劇伴(きょくはん)とは何か:映画・ドラマ音楽の歴史・制作・聴きどころガイド

劇伴とは:定義と役割

劇伴(げきはん、英: film score / background music)は、映画・テレビドラマ・舞台・ゲームなど視覚メディアの映像に合わせて作られる音楽全般を指します。原義としては『劇の伴奏』を意味し、場面の感情を増幅したり、物語の時間や空間を示したり、登場人物の心理やテーマを提示する役割を担います。場面の外側(非登場人物の視点)で働く非劇中音楽(non-diegetic)と、画面内で源が明示される劇中音楽(diegetic/ソースミュージック)を使い分けることで、映像表現の幅を広げます。

歴史的背景:サイレント期から現代まで

劇伴の起源はサイレント映画時代に遡り、ピアニストや小編成のオーケストラが演奏するキューシートや即興伴奏が主流でした。トーキーの普及により映画音楽は映画制作工程の一部となり、ハリウッド黄金期にはマックス・スタイナやバーナード・ハーマンのような作曲家が台頭し、オーケストラ中心の“シネマティック・サウンド”が確立されました。

その後、ジャンルや映画監督の要求と技術革新により劇伴は多様化します。エンニオ・モリコーネの斬新な音響アイデア、ジョン・ウィリアムズの主題動機(ライストモチーフ)による語り、ハンス・ジマーの電子音とオーケストラの融合(ハイブリッドスコア)など、作曲家ごとの“署名(シグネチャー)”が明確になりました。ゲーム音楽やストリーミング時代のサウンドトラック配信は、劇伴の制作と消費のあり方にも変化をもたらしています。

制作プロセスの流れ

  • スポッティング(Spotting):監督や編集者、作曲家が場面ごとにどこで音楽を入れるか、どの目的で使うかを決める重要な工程。
  • テンプレート/テンポトラック:編集段階で使用される既存音楽やテンポ付きの仮音源。作曲家はこれを基に曲の尺や構成を決めることが多い。
  • モックアップ(Mock-up):DAWと高精度サンプル音源を用いて作成するデモ。録音前に監督と音像を共有するために不可欠。
  • オーケストレーションとスコア制作:作曲家の主題を実際の楽器編成に落とし込み、譜面を整備する工程。作曲家自らが行う場合とオーケストレーターが担当する場合がある。
  • レコーディング・セッション:指揮者・演奏者がスタジオで録音。クリックトラックやSMPTEタイムコードを用いて映像との厳密な同期を取る。
  • ミックスとダイアログ/効果音との統合:サウンドデザインチームと協働し、劇伴が台詞や効果音を邪魔しないようバランスを整える。

現場の役割分担

  • 作曲家:テーマや雰囲気を生み出す中心人物。
  • オーケストレーター:作曲家のアイデアを詳細な譜面に変換。
  • 指揮者・演奏者:音楽を実演し録音する。
  • ミュージックエディター:映像に最適な長さへ編集し、タイミングやフェードを調整。
  • ミュージックスーパーバイザー:既存曲の使用やライセンス管理、サウンドトラックの制作と配信戦略を担う。

音楽的手法:感情操作と語りの技術

劇伴に用いられる技法は多岐にわたります。テーマ(主題)を繰り返すことで物語の統一感を生み出す『ライスモチーフ(leitmotif)』、場面の緊張を高めるオスティナート(反復低音やリズム)、不協和音やサステインで不安を演出するハーモニーの操作、ソースミュージックとアンダースコアの対比によるリアリティ操作などが典型的です。

近年はサウンドデザインと劇伴の境界が曖昧になり、ノイズやエレクトロニクスをテクスチャーとして使うことで視覚効果を音で補強する手法が増えています。

ジャンルごとのアプローチ

ジャンルによって劇伴の役割や音色は大きく変わります。例えば:

  • 西部劇:モチーフの明確化、孤独や広がりを表すシンプルな旋律と独特の楽器(ハーモニカ、ギター)。
  • ホラー:不協和音、伸張音、静寂の対比で恐怖を演出。
  • サイコロジカルドラマ:パーソナルな音響(小編成、ソロ楽器)で内面を描写。
  • アクション/スリラー:リズムの推進力、打楽器と低音の強化で緊迫感を維持。

技術革新と現代の潮流

デジタル音源(サンプルライブラリ)、DAW、リアルタイムオーディオエンジンの進化により、作曲家はスタジオ外でも高品質なモックアップを制作できるようになりました。これによりプリプロダクション段階での意志決定が迅速化し、また予算の制約からハイブリッド(サンプル+実演)スコアが増えています。

ゲーム音楽ではインタラクティブ性が要求され、楽曲がプレイヤーの行動によって動的に変化する設計(レイヤードトラック、ミドルウェア)も一般化しています。

著作権・権利関係の基礎

劇伴に関する権利は複数に分かれます。主要なのは作曲家の著作権(作詞作曲に基づく著作権)と、録音に対するマスター権です。映像に音楽を組み込む際には同期(シンク)ライセンスが必要で、既存曲の利用は権利者と個別に交渉されます。日本ではJASRACなどの団体が著作権管理を行いますが、映画・ドラマの使用条件は個別契約で決まることが多く、配信や国際配信時の取り決めも複雑化しています。

代表的な作曲家とその手法(事例)

  • ジョン・ウィリアムズ:『スター・ウォーズ』シリーズでの明瞭な主題動機の使用とオーケストレーション。メロディが物語を牽引する古典的映画音楽の代表例。
  • エンニオ・モリコーネ:西部劇での非伝統的楽器や効果音的な音使いを導入し、音楽そのものが物語の語り部となるスタイルを確立。
  • 久石譲(ジョー・ヒサイシ):宮崎駿作品での叙情的な旋律、映画に寄り添うミニマルなアレンジが特徴。
  • 坂本龍一:『ラストエンペラー』での国際共同作業や現代音楽的要素の導入。映画音楽の国際的評価に貢献。
  • ハンス・ジマー:電子音とオーケストラを融合したハイブリッドスコアで近年の商業映画音楽の一つの方向性を示した。

批評的に聴くためのポイント

  • 場面の感情と音楽の因果関係(音楽が感情を『説明』しているか『増幅』しているか)を意識する。
  • 主題のモティーフの変化を追い、登場人物や状況による変奏を探す。
  • サウンドデザインとの境界に注目し、効果音的素材が音楽にどのように組み込まれているかを確認する。

これから劇伴を学ぶ人へ:実践的アドバイス

  • 映像を常に読む訓練をする。台詞や編集のタイミングを基準に音楽の入りどころを分析すること。
  • 編曲とオーケストレーションの基礎を学ぶ。小編成で表現する技術は低予算現場で重宝される。
  • 技術的にはDAW、サンプルライブラリ、ミキシングの基礎を習得する。モックアップの質は契約機会に直結することが多い。
  • 人脈とコミュニケーション能力も重要。監督や音響チームとの共通語(テンポ、感情語彙)を持つこと。

まとめ:劇伴の現在と未来

劇伴は映画やドラマの“見えない登場人物”として、物語を補強し、観客の感情を誘導する重要な要素です。技術の進歩とメディア環境の変化に伴い、その制作手法や流通、権利処理は変化を続けています。しかし基本は変わらず、メロディ、ハーモニー、音色、リズムといった音楽的要素で物語をどう語るかという芸術的判断にあります。これからも新しい音響素材やインタラクティブ性の導入により、劇伴はさらなる表現の可能性を獲得していくでしょう。

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参考文献