バッハ:BWV1006a(リュート組曲 ホ長調)――原曲と編曲、演奏の魅力を深掘りする

はじめに

バッハの作品番号BWV1006aは、一般に「リュートのための組曲 ホ長調」として知られ、実際にはヴァイオリンのために書かれた「パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006」の編曲・転用にあたる作品です。特に第1楽章のプレリュード(前奏曲)は独立して世界的な人気を持ち、ギターやリュートのレパートリーとしても広く演奏されています。本稿では、作品の成立事情、楽曲構造、ヴァイオリン原曲との関係、演奏上の特徴と解釈のポイント、受容と録音史について詳しく掘り下げます。

成立と史料に関する基本事実

「パルティータ第3番 BWV1006」は、J.S.バッハがヴァイオリン独奏のために作曲した作品群(無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV1001–1006)に含まれ、一般には1720年代(コーテン時代と推定)に成立したと考えられています。一方でBWV1006aと称される〈リュート版〉は、原曲の編曲であり、現存する写本はリュート用のタブラチュアやダウルブック等の形式で伝来しています。

重要な点は、BWV1006aの作成者が必ずしもバッハ本人と断定されていないことです。写本の成立時期や筆者の同定、楽器特性への適応の仕方から、本人による編曲という説もあれば、当時の製作者(生徒や同時代のリュート奏者)による転写との見方もあります。したがって学術的には「BWV1006の編曲」として扱われ、番号の末尾に“a”が付されています(BWVカタログの慣行)。(出典は下の参考文献参照)

曲の構成と各楽章の特徴

BWV1006a(および原曲BWV1006)は、典型的なバロックの組曲・パルティータ的構成を取りつつも、冒頭のプレリュードが名高く、以下のような楽章を含みます(演奏・版によって表記や順序の差異が見られることがあります)。

  • Prelude(プレリュード) — 流れるような連続音形とアルペッジョで展開する、技巧的かつ開放的な楽章。ギターやリュートでの人気が非常に高い。
  • Loure(ルーラ) — ゆったりとした二拍子の舞曲。優雅さと重心のあるリズム感が特徴。
  • Gavotte en Rondeau(ガヴォット(ロンドー形式)) — 主題の反復(リフレイン)と多彩な変奏をもつ、構造的に聴きどころの多い楽章。
  • Menuets I & II(メヌエット) — 二つの対照的な小品を交互に演奏する伝統的手法を踏襲。
  • Bourrée(ブーレ) — 活発で軽快な舞曲。短いながら活気のあるフィナーレ的要素を持つことが多い。
  • Gigue(ジーグ) — 最終楽章としての跳躍感と快活さを備え、作品を締めくくる。

リュート版では、これらの舞曲が撥弦楽器の特性に合わせて和声が補完されたり、複数声部が明確にされるなど、ヴァイオリン独奏とは異なる和声音響が生まれます。

ヴァイオリン原曲との相違点(編曲の工夫)

ヴァイオリンが弓による持続音を得意とする一方、リュートやギターは撥弦で和音処理や分散和音(アルペジオ)での和声提示が得意です。このためBWV1006aでは次のような編曲的工夫が見られます。

  • 和声音の増強:単旋律的なヴァイオリン原曲に比べ、低声部を補って和音を充実させることで和声進行が明瞭になる。
  • テクスチュアの書き換え:原曲の連続する旋律線を分割してアルペジオ化し、撥弦楽器特有の流れを作る。
  • 装飾とフィギュレーション:リュートの運指やタブラチュア表記に最適化された装飾が加えられる場合がある。
  • 音域と転調の配慮:リュートの調弦や共鳴音を生かすために、オクターヴの移動や一部音形の置換がなされることがある。

これらは単なる移植ではなく、撥弦楽器としての表現を最大化するための再解釈といえます。

演奏上のポイントと解釈

奏者は以下の点を意識すると、BWV1006aの魅力を深められます。

  • フレージングとポリフォニーの明確化:多声的に聞こえる箇所では、メロディと内声を区別するダイナミクスとタッチが重要です。
  • リズムの安定とダンス性:ガヴォットやブーレなど舞曲的部分では、拍節感とダンスの性格を曖昧にしないこと。
  • 装飾の扱い:バロック期の装飾は奏者裁量が大きい一方、原曲の楽想を損なわない範囲で用いることが望ましいです。
  • テンポ感のバランス:プレリュードのように自由度の高い楽章では、推進力を保ちつつも呼吸を感じさせるテンポの揺らぎが効果的です。
  • 楽器特性の活用:リュートであればコースの共鳴、ギターであればナチュラル・ハーモニクスや右手指遣いを駆使して色彩を付ける。

受容史と録音・演奏の広がり

20世紀以降、歴史的演奏復興運動や古楽器演奏の普及に伴い、BWV1006aは広く再評価されました。リュート奏者による古楽の実践的アプローチだけでなく、クラシックギターのレパートリーとしても定着し、多くの録音が存在します。プレリュードは特にギター演奏でソロ・アンセム的に演奏されることが多く、一般聴衆にも親しまれています。

おすすめの聴きどころ

初心者がまず注目すべきはプレリュードの「流れ」です。和声の輪郭がアルペジオで刻まれ、次々と音列の連鎖が展開していくさまはバッハの生み出す構造美の縮図です。ガヴォットやメヌエットでは反復主題(リフレイン)とその変化に耳を澄ませると、編曲者の手の内が見えてきます。リュート版ならではの低声の増強が、和声感を強めている点も聴き比べの醍醐味です。

学術的な位置づけと今後の課題

BWV1006aはバッハの器楽作品の編曲実践を考えるうえで重要な事例です。誰がどの時期にどのような目的で編曲したのか、また原曲の演奏習慣と撥弦楽器文化の接点がどのように作用したのかは、写本研究や比較楽譜研究を通じていまだ議論の対象です。演奏家にとっては、史料に基づいた装飾解釈や楽器史的考察が、より充実した演奏へとつながります。

まとめ

BWV1006a(リュート組曲 ホ長調)は、ヴァイオリン原曲の卓越した音楽性を撥弦楽器の魅力に移し替えた作品です。原曲との比較、編曲上の工夫、演奏上のポイントを押さえることで、より深い鑑賞と表現が可能になります。古楽と現代演奏の双方からアプローチできる点も、この作品が長年にわたり愛されてきた理由の一つです。

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参考文献