フランス合唱曲としてのレクイエム──慰めと様式美が織りなす三つの巨匠(フォーレ、デュリュフレ、ベルリオーズ)
はじめに
「レクイエム(Requiem)」はラテン語のミサ曲の一つで、亡くなった者のための追悼音楽です。ヨーロッパ各地で多様な解釈が生まれましたが、特にフランスにおけるレクイエムは、宗教性と詩的抒情性、そしてしばしばグレゴリオ聖歌への敬意を基盤にした独自の美学を形成しました。本稿では、代表的なフランスの合唱レクイエム—ガブリエル・フォーレ、モーリス・デュリュフレ、そしてやや別格ながらフランス音楽史上に巨大な足跡を残すエクトル・ベルリオーズの『大ミサ(Grande Messe des morts)/レクイエム』—を中心に、楽曲の特徴、作曲史、演奏上のポイント、現代の受容について詳しく掘り下げます。
フランス的レクイエムの特徴
フランスのレクイエムに共通する特色として、以下の点が挙げられます。
- 宗教的荘厳さよりも「慰め」「安らぎ」を重視する傾向(特にフォーレ)。
- 教会修道院でのグレゴリオ聖歌復興運動(ソレム派など)の影響により、原始的な聖歌素材の活用や様式的簡潔さが取り入れられることがある(デュリュフレ)。
- オーケストレーションや合唱の使い方が、多様で劇的な表現を志向する作例と、室内的で透明な調和を志向する作例の双方が存在する(ベルリオーズ対フォーレ)。
ガブリエル・フォーレ(Gabriel Fauré)の『レクイエム』
フォーレ(1845–1924)の『レクイエム』 Op.48 は、しばしば「慰めのミサ」と称されます。作曲は1887年ごろから始まり、最終的な版は1890年代にかけて整えられました。フォーレはロマン派的な劇的衝動を避け、柔らかく内省的な表現を追求しました。
特徴的なのは次の点です。まず、ラテン語典礼の中でももっとも劇的な箇所である「Dies irae(怒りの日)」の大部分を省略し、死を恐怖として描くよりも、安息と慰めを提示するために「In Paradisum(天国へ)」を作品の終わりに置きます。これによりフォーレ版は対照的に静謐で宗教的な内省を強調します。
編成は当初小編成の室内的なものとして想定されましたが、拡大編成で演奏されることも多く、ソプラノやバリトンの独唱が効果的に用いられます。楽句の流れは旋律的で、和声は豊かだが過度に重くならないため、合唱のアンサンブルや音色のコントロールが演奏の要となります。
モーリス・デュリュフレ(Maurice Duruflé)の『レクイエム』
デュリュフレ(1902–1986)の『レクイエム』 Op.9 は、1947年に完成した作品で、グレゴリオ聖歌の主題を素材として巧みに再構成している点が最大の特徴です。デュリュフレはフランスにおける聖歌伝統と近代和声の融合を図り、原初的な旋律線をそのまま現代的な響きへと拡張しました。
この作品は、独唱や合唱に加えて、オルガンと小編成のオーケストラ(またはオルガンのみの版)で演奏できるよう配慮されています。デュリュフレの和声感覚は非常に洗練されており、曖昧調(モーダル)と現代和声を織り交ぜることで、古典的な聖歌の神秘性を温度感のある色彩で表現します。
また、全体の構成は緊密で短め(演奏時間はおよそ25–35分程度)であり、コーラスの音色統一やオルガンのバランスが作品の美しさを左右します。グレゴリオ聖歌のモティーフが随所に顔を出すため、それを把握しておくと解釈が深まります。
エクトル・ベルリオーズ(Hector Berlioz)の『大ミサ(Grande Messe des morts)』
ベルリオーズ(1803–1869)は厳密にはロマン派の作曲家で、その『Grande Messe des morts, Op.5』(通称:ベルリオーズのレクイエム、1837年作)はレクイエム像の一つの頂点をなす大規模作品です。管弦楽編成、複数のブラス群、打楽器、二重合唱、そして巨大な合唱団を用いることにより、スケールと劇性を前面に押し出します。
