バッハ:BWV1067 管弦楽組曲第2番ロ短調を徹底解説(バディネリ含む)
序論 — BWV1067が持つ特別な位置
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの管弦楽組曲(序曲集)BWV1066〜1069のうち、第2番ロ短調(BWV1067)は、編成にフルート独奏をとり入れている点で特に知られています。中でも終曲の「Badinerie(バディネリ)」は軽妙かつ技巧的なフルートの小品として広く人気を集め、単独で演奏・録音されることも多い楽曲です。本稿では、曲の成立背景、編成・楽章構成、各楽章の特色、演奏上の留意点、そして音楽史上の位置づけまでを可能な限り正確に掘り下げます。
成立時期・背景
管弦楽組曲はバッハのライプツィヒ時代に演奏されていたと考えられており、都市のコレギウム・ムジクム(市民音楽会)での上演を念頭に置いて編まれたものと推定されています。第2番ロ短調の正確な成立年は不明ですが、18世紀の前半から中盤(おおむね1730年代)にかけて成立したとされ、管弦楽組曲群の一翼を担います。自筆譜が現存していない点や、楽譜の伝写(弟子や門人による写譜)により伝わった点など、写本資料に基づく研究が中心です。
編成と楽器
BWV1067の標準的な編成は、フルート独奏(当時の横笛=トラヴェルソ想定)、弦楽合奏(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ)、通奏低音(チェロ/コントラバス+チェンバロ等)です。オーボエやティンパニの指定はなく、管楽器はフルートがソロとして突出します。近年の音楽学では、ソロ・フルートの存在について、バッハ自身の追加か、あるいは編曲によるものかの議論があり、原曲が別の器楽曲(ヴァイオリン協奏曲等)であった可能性を示唆する意見も存在しますが、決定的な結論は出ていません。
楽章構成(概説)
一般的な版では、以下のような楽章順になります(全部で6つ前後に区分されることが多い)。
- Ouverture(序曲): Largo — Allegro(フランス風序曲)
- Rondeau(ロンド): Allegro
- Sarabande(サラバンド): Andante
- Bourrée I & II(ブーレ): Allegro
- Polonaise(ポロネーズ): Tempo di Polacca
- Badinerie(バディネリ): Presto(終曲)
フランス風序曲を頂点に、様々な舞曲が連なる典型的な組曲構成といえます。終曲Badinerieは短いながらも技巧性と機智に富み、フルートの名曲として独立して語られることが多いのが特徴です。
各楽章の詳細と音楽的特徴
序曲(Ouverture)
序曲は「フランス風序曲」の形式に則り、ゆったりとしたラルゴの導入(重々しいドット付きリズムを含むことが多い)に続いて、速いアレグロ部では対位法的・模倣的な扱いが展開されます。ロ短調という調性は管弦楽組曲群の中ではやや陰影が深く、序曲部でも壮麗さと厳しさが共存します。
ロンド(Rondeau)
主題が繰り返されるロンド形式は、フルートの歌う旋律と弦の伴奏が絡み合う場面が多く、軽やかなフレージングとフレーズ終端の呼吸が演奏上重要です。バッハのロンドは単純な循環構造にとどまらず、対位的な挿入句や短い変奏を含んでいます。
サラバンド(Sarabande)
ゆったりとした3拍子の舞曲で、表情深いアフェクトを求められます。装飾や歌わせ方によって大きく印象が変わる部分で、フルートの抑制された美しさが求められます。ロ短調の持つ憂愁や内省がここで顕著になります。
ブーレ(Bourrée I & II)/ポロネーズ(Polonaise)
ブーレは躍動感のある2拍子の舞曲で、対比される二つのブーレを交互に演奏する形が典型です。ポロネーズはポーランド起源の舞曲で、ここでは宮廷的な色合いと軽やかなリズムが示されます。いずれもフルートの装飾的速旋律や短いトリルが効果的に配置され、奏者の技巧と音楽表現が問われます。
バディネリ(Badinerie)
終曲のBadinerieは2/4拍子、速度表示はPrestoに相当する速さで、16分音符やトレモロに近い連続音形をフルートが軽やかに吹き回します。技巧的な流れとリズミカルなユーモアが同居しており、短い曲ながら聴衆に強い印象を与えるため、アンコールや独奏会のレパートリーとしても人気があります。名前はフランス語の "badiner"(戯れる)に由来し、曲想にぴったりの語感です。
和声・様式分析上の注目点
ロ短調という選択は組曲全体にやや暗い色彩をもたらしますが、バッハはそれを多彩な和声進行や転調で緩和・変化させます。フランス風序曲に見られるドット付きリズムとその後のフーガ的展開、舞曲部における短いシーケンスや終止形の多様さなど、バロックの様式規範を踏まえつつバッハ独自の対位法的処理が随所に現れます。特にソロ・フルートと合奏の対話においては、伴奏が単なる和声補助にとどまらず、対位的な役割を果たす場面が重要です。
演奏・解釈の実務的ポイント
- 楽器選択: バロック・トラヴェルソ(低めのピッチ、細い音色)で演奏すると、当時の響きが再現される。現代フルートでの演奏も一般的だが、音色と発音法の違いを意識すること。
- ピッチとテンポ: バロック・ピッチ(A=415Hz程度)や適切なテンポ設定を検討する。特にBadinerieは速さのバランス(軽快さと明瞭さ)を重視。
- 装飾: 揺らぎの少ない装飾と、小節間のブレスを含めたフレージング設計が重要。
- アーティキュレーション: スタッカートとレガートの区別を明確にし、合奏全体で統一されたアーティキュレーションを保つ。
楽曲の来歴・編曲問題(学術的論点)
BWV1067のフルート独奏の起源については学者の間で議論が続いています。いくつかの説は以下の通りです:一部の学者は原曲が別の器楽曲(例えばヴァイオリンやオーボエの協奏曲)であった可能性を指摘し、バッハ自身または門人による編曲でフルート用に適応されたのではないかと考えます。他方、ライプツィヒでフルート奏者のために直接書かれたという見方もあります。自筆譜が現存しないため、写本比較や和声・声部構成の分析に基づく間接的な推定が中心です。
受容と影響
第2組曲と特にBadinerieは、クラシック側だけでなくポピュラー文化や教育の現場でも広く親しまれています。短く印象的な終曲はフルート教則本や演奏会のアンコールに頻出し、録音も多数あります。さらに、この曲を通じてバッハの器楽的技量および舞曲様式への造詣が一般聴衆に知られるようになりました。
まとめ
BWV1067は、バッハの管弦楽組曲群の中でフルートを主役に据えたユニークな作品です。フランス風序曲から舞曲群、そして機知に富んだBadinerieまで、短い楽章の中に豊かな造形と熟練した対位法が凝縮されています。演奏・解釈にあたってはピッチや楽器、装飾の扱いに配慮しつつ、ロ短調の持つ内面性と舞曲的な軽妙さの両立を目指すことが求められます。
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参考文献
- Wikipedia — Orchestral Suite No. 2 (Bach)
- IMSLP — Orchestral Suite No.2 in B minor, BWV 1067 (score)
- Bach Digital (総合データベース。写本情報や版の比較に有用)
- Encyclopaedia Britannica — Orchestral suites (解説)
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