イングリッシュホーン(コール・アングレ):歴史・構造・奏法・名曲を徹底解説
イングリッシュホーンとは
イングリッシュホーン(英語名:English horn、仏語:cor anglais、伊語:corno inglese)は、オーボエ属(ダブルリード管楽器)の一種で、オーボエより低い音域を担当する管楽器です。一般にはアルト・オーボエ(alto oboe)やコール・アングレと呼ばれますが、正式にはトランスポーズ楽器であり「ヘ音(F)管」に分類されます。音色は深みのある温かさと憂いを帯びた表情が特徴で、オーケストラや室内楽、オペラで重要な独奏および旋律役を担います。
基本的な構造と材料
イングリッシュホーンの外見はオーボエに似ていますが、いくつかの明確な相違点があります。
- ボディ:一般的に黒檀(グレナディラ)やローズウッドなどの硬木、近年では合成樹脂やカーボン複合材も使用されます。
- ベーシャル(ベル):イングリッシュホーンは特徴的な梨型(胴のふくらみがある)あるいは壺状のベルを持ち、音色の丸みや共鳴を作ります。
- ボーカル(bocal):リードは直接本体に取り付けるのではなく、金属製の細い管(ボーカル/bocal)を介して装着します。これによりリードの角度が変わり、独特の発音位置を生みます。
- リード:オーボエより長く大きな二枚刃のリードを用います。リードの形状や硬さは音色と吹奏感に大きく影響します。
- キーメカニズム:オーボエに準じたキーシステムですが、管が長いため指孔配置や指使いが若干異なります。低音域のための補助キーが付くことが多いです。
音域・移調(トランスポーズ)の扱い
イングリッシュホーンは通常ヘ音(F)管で、記譜は実音より完全五度高く書かれます。つまり、楽譜に書かれた音より実際の聞こえる音は完全5度低いです(楽器は“トランスポーズ・ダウンのF管”)。これにより演奏者はオーボエと似た指使いで演奏できますが、音響的には低くて豊かな響きを得られます。
標準的な実音域はおおむね E3(低いミ)付近から上はC6付近までとされますが、製作や奏者によって若干の差があります。高音域は吹き抜けやすく、低音域では暖かさと深さを得やすいのが特徴です。
発音・音色の特徴
イングリッシュホーンはオーボエよりも倍音の含有比率が低く、柔らかく暗めの音色を持ちます。音色の印象は「郷愁」「憂愁」「森や田園の情景」などを表現する際に特に有効です。単音の独奏では歌うようなレガートが得意で、オーケストラの中では中低域のメロディックな役割を担います。
音程面では楽器特性上、低域でややフラットになりやすく、中高域で鋭くなる傾向があるため、奏者は呼吸量とアンブシュア(唇と顎の使い方)を綿密にコントロールして調整します。
歴史的背景と名称の由来
イングリッシュホーンの起源は18世紀前半に遡り、古いオーボエ属楽器(例:oboe da caccia や中世のシャルメラ)などが発展して生まれたと考えられています。フランスでの使用が早く、エンゲージや宮廷音楽で普及しました。
名称(cor anglais, English horn)の由来は諸説あります。代表的な説には「英語(English)」が語源であるとする説、フランス語の ancien « anglé »(曲がった=angled)に由来する説、さらに単なる語音変化(古い語彙の転訛)によるものという説があります。現在の音楽学では明確な結論はなく、いずれの説も一定の支持を受けています。
楽器の役割と代表的なレパートリー
オーケストラにおけるイングリッシュホーンは、独奏的なメロディやオーボエ群の補完、色彩的な中低声部を担当します。以下は特に有名なソロや活躍例です:
- アントニン・ドヴォルザーク:交響曲第9番『新世界より』第2楽章(ランダムな英語表記では「Largo」で知られる) — 有名な哀愁の主題は英語ホルンで演奏されることが多い。
- グスタフ・マーラー、リヒャルト・ワーグナー、シベリウス、ブラームス、チャイコフスキー、リヒャルト・シュトラウスなど、ロマン派後期から近代の作曲家が英語ホルンを多用しました。オペラや管弦楽曲の情緒的・牧歌的場面で用いられます。
(注:上記の作品例は史実に基づく代表例です。楽曲の編曲や版によって管編成が異なる場合があります。)
奏法と表現技法
イングリッシュホーンの奏法はオーボエに近い基本技術を共有しますが、より長いリードと大きな管体に対応するため、以下の点が重視されます。
- 呼吸と支え(ブレスコントロール):深く安定した空気支えが必要で、長いフレーズを歌う際には腹筋と横隔膜の連携が重要です。
- アンブシュアの微調整:リードが大きいため、唇と顎のセッティングを微妙に変えることで音程と音色を整えます。
- リード調整(リードメイキング):多くの英語ホルン奏者は自作リードを微調整して使用します。リードの厚みやチップの形、カンヌ(刃)の位置が音色に直接影響します。
- ヴィブラートとフレーズの造形:英語ホルンは歌うようなフレージングが鍵で、控えめで深いヴィブラートが好まれる傾向にあります。
メンテナンスと現代の製作動向
木製の英語ホルンは湿気や温度変化に敏感で、定期的なメンテナンスが必要です。表面の亀裂を防ぐための保湿や、キーの調整、コルクやフェルトの交換が一般的です。近年は合成材や強化木材、金属ボディなどの採用が進み、耐久性や安定性を狙ったモデルも登場しています。
製作面では、ボーカルの形状やベルの内径設計、キーのメカニズム改良など細部が研究されており、奏者の要求に応じて音色や吹奏感をカスタマイズできるようになっています。
聞き手へのアドバイス:英語ホルンを見つけるポイント
- 曲の情緒的クライマックスや静かな伴奏の中で木管ソロが現れたら、英語ホルンである可能性が高いです。特に中低域でややこもった、しかしよく声の通る音なら英語ホルンです。
- ソロがやや悲しげ・懐かしさを感じさせる表情を持っていたら、英語ホルンの出番であることが多いです。
- プログラムノートや録音のクレジットを確認すると、英語ホルン奏者名や使用楽器が記載されている場合があります。
まとめ
イングリッシュホーンは、オーボエ族の中で特有の深みと詩情を持つ楽器です。トランスポーズの性質やリード・ボーカル構造の違いにより、オーケストラや室内楽で非常に表情豊かな役割を果たします。歴史的には18世紀以降に確立し、その名称には諸説あるものの、現在では世界中のオーケストラで不可欠な存在です。楽器そのものの魅力だけでなく、ドヴォルザークやシベリウスなどの名曲に刻まれたソロは、聞き手に強い印象を残します。英語ホルンを知ることで、管楽器アンサンブルやオーケストラ作品の聴取体験が一層深まるでしょう。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica: English horn
- Wikipedia: Cor anglais (English horn)
- Wikipedia: The Swan of Tuonela
- Wikipedia: Symphony No. 9 (Dvořák)
- International Double Reed Society (IDRS)
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