バッハ:BWV 1064 — チェンバロ3台のための協奏曲第2番(ハ長調)を徹底解剖

はじめに

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685–1750)が残した協奏曲群の中で、チェンバロを3台の独奏楽器として扱う作品群は、バロック期の編曲技法や室内楽的対話の妙を示す魅力的な例です。BWV 1064(ハ長調)は、そのような編成の代表作の一つであり、技巧と対位法、合奏とのバランスが見事に組み合わさった作品です。本稿では、史的背景、楽曲構成、演奏上の論点、楽譜および版の問題点、そして聴きどころをできる限り詳しく掘り下げます。

史的背景と成立事情

貴重な史料から、バッハは生涯を通じて自作の再編曲(自家編曲)や他作曲家の協奏曲の鍵盤用への転写を数多く行っていたことがわかっています。チェンバロ複数台のための協奏曲群(一般にBWV 1060–1069周辺に含まれる作品群)は、当時のコレギウム・ムジクムの演奏需要や家庭音楽、さらには自作の器楽作品の再利用という文脈で生まれたと考えられています。

BWV 1064は、楽器編成としてチェンバロ3台、弦楽合奏(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、通奏低音)を想定しています。写本や版の伝来状況には不一致や断簡もあり、成立時期や原曲の有無については学界で議論があります。いくつかのバッハ研究は、この種の協奏曲がイタリア様式(特にヴィヴァルディ流)の影響を受けている点を指摘しており、バッハ自身がこうした素材を鍵盤用に適した形で再構成した可能性を示唆しています。

編成と楽器上の特徴

  • ソロ:チェンバロ3台(各チェンバロは独立の声部を担う)
  • 合奏:弦楽合奏(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ)、通奏低音(チェロやヴィオローネ、パーサスなど)
  • 調性:ハ長調(C-major)。通奏低音を含む典型的なバロックの協奏曲編成。

チェンバロ3台という編成は、個々の鍵盤に独立した役割を与えうるため、対位法的な書法や声部の掛け合いが豊かに表現できます。同時に合奏(tutti)との比率をどのように扱うかが演奏上の重要な課題となります。

楽曲構成(形式と各楽章の解説)

BWV 1064は典型的に3楽章(速—緩—速)から成り、リトルネッロ形式やソロと合奏のコントラストが中心的な仕掛けです。以下に各楽章の特徴を解説します。

第1楽章:アレグロ(速)

冒頭は合奏によるリトルネッロ主題で始まることが多く、その主題が全曲の調性感と動機素材を提示します。チェンバロ3台はここでしばしば相互に模倣や模倣の拡大・転回を行い、合奏部分と引き合う形でソロ群(concertino)のテクスチュアを形成します。旋律線はしばしば短いフレーズで構成され、対位法的に重なり合う瞬間と、三台がユニゾンや和声的支持をする瞬間とが交互に現れます。

第2楽章:アダージョ(緩)

中間楽章は内省的で、対旋律や持続するハーモニーの上にソロが装飾的に歌うことが多いです。ここではチェンバロ3台のうち一台が歌い手のように旋律を担い、他の二台が和音的または伴奏的に支えるという配置も可能です。テンポや表情の取り方、装飾的なフィグレーション(アグレメント)の運用は演奏者の判断に委ねられがちで、歴史的奏法研究の成果が反映されます。

第3楽章:アレグロ(速・終楽章)

終楽章は通常舞曲的かつ快速で、リズムの推進力と切れの良さが求められます。フーガ的な要素や対位主題の再現、3台それぞれが独立して動くことによる密度の高いテクスチャが聴きどころです。最後は明瞭な調性の確立とともに力強く閉じられることが一般的です。

様式的・分析的ポイント

  • 対位法と実音的重ね合わせ:3台のチェンバロは旋律的に独立しながらも、和声的に一体化する瞬間が鍵である。
  • リトルネッロとソロ群の比率:バッハはソロ群を単なる装飾にとどめず、合奏と対等に扱うことでダイナミクスとコントラストを生む。
  • 装飾と即興性:楽譜に明記されない装飾(トリルやモルデント、転回など)は当時の慣習に基づき演奏者が補うべきで、曲の表情を大きく左右する。
  • テンポ設定とリズム処理:バロックのダンス的リズム感を保ちつつも、フレーズごとの呼吸をどのように取るかが演奏の良し悪しを決める。

演奏上の実務的考察

近現代の演奏家はこの作品をチェンバロで演奏することが多いですが、ピアノによる演奏例も存在します。選択によって音色、ダイナミクス、アーティキュレーションに大きな差が生じます。

  • チェンバロを用いる場合:短い減衰音と明瞭なアーティキュレーションが生かされ、バロック的対位法が際立つ。ただし、複数台の音量バランスやペダリングがないことによるフレーズの持続感は工夫が必要。
  • モダン・ピアノを用いる場合:レガートやダイナミクスの幅を生かせる一方で、バロック的な明晰さを維持するために細かいアーティキュレーションの調整が求められる。
  • 通奏低音の配置:チェロとヴィオローネ(またはコントラバス)により低音の支えを堅固にする。ハープシコードの左手と低音群の役割分担を明確にすることが望ましい。

版と楽譜の問題点

BWV 1064を含むバッハの鍵盤協奏曲群は、原典写本の不完全さ、版ごとの校訂差異、装飾表記の不統一など、演奏や研究における難題を抱えています。現代のクリティカル・エディション(BärenreiterやBreitkopf等の新版)は、既知の写本資料を比較・注釈しているため、初演や学術的研究、あるいは演奏準備の際にはそれらを参照することが推奨されます。

聴きどころ(具体的な箇所指摘)

第1楽章の冒頭リトルネッロはモチーフの提示に富み、これが各ソロ楽節でどのように変容するかに注意してください。第2楽章では、チェンバロ単独のソロ的瞬間が詩的効果を持つことが多く、装飾の挿入で表情を作ることができます。第3楽章では、3台の対話が最高潮に達する箇所を見出すことで、全体の構成感と高揚を強く感じ取れるでしょう。

音楽史上の位置づけと影響

チェンバロ複数台のための協奏曲は、バロック協奏曲の多様性と、鍵盤楽器が独奏楽器として確立されつつあった過程を示す重要な証左です。特にバッハは、イタリア協奏曲様式を取り入れつつ、ドイツ的な対位法や和声進行の厳密さを融合させることで独自の協奏曲語法を築きました。本作はその点で、教育的価値と演奏上の魅力の両面を兼ね備えています。

実践的な推奨(練習法・リハーサルのポイント)

  • 各チェンバロの役割分担を明確にする(メロディ、対旋律、和声支持など)。
  • 合奏とソロのダイナミクスを事前に数値的に取り決め、合奏が埋もれないようにする。
  • 装飾の統一:トリル等の開始音や長さを合わせ、アーティキュレーションの一貫性を保つ。
  • テンポの取り方を楽章ごとに決め、特に第2楽章のテンポは情感表現に直結するためメンバー間で共有する。

結語

BWV 1064は、バッハの編曲術と対位法的才能、そしてチェンバロを用いたコンチェルト・グロッソ的発想が結実した作品です。原典の不確定性や演奏上の選択肢の多さは、研究者と演奏家にとっての挑戦であり続けますが、その分だけ演奏ごとに新たな発見が生まれる余地が大きい作品でもあります。歴史的背景と楽器特性を踏まえつつ、自身の音楽観を反映させた解釈を構築することが、最良のアプローチと言えるでしょう。

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参考文献