バッハ:BWV1032 — フルートと通奏低音のためのソナタ第3番(イ長調)徹底ガイド
概要と位置づけ
J.S.バッハのフルートソナタ第3番イ長調 BWV 1032 は、フルート(当時の横笛、 traverso)と通奏低音のために書かれた三楽章の器楽曲です。一般的にはアレグロ、アダージョ(Adagio ma non tanto)、アレグロという三部構成で、軽快さと抒情性、バッハらしい対位法的技巧が折り重なる作品です。作曲時期は確定していませんが、ライプツィヒ在任期(1723–1750)の室内楽系作品群の一つとして扱われることが多く、イタリア的なリトルネッロ様式やドイツ的対位法が混淆した特色を持ちます。
楽器編成と演奏上の留意点
編成はフルート(横笛)と通奏低音で、演奏上はハープシコード(またはチェンバロ)と弦楽器(チェロやヴィオローネなど)で低音を支えるのが通例です。原則として basso continuo の実現は演奏者の判断に委ねられるため、ハープシコードの左手が和音を記すのみで低音線はチェロ等が補強するのが歴史的実践に近いとされています。
- 楽器:バロック横笛(traverso)での演奏は音色・息遣い・ポルタメントが当時の響きを再現します。現代フルートで演奏する場合は音量とレガート処理、ヴィブラートの節度に注意します。
- チューニング:HIP(歴史的演奏法)では A=415Hz が一般的。テンポ感や音色のバランスに影響します。
- 通奏低音:ハープシコードの和声打鍵は控えめに、チェロ等で低音を明確に取ると音の輪郭が整います。
版と資料(版元・原典)
この曲の信頼できる版としては、Neue Bach-Ausgabe(新バッハ全集)の校訂や、各社のウルテクスト(Bärenreiter、Henle など)が挙げられます。原典資料はバッハ本人の自筆譜が現存しない場合が多く、弟子や写譜師による写本が主要な一次資料となるため、版ごとに奏法記号や装飾の解釈に差が見られます。楽譜を選ぶ際は、校訂者の解説や原典譜の照合が重要です。
作曲年代と歴史的背景
正確な作曲年は不明ですが、フルートが宮廷やサロンで人気を博していた18世紀中頃の風潮を背景に生まれたと考えられます。バッハは協働した奏者や宮廷楽団との関係のなかで、即興的な装飾や通奏低音の実践を熟知しており、本作にもそうした実践が反映されています。曲想にはイタリアの協奏曲風の開放感と、ドイツの対位法的緻密さが両立しており、バッハの室内楽的側面をよく表します。
各楽章の詳しい分析
第1楽章:Allegro
トニックであるイ長調の明るいアレグロ。リトルネッロとソロの交替的な展開というよりは、ソナタ形式とバロック二部形式の折衷的構造を持ち、主題がフルートに提示されると同時に通奏低音が和声的基盤を固めます。主題はモティーフの反復とシーケンス(同形展開)を多用し、フルートの呼吸や技巧を活かすパッセージが頻出します。
第2楽章:Adagio ma non tanto
中間楽章は歌を歌うような深い抒情性が特徴。旋律は長いフレーズと装飾的な間奏で構成され、和声進行には頻繁なペダル的な低音の持続や、テンションと解決を伴う不協和の扱いが見られます。装飾は原典で限定的に記されることが多く、奏者による適切な装飾付加(トリル、ダブル・デマルカシオン等)が表現を豊かにします。
第3楽章:Allegro
終楽章は躍動するリズム感と対位的なやり取りが魅力。跳躍と分散和音、短い旋律断片の連結によって推進力を生み、終結に向けてテンションを高めます。フルートと通奏低音のコール&レスポンスの場面や、両者が緊密に絡む対位法的パッセージが特徴的です。
和声・形式上の注目点
BWV1032 は単純な伴奏付き旋律ではなく、通奏低音とフルートがしばしば独立して役割を交代する点で、より室内楽的な書法が施されています。和声進行はバッハ特有のシーケンス、属和音連鎖、並進行、並行五度回避などクラシックな様式美を示します。終止や半終止における非和声音(装飾的な通過音、サスペンション)の扱いが情感を左右します。
演奏・解釈の実用的アドバイス
- フレーズの歌わせ方:第2楽章では呼吸を意匠的に用い、句読点を明確にすることで歌うような線を保つ。
- 装飾の付与:原典に明記されていない装飾は、当時の装飾規範(短いトリル、ターン等)に基づき、フレーズの終端や強調箇所に限定して使う。
- 通奏低音の実現:ハープシコードは和声の輪郭を示し、チェロ等が低音線を支えることで音の厚みを調整する。ピアノで演奏する場合はタッチを軽くし、ハープシコード的なバランスを心がける。
- テンポ設定:テンポは楽章ごとのキャラクターを第一に考え、過度に速めない。特に中間楽章は表情の幅を保つことが大切。
録音・演奏スタイルの比較
この作品は、歴史的演奏法(HIP)でのバロック横笛+ハープシコード+チェロという編成と、現代フルート+ピアノという編成で音楽的印象が大きく異なります。HIP は息づかいや音色の変化、間の取り方により古来の語法を再現しやすく、現代編成は緻密なレガートやダイナミクスの幅で別種の表現力を与えます。聴き比べることで曲の別の側面を発見できます。
練習・教育的価値
BWV1032 はフルート奏者にとって技巧と音楽性の両方を鍛えるのに適したレパートリーです。特に装飾の処理、長いフレーズの呼吸配分、通奏低音とのアンサンブル感覚を習得するのに有益です。指導では原典に忠実な読みから始め、徐々に歴史的装飾法や各時代の解釈を取り入れる方法が推奨されます。
おすすめの楽譜・版
- Neue Bach-Ausgabe(新バッハ全集)校訂版 — 学術的な校訂として信頼性が高く、原典写本に基づく注記が役立ちます。
- Bärenreiter/Henle のウルテクスト版 — 実演者向けに使いやすく整理されており、通奏低音の実現に関する解説が充実している版もあります。
参考にすべき聴取ポイント
- 第1楽章:主題の呼吸と短い動機の繋がりを追い、通奏低音の和声推移を注視する。
- 第2楽章:フレージングの始まりと終わり、装飾の位置を確認して歌わせる。
- 第3楽章:リズムの推進力と対位的やり取りの輪郭を明確に聞き分ける。
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参考文献
- IMSLP: Flute Sonata in A major, BWV 1032(楽譜、写本情報)
- Bach Digital(バッハ作品データベース、写本・版の索引検索)
- Wikipedia(日本語):BWV 1032(参考的な概説)
- Bärenreiter(Neue Bach-Ausgabe・ウルテクストの出版社)
- G. Henle Verlag(ウルテクスト版出版社)
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