バッハ:BWV 1062(二台のチェンバロのための協奏曲ハ短調)──深読・演奏・鑑賞ガイド

序論 — BWV 1062とは何か

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)が手がけた協奏曲群の中でも、二台のチェンバロのための協奏曲は独特の魅力を放ちます。BWV 1062はハ短調(C短調)による三楽章形式の協奏曲で、二台の独立した鍵盤楽器が互いに呼応しながらオーケストラと絡み合う作品です。本稿では歴史的背景、楽曲構造・分析、演奏・解釈上の留意点、鑑賞のための聞きどころ、関連資料までを総合的に掘り下げます。

歴史的背景と来歴

BWV 1062の正確な作曲時期は決定されていませんが、バッハの鍵盤協奏曲群が活発に編纂・演奏された1730年代前後のライプツィヒ期に関連づけられることが多いです。多くの鍵盤協奏曲と同様に、BWV 1062もバロック期の協奏曲様式を踏襲しつつ、チェンバロ二台という編成を通じて対話的なソロ群(コルニチェッロ/コンチェルティーノ)を形成しています。

写本資料や版のバリエーションがあり、原典の成立過程や改作・転用の可能性については音楽学的議論が続いています。バッハ自身が自作の器楽曲を転用・編曲することは珍しくなく、したがってBWV 1062にもそのような経緯が推測されていますが、決定的な証拠は限定的です。

編成と演奏時間

  • ソロ:二台のチェンバロ(あるいは現代演奏では二台のピアノやピアノ+チェンバロなどの編成も行われる)
  • リピエーノ(合奏):弦楽合奏(第一・第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ/コントラバス)+通奏低音
  • 楽章構成:全3楽章(第1楽章:アレグロ/第2楽章:アダージョ/第3楽章:アレグロ)
  • 演奏時間:約12〜18分(演奏・テンポ設定により変動)

楽曲分析(総論)

BWV 1062はバロック協奏曲の典型であるリトルネロ(ritornello)形式や対位法的手法を巧みに組み合わせています。二台のチェンバロは単に同じ素材を分担するだけでなく、互いに模倣・応答・対話を繰り広げ、しばしば合奏体(ripieno)と交差することでテクスチュアに多層性をもたらします。ハ短調という調性は悲嘆や緊張感を帯び、内省的かつ劇的な色合いを与えます。

第1楽章:アレグロ(構造と聴きどころ)

第1楽章は力強いリトルネロ主題で開始し、そのたびに合奏と二台のチェンバロが交替して主題の断片や華やかなパッセージを発展させます。リトルネロと独奏群のエピソードによる対比は緊張と解放を生み、チェンバロ間の模倣が聴取の焦点となります。特に低声部の伴奏がハ短調の暗い色調を支え、短い装飾句やシーケンス(模進)が全体を推進します。

第2楽章:アダージョ(表現の核)

中間楽章は協奏曲の感情的な中心です。ハ短調の深い情緒を表す緩抑された旋律線が、チェンバロ二台によって丁寧に受け渡されます。バッハは和声的な張力(経過和音、盛り上がるかのような増2度の処理や、解決を引き延ばす終止法の工夫)を用いて歌うようなアリア風の表現を引き出します。この楽章では装飾やヴィブラートの少ないチェンバロの特性を生かし、音価や休符の扱いで表情をつくることが重要です。

第3楽章:アレグロ(終結の技法)

終楽章は活気に満ちたリズムと対位法的な処理が特徴で、しばしば舞曲的・フーガ的要素が混在します。二台のチェンバロは軽快な応答を繰り返し、合奏との絡みで最終的な総合を形成します。ここではテンポ感と明晰さが勝負どころで、細かなアクセントとフレージングで音楽の活力を表現します。

演奏・解釈上の留意点

  • 楽器の選択:歴史的演奏法ではチェンバロ二台が原則だが、現代的な録音やコンサートではピアノ(フォルテピアノ)やハイブリッドな編成も用いられる。楽器の音色差は対話の性格を大きく左右するため、演奏者はテクスチュアの均衡を意識すること。
  • 装飾とアーティキュレーション:バロックの装飾記号は演奏慣習に依存するため、楽章ごとの性格に応じて節度ある装飾を施す。特に第2楽章では簡潔で表情豊かな装飾が有効。
  • テンポの設定:第一楽章はリトルネロの再現を明確にしつつ急ぎ過ぎないこと。終楽章は躍動感を保ちながらも明瞭な対位線を失わない速度が望ましい。
  • バランス調整:二台のチェンバロと弦合奏のバランスは録音環境やホールによって大きく異なる。ソロの細部が埋もれないよう、通奏低音と弦の配置・ダイナミクスを工夫する。

鑑賞ガイド:何を聴き取るか

  • チェンバロ同士の模倣や応答のパターンに注目する。どちらが主導権を取るか、あるいは平等な対話かを聴き分けると構造が見えてくる。
  • 和声の動きと経過和音の処理。特に第2楽章の転調点や和声的な緊張の作り方が作品の感情軸を決める。
  • リトルネロ主題の再現のたびにどのように素材が変容するか。装飾追加、リズム変化、テクスチュアの密度などに注目する。

歴史的影響と位置づけ

BWV 1062はバッハによる鍵盤楽器のための協奏曲群の一翼を担い、二台編成を通して対話的・対位法的な可能性を拡張しました。後世の作曲家に直接的な影響を与えたというより、バッハの室内協奏曲としての発想が鍵盤音楽の表現範囲を広げた点で重要です。また近現代における歴史的演奏復興運動では、原典に基づく解釈と楽器選択が再検討され、BWV 1062も数多くの注目すべき録音を生みました。

おすすめの聴きどころ(短いチェックポイント)

  • 冒頭のリトルネロ主題:主題の輪郭と弦合奏との対比
  • 第1楽章中盤のチェンバロ二台の掛け合い:模倣の手法
  • 第2楽章の旋律的な語り口:和声的な「呼吸」を感じる
  • 終楽章のリズム推進力:対位法的まとめ方

資料・スコアと研究の入り口

演奏や研究を深めるには信頼できるスコア(新バッハ全集=NBAや校訂版)と複数の録音を比較することが有効です。原典写本の存在や版の相違に注意し、演奏史的背景を参照しながら解釈を組み立てると良いでしょう。

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参考文献