バッハ BWV 997 組曲(パルティータ)ハ短調 — 深層解説と聴きどころ
概要:BWV 997とは何か
J.S.バッハのBWV 997は「ハ短調の組曲(しばしばパルティータと表記される)」として知られる独奏曲で、リュート(あるいはラウテンヴェルク=リュートチェンバロ)やギター、チェンバロなどさまざまな編成で演奏・録音されてきました。楽曲自体はバッハのリュート作品群(一般にBWV 995–1000に含まれる系譜に関連)と結びついて語られることが多く、独特の抒情性と対位法的な巧みさを併せ持つ点で評価されています。
作曲時期と歴史的背景
BWV 997の正確な作曲時期は確定していませんが、一般にはライプツィヒ期(1723年以降)に書かれたと考えられることが多いです。バッハはこの時期に鍵盤楽器だけでなく、リュートやリュート系楽器にも深い関心を示しており、リュートのための独奏曲群やリュートのための編曲作品を残しました。当時の弦楽器・撥弦楽器の習慣や舞曲形式への忠実さを保ちつつ、バッハ独自の対位法と和声感が融合した作品群の一つがBWV 997です。
編成と実演上の注意点
原曲はリュートのために想定されているとも言われますが、ラウテンヴェルク(リュートチェンバロ)やギター、さらにはチェンバロやピアノで演奏されることも多い作品です。演奏上の主な論点は以下の通りです。
- 楽器固有のサステインと発音特性:リュートは減衰が早いため、チェンバロやギターに比べてアーティキュレーションやレガート感の作り方が異なります。ラウテンヴェルクはリュートの音色を鍵盤で再現するための選択肢として特に適しています。
- 音域と編曲の自由度:ギターや鍵盤で演奏する際は、和音の配置や最低音の扱いを工夫する必要があります。移調や指使いの工夫で原曲の重心を保つことが大切です。
- 装飾とテンポの扱い:バロック演奏習慣に従い、装飾(トリルやモルデント等)やテンポの柔軟性を考慮することが求められます。過度なロマン派的ルバートは曲想を損なうことがあります。
形式と楽曲構造(聴きどころ)
BWV 997は、バロックの舞曲形式やフーガ的技法を折衷的に用いており、短いパッセージの中に豊かな対位法が込められています。全体を通じての聴きどころは次の点です。
- 主題の扱いと対位法:短い旋律動機が反復・変形され、低音と上声の間で会話するように展開します。リュートの特性を活かした分散和音と内声の動きが魅力です。
- ハ長調の短調表現:ハ短調という調性はバロック期においては重厚で内向的な感情表現を引き出します。和声進行やモード的な色合いが、劇的かつ叙情的な効果を生みます。
- 舞曲由来の節回し:バッハは舞曲形式(アレマンド、クーラント、サラバンド、ジーグなど)を素材として用いることが多く、BWV 997にもその影響が見られ、リズムのうねりやアクセント感が作品の輪郭を作ります。
和声的・様式的特徴の詳細分析
BWV 997の和声構成にはいくつか特徴的な要素があります。まず、短調作品における頻繁な短三和音と和声的マイナー(第6音・第7音の扱い)による色彩の変化、そして半音階的な装飾や通過和音による感情の揺れが挙げられます。対位法的には、主題が転回・拡大・縮小される手法が用いられ、限られた音域内で豊かな多声音楽を実現しています。
楽譜と版の問題:どの版を参照するか
BWV 997を学ぶ際は、信頼できる校訂版を選ぶことが重要です。19世紀以降の複数の版が存在しますが、現在は「Neue Bach-Ausgabe(新バッハ全集)」やバッハ研究に基づく現代校訂が基準になります。また、無料で参照可能な原典資料としてIMSLP等のデジタル譜も役立ちますが、写本由来の誤記や後補の可能性もあるため、校訂者の注記を確認する習慣が必要です。
演奏実践のヒント
演奏者がBWV 997をより深く表現するための実践的アドバイスをまとめます。
- フレージング:リュート奏法を意識して、短いフレーズごとに息づかい(ブレス)があるようにフレーズを作ると自然な歌い回しになります。
- ポリフォニーの明確化:複数の声部が同時に動く場面では、主要旋律を際立たせ、対話する内声を陰で支えるようにコントロールします。
- 装飾の選択:バロック時代の装飾記号とその実際の演奏法は研究が進んでいます。過剰にならない範囲で、原曲の性格に沿った装飾を用いるとよいでしょう。
- テンポ感:舞曲由来の部分は内部拍節感(拍の中の小さな動き)を保ちつつ、全体のテンポは曲の語り口に合わせて決めます。速さのみで技巧を誇示しないことが大切です。
代表的な録音・演奏家(入門ガイド)
BWV 997はリュートやラウテンヴェルクのレパートリーとして数多く録音されています。古楽系のリュート奏者としてはJakob LindbergやHopkinson Smithなどがバッハのリュート作品の演奏で広く知られています。近年はギターや鍵盤による解釈も多様化しており、編曲や楽器により異なる表情が楽しめます。
なぜ今日聴く価値があるのか
BWV 997は、バロックの舞曲形式と高度な対位法が同居する作品であり、短いながらも濃密な音楽的体験を提供します。リュート特有の音色と短調の情感が結びつくことで、内省的でありながら構成的に満足感の高い作品となっています。楽器の違いによる表現の幅も広いので、さまざまな演奏で比較試聴することで新たな発見があるでしょう。
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参考文献
- Wikipedia: Suite in C minor, BWV 997
- IMSLP: Suite in C minor, BWV 997(楽譜)
- Bach Digital(デジタル・バッハ資料庫)
- AllMusic(作曲・録音情報検索の一般的参照)
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