン協奏曲様式の学習と普及というバッハの目的が色濃く反映されています。

成立年代と史的背景

BWV 974 を含む一連の協奏曲編曲群は、主にワイマール時代(1713–1714 頃)に作成されたと考えられています。この時期、バッハはイタリア協奏曲、特にヴィヴァルディ流のリズム感やオーケストレーション技法に深い関心を寄せ、それを鍵盤楽器の表現へと翻案することで、合奏曲としての書法を鍵盤楽器に取り込もうとしました。マルチェッロのオーボエ協奏曲はその抒情性と和声進行の巧みさで知られ、バッハが自身の鍵盤語法で再解釈する格好の素材となりました。

楽曲構成と主な特徴

  • 形式:協奏曲の典型である「速—遅—速」の三楽章構成を踏襲している(原曲と同様の三楽章)
  • 第2楽章(緩徐楽章):特に名高く、歌謡的な旋律線と陰影のある和声が特徴。バッハの編曲により鍵盤上での持続と装飾が強調され、独立した鍵盤レパートリーとして定着した
  • 対位法的処理:バッハは原曲の旋律線を尊重しつつ、和声音響を厚くするために内声や対位的な補完を書き加えることが多い
  • 鍵盤語法への適合:弾きやすさを考慮した番手分配やアルペジオ化、短いパッセージの補強など、オーケストラ的書法を鍵盤的表現に転換している

原曲との比較(編曲の意図と手法)

マルチェッロのオーボエ協奏曲は管楽器独特の歌い回しと持続音の扱いが要であり、バッハの役割はそれを鍵盤上で如何に説得力をもって表現するかにありました。そのためバッハの編曲は概ね原曲の旋律・和声進行を忠実に残しつつ、次のような加工を施しています。

  • 旋律の装飾と装飾記号の付加:歌唱線にトリルやモルデント等を施し、鍵盤的な美しさを添える。
  • 中低声部の補強:原曲の通奏低音や弦の内声を鍵盤で表現するため、対位法的な補強や分散和音を追加。
  • リズムの転換:オーケストラ的なアーティキュレーションを短音価のパッセージに置き換え、鍵盤での動的効果を強調。

演奏上のポイント(楽器別)

ハープシコード/チェンバロで演奏する場合、装飾や音色の切り替え(ストップの扱い)、音の減衰を前提にしたフレージングを心がける必要があります。特に第2楽章では長い持続感をどう作るか、間の取り方と装飾の入れ方が表現の鍵になります。ピアノで弾く場合はペダルの使い方に注意しつつ、歌うようなレガートと明晰な内声のバランスを保つことが重要です。

アンサンブル(鍵盤ソロ+弦楽合奏)で演奏する場合は、 continuo としての役割を明確にし、弦の長い音と鍵盤の短い音の対比を調整して、原曲のオーケストラ的効果を失わないようにします。また装飾の適用範囲(どの楽句に装飾を入れるか)を事前に統一しておくと、演奏全体のまとまりが良くなります。

楽曲分析(ハーモニーと旋律)

ニ短調という調性はバロック期においてしばしば深い情感や憂愁を表すために用いられます。第2楽章の旋律は歌謡的でありながらしばしば短い転調や借用和音を含むため、バッハはそれを舞台的に見せるための和声的な膨らませ方(内声の補強、属和音からの帰結の強調など)を行っています。また端的なモティーフの反復と微妙な変形を通じて、単純な歌を鍵盤上で持続的に発展させる手法がとられています。

版と資料

原曲(マルチェッロのオーボエ協奏曲)とバッハの鍵盤編曲の両方について、現代では複数の校訂版と原典版が入手可能です。学術的な参照としては Neue Bach-Ausgabe(NBA)やバッハ総目録(BWV)の記載、楽譜アーカイブ(IMSLP)などが便利です。演奏用には Urtext 系の校訂版や、歴史的奏法に基づく注釈のある版を参照すると良いでしょう。

受容と現代での評価

BWV 974 はバッハ自身の独創的な協奏曲というよりは「編曲作品」として理解されますが、その芸術的価値は高く評価されています。特に中間楽章は鍵盤独奏曲として単独で演奏されることも多く、映画音楽や編曲作品の素材としても引用例が見られます。また、バッハがイタリアン協奏曲様式をどのように自らの美学に取り込んだかを示す好例として、音楽学的にも重要視されています。

演奏と録音を選ぶ際のアドバイス

・歴史的奏法志向の録音(チェンバロ+古楽アンサンブル)は原曲に近い響きを提供します。 ・モダンピアノでの録音は歌わせる表現力が得られる反面、原曲の脆さや短い減衰を再現するのが難しいため、ペダル操作やタッチの工夫が必要です。 ・楽曲の性質上、中間楽章のテンポ感と装飾の選択が評価を左右します。録音を聴く際は第2楽章の呼吸と内声のバランスに注目してください。

まとめ

BWV 974 はバッハの「学習と創造」が結実した作品の一例であり、イタリアン協奏曲様式を鍵盤楽器の言語に変換した点で興味深い作品です。原曲マルチェッロの抒情性を尊重しながら、バッハが付加した対位法的補強や鍵盤的装飾は、演奏者にとって魅力的で同時に慎重な解釈を求める課題を提示します。ハープシコードでもピアノでも、それぞれの楽器特性を活かした演奏が可能であり、聴き手に新たな発見をもたらすレパートリーと言えるでしょう。

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参考文献