バッハ:BWV1023『ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ホ短調』──形式・演奏・解釈を深掘りする
作品概要
BWV 1023 は「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ホ短調」としてカタログに登録されている作品です。形式的にはバロック期に広く用いられたソナタ・ダ・キエーザ(教会ソナタ)に基づく〈遅―速―遅―速〉の四楽章形式をとることが多く、本作もその伝統に則った構成が想定されます。調性はホ短調ということで、バロック音楽における“悲愴”や内省的な情感を帯びやすい語法が随所に現れます。
成立と来歴(慎重に扱うべき点)
BWV 1023 はバッハ作品目録(BWV)に含まれる作品ですが、楽譜の伝来や作曲年代については必ずしも明確ではなく、系譜や筆写譜の状況を踏まえて慎重な取り扱いが必要です。現在の学術的カタログでは J.S. バッハに帰されているものの、筆写者や写譜の時期、当該写本が示す変異などから、成立年代や自筆の有無については諸説があります。作品解釈や演奏に当たっては、そのような背景を踏まえ、様々な版や写本を比較する姿勢が重要です。
編成と楽器の扱い
標題どおり独奏ヴァイオリンと通奏低音(バロック・チェロ、ヴァイオローネ、ハープシコード等の組合せ)による編成が想定されます。通奏低音は和声的骨格を提供するだけでなく、ヴァイオリンとの対話を支える役割を果たします。実演では、ハープシコード(またはチェンバロ)と低弦楽器が組み合わされることが多く、ハープシコードは装飾や和声の明示、時には独立した対位法的線を補う“もう一つの会話者”として機能します。
楽曲構成と主要な音楽的特徴
本作はソナタ・ダ・キエーザの伝統に従い、遅・速・遅・速の運びを持つことが典型です(※写本や版によって楽章標題が異なる場合があります)。第1楽章の遅めの序奏は、ホ短調の重厚さと内面性を提示し、対位的な処理や転調の導入が行われます。第2楽章の速い運動部は、ヴィルトゥオーゾ的なヴァイオリンの跳躍やスケール、連続する音型が前面に出ると同時に、通奏低音との緊密な掛け合いが聴きどころです。第3楽章では歌謡的で表情豊かなアリア風のパッセージが置かれ、装飾やピッチカート的要素の扱いが演奏解釈の鍵になります。終楽章は舞曲的あるいは軽快なリズムを帯び、対位法的なフレーズが交錯して曲を締めくくることが一般的です。
和声・対位法の魅力
バッハならではの緻密な対位法と和声進行が本作にも貫かれており、短い動機の展開やシーケンスによって有機的に素材が再利用されます。ホ短調ならではの第6音(ド#)や導音の働き、短調から短調への微妙な色合いの変化(平行長調や副属調への転換)などが、楽曲の感情曲線を形成します。ヴァイオリンの旋律線はしばしば歌うようでありながら、左手的な跳躍やダブルストップを含む技術的な見せ場も織り込まれます。
演奏解釈のポイント
- 装飾(アグレマン)と即興性:バロック期の楽曲では奏者による装飾の挿入が期待されます。写譜に示されたトリルやモルデントに留まらず、アリア風の楽章では適切な装飾で旋律を歌わせることが有効です。
- ヴィブラートの使用:歴史的演奏法を踏まえると、持続的なビブラートは控えめにし、音色の変化やフレージングで表情を作ることが望ましいとされます。
- 通奏低音の編成とバランス:チェロ+ハープシコード、あるいはヴァイオローネを加えるなど編成により低音の色合いが変わります。ハープシコードが和声を明示する役割を担う場合、ヴァイオリンの旋律が埋もれないようダイナミクスとタッチの調整を行います。
- 拍節感とダンス性:速い楽章ではバロックのダンス的リズム感(軽さと下鼓の感覚)を意識します。刻みすぎず、しかし推進力を失わないテンポ選択が重要です。
- アーテュキュレーションと弓使い:バロック弓を用いる場合、短いスピーチ的なフレージングや軽めのサポートで時代味を出せます。モダン弓でもアーティキュレーションを細かく作ることで同様の効果を狙えます。
版と校訂について
BWV 1023 の演奏に際しては、版によって小節割や装飾、フィギュレーションに差異が見られることがあります。原典版(写本に基づく校訂版)を参照し、出版社や校訂者が示す解説や写本の異同を確認することが、原典に忠実な解釈への第一歩になります。近年の歴史学的研究やオンライン・アーカイブ(写譜のデジタル化)を利用して異本を比較することも推奨されます。
録音・演奏に接する際の視点
本作に接する際は、時代演奏(HIP:Historically Informed Performance)とモダンな演奏の双方を聴き比べると理解が深まります。HIPではバロック・ヴァイオリン、ガット弦、バロック弓、ハープシコード等を用いてテンポ・装飾・アーティキュレーションに当時の慣習を反映させます。一方、モダン楽器による演奏では音色の豊かさや持続性を生かした歌いぶりが魅力になります。録音を聴く際は、通奏低音の編成、テンポ、装飾の有無と種類、そしてフレージングの扱いに注目してください。
聴きどころと深掘りの提案
・第1楽章の序文的提示部での和声的な陰影の作り方を追い、短いモティーフがどのように再利用されるかを聞き分ける。
・第2楽章でのヴァイオリンと通奏低音の対話(低音の反応や装飾の補完)を細かく追跡する。
・アリア風の第3楽章では装飾の選択が表情を大きく左右するため、異なる録音で装飾の違いを比較してみる。
・終楽章のリズム的推進力と対位法の絡みを分析し、作曲技法としてのバッハの手法(シーケンス、転回、増殖的展開)を確認する。
まとめ
BWV 1023 は、その編成のシンプルさゆえに音楽的対話や解釈の余地が豊富な作品です。バッハの対位法的な筆致、ホ短調の感情的色彩、そして通奏低音との綿密な掛け合いを味わうことで、時代を超えた音楽的深さを実感できるでしょう。演奏者は写譜と校訂版を照合しつつ、装飾や弓使い、低音編成の選択を通じて自らの解釈を築いていくことが求められます。
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参考文献
- IMSLP: Sonata in E minor, BWV 1023 (Johann Sebastian Bach)
- Bach Digital (デジタル版バッハ資料庫)
- Wikipedia: Bach-Werke-Verzeichnis (BWV) 目録
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