劇中音楽とは何か──歴史・機能・技法から名作スコアまで深堀解説

劇中音楽とは:定義と対象範囲

劇中音楽(劇伴、incidental music/film score)は、演劇・映画・テレビ・ラジオなど、物語が進行する場面に付随して用いられる音楽を指します。舞台音楽としての「劇中音楽」は舞台の雰囲気や場面転換、登場人物の心情を補強する目的で作曲されてきました。映画音楽はその延長線上にありますが、サウンドトラックやテーマ曲、モチーフの発展など、より緻密な時間軸への同期や録音技術の発展により独自の表現技法を確立しました。

歴史的な背景:舞台から映画へ

劇中音楽のルーツは18〜19世紀の演劇や歌劇に見いだせます。代表的な例としてフェリックス・メンデルスゾーンはシェイクスピア劇《真夏の夜の夢》のために序曲(1826年作曲)と後年に付随する劇付随音楽(1842年)を作曲し、「結婚行進曲」などが現代でも知られています。またエドヴァルド・グリーグはイプセンの戯曲《ペール・ギュント》(1875年)のために音楽を書き、『朝』や『岩の魔王の宮殿にて(山の魔王の宮殿で)』などが組曲として広まりました(これらは舞台のために書かれ、後にコンサート用に編曲された例です)。

映画の登場とともに、劇中音楽は新たな局面を迎えます。サイレント映画期にはピアノや小編成の伴奏が使われ、トーキー以降は音楽が映像と密接に結びつくようになりました。20世紀のハリウッドではマックス・スタイナー、エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルト、そしてバーナード・ハーマンらがシンフォニックでドラマティックなスコアを確立し、映画音楽が文化的にも独立した芸術形態として認識されるようになりました。

劇中音楽の主な機能

  • 感情の強調:視聴者の感情反応を誘導・増幅する(悲劇的場面に弦楽を用いるなど)。
  • 場面設定と時間・空間の提示:民族楽器や音響テクスチャで場所や時代を示す。
  • 心理描写と主題化:登場人物やテーマに対応する動機(モティーフ)を繰り返し用いることで意味を付与する(ライプツィヒ以降の音楽的伝統、ワーグナーの“動機”(leitmotif)に起源を持つ手法)。
  • テンポとテンションの操作:音楽で場面の緊張感を作り、カット割りや編集と連動して効果を生む。
  • 物語の連続性/繋ぎ:場面転換を滑らかにするためのブリッジ音楽や間奏。

技法と制作プロセス:作曲から録音まで

劇中音楽の制作は一般に次のような流れを取ります。まず監督や編集者、プロデューサーと行う“スポッティングセッション”で、どの場面にどのような音楽が必要かを決定します。その後、作曲家は映像を見ながらテーマやモチーフを練り、デモを作成します。現代ではテンポや長さを厳密に合わせるためにクリックトラックやタイムコードを用いることが一般的で、これにより録音時の演奏と映像の同期が取られます。

技法としては以下がよく用いられます:

  • モチーフ主導(leitmotif):特定の人物や概念に短い音型を割り当て、物語の展開に応じて変奏する。
  • オーケストレーション:楽器編成で色彩を作り出す。弦楽器の持続音で不安を表現したり、ブラスで英雄性を示すなど。
  • 電子音響・サウンドデザインの融合:20世紀後半以降、シンセサイザーやサンプリングを用いる例が増加。
  • ミニマリズムやモジュラー手法:フィリップ・グラスのように反復とゆるやかな変化で時間の流れを示す手法が映画でも採用される。

代表的な作品と作曲家(ケーススタディ)

  • フェリックス・メンデルスゾーン:《真夏の夜の夢》の劇付随音楽。19世紀の舞台音楽の典型として、劇的場面や舞踏の場面に音楽的ソリューションを与えた。

  • エドヴァルド・グリーグ:《ペール・ギュント》の音楽は、舞台の叙情性を高め、後に管弦楽組曲として広く演奏されるようになった。

  • マックス・スタイナー(映画):『キング・コング』(1933)や『風と共に去りぬ』(1939)などで大編成オーケストラによるテーマとドラマティックな扱いを確立した。

  • エーリヒ・W・コルンゴルト(映画):ロマン派的なハーモニーと映画的主題の融合を示し、『ロビン・フッドの冒険』(1938)などが有名。

  • バーナード・ハーマン(映画):『サイコ』(1960)で弦楽だけによる衝撃的なサウンドを作り出し、心理的効果の研究に大きな影響を与えた。

  • エンニオ・モリコーネ(映画):『続・夕陽のガンマン/夕日のガンマン』や『ウエスタン』群で、非伝統的な音色とモチーフでジャンルそのものを再定義した。

  • ジョン・ウィリアムズ(映画):『スター・ウォーズ』(1977)での交響的主題の使用は、古典的な劇中音楽の復権を示した例である。

分析の視点:聴きどころと批評的着眼点

劇中音楽を分析する際は、次の点に注目すると深く理解できます:モチーフの導入タイミングと変奏、楽器編成が示す心理的効果、テンポやリズムが編集とどう結びつくか、そして音楽が語る「視点」(音楽が観客側の感情を促す非劇内の“ナレーション”になっているか、劇中の世界に属する“ディジェティック(diegetic)”か)。ドラマの中で音楽が何を語っているのか、すなわち物語のどの要素を強調・覆い隠し・解釈しているかを見抜くことが肝要です。

現代の潮流と技術的変化

21世紀の劇中音楽は多様化しています。従来のシンフォニック・スコアに加え、エレクトロニカ、ワールドミュージック、サウンドデザインの要素を取り込む作品が増えています。さらに、ポップソングを劇中に挿入することで物語性を担保する手法(音楽監督/ミュージックスーパーバイザーの役割増大)や、テンプレート的に既存曲を流用する“テンプレート(テンポラリ)ミュージック”の問題も指摘されています。

制作側ではデジタルワークフローの浸透により、リモートでの作曲・オーケストレーション・録音が可能になり、国際的なコラボレーションが増えています。またストリーミング時代にはサウンドトラック単体が商業的成功を収めるケースもあり、劇中音楽の価値が再評価されています。

著作権・ライセンスと配信時代の課題

劇中音楽は著作権や契約の対象であり、楽曲の使用範囲や音源の権利処理は制作段階から慎重に行う必要があります。既存曲の使用やサンプリング、カバーの扱い、国際配信時の権利処理などは複雑で、音楽監督や法務の関与が不可欠です。

劇中音楽の聴き方ガイド:初めて深く聴く人へ

作品を観ながら音楽に注意を向ける習慣をつけることが最も有効です。次のポイントで聴き比べてみてください。

  • 特定の登場人物や状況に繰り返し現れるモチーフを追う。
  • 楽器の選択が場面の雰囲気や時代、文化をどう示すかを考える。
  • 音楽がカット割りや編集にどう寄り添っているか、あるいは意図的に対置されているかを観察する。
これにより、劇中音楽が単なる“背景”ではなく、物語を語る重要な語彙であることが見えてきます。

まとめ:劇中音楽の持つ二重の役割

劇中音楽は、舞台芸術に根ざした伝統と映画技術の進化が融合して生まれた表現です。観客の感情を導くと同時に、物語に新たな意味を付与する力を持ちます。歴史的な名作スコアを学ぶことは技術的な理解だけでなく、表現の可能性を広げるヒントになります。今後も技術革新とともに表現が変容していくでしょうが、音楽が物語に寄り添うという本質は変わりません。

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参考文献