ベルリオーズのアプローチは、教会音楽の枠を超えて“劇的オペラ”的なダイナミズムを追求したもので、特に「Dies irae」や「Tuba mirum」などの場面は金管群による断続的・衝撃的な音響効果が特徴です。これはフランス的な抒情性とは対照的に、死の審判というカタストロフィを音響的に可視化する手法といえます。
テキスト取り扱いと典礼性
フォーレとデュリュフレはどちらも典礼文(ラテン語)を尊重しつつも、作曲上の必要に応じて省略や再配置を行っています。フォーレは慰めに重点を置くためにDies iraeをほぼ排し、In Paradisumを結尾に据えました。デュリュフレは典礼旋律をそのまま素材化しながらも楽曲構成上の統一を図ります。ベルリオーズは典礼性を劇化し、聴衆に強烈な印象を与えることを優先しました。
演奏と録音のポイント
これらの作品を演奏・録音する際の共通した留意点は以下の通りです。
- 合唱の音色統一:フランス語発音ではなくラテン語の発音にも注意しつつ、フォーレやデュリュフレでは柔らかいフォルマントと明瞭な子音処理が求められます。
- ダイナミクスのレンジ管理:デュリュフレは内向的なダイナミクスの変化が作品の命です。ベルリオーズは対照的に非常に大きなレンジを要求します。
- オルガンとオーケストラのバランス:デュリュフレにはオルガン併用の版があり、建築的な残響を持つ教会での演奏が特に効果的です。録音時は残響と直接音のバランスを慎重に設定してください。
- テンポ設定:フォーレでは極端に遅くなりすぎると精神性が失われます。流れを保ちつつ内面性を表現することが重要です。
現代における受容とプログラミング
フォーレとデュリュフレのレクイエムは、宗教曲であると同時にコンサートレパートリーとしても根強い人気を保っています。小編成での上演や教会での演奏、あるいは祭儀音楽としての使用など、用途は多様です。一方でベルリオーズの大ミサは、その巨大全合奏のために特別な機会(記念演奏やフェスティバル)で取り上げられることが多く、音響的インパクトを重視したプログラミングが効果的です。
聴きどころのまとめ
・フォーレ:死を恐れるのではなく、安らぎと救済を描く「慰めのレクイエム」。歌詞の省略と静謐な旋律が特徴。特に「Pie Jesu」「In Paradisum」は詩的な美しさの象徴です。
・デュリュフレ:グレゴリオ聖歌の素材感を現代的な和声へと昇華。オルガンの色彩とコーラスの均一な音づくりが鍵。
・ベルリオーズ:巨大オーケストラと合唱による劇的な表現。公共的・祝祭的な場面でのインパクトが圧倒的です。
実践的なガイド(演奏会や放送で活かすために)
- プログラム編成:フォーレやデュリュフレは小編成の宗教的プログラムや、室内楽的な幕間曲と組み合わせやすい。ベルリオーズは大規模曲と組み合わせるか、単独での特別演奏に向く。
- 会場選び:残響が長すぎるとフォーレの細部が埋もれるため、残響時間は中程度が望ましい。デュリュフレはやや豊かな残響を生かしやすい。ベルリオーズは大ホール向き。
- 言語感覚:指揮者・合唱指導者はラテン語のアクセントや母音の処理を徹底し、作品ごとの美学(内省vs劇性)を明確に伝える。
結び
フランスのレクイエムは、多様な様式や精神性を内包しています。フォーレの温かな慰め、デュリュフレの聖歌的精緻さ、ベルリオーズの圧倒的な音響劇場。これらを比較しながら聴くことで、「死と向き合う音楽」の幅広さと奥行きを深く味わうことができます。合唱団や聴衆にとって、各作品の語る世界を理解することは、演奏表現に直結する重要な鍵となります。
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参考文献
- Gabriel Fauré — Britannica
- Maurice Duruflé — Britannica
- Hector Berlioz — Britannica
- Fauré: Requiem — Naxos (work notes)
- Duruflé: Requiem — Naxos (work notes)
- IMSLP (public domain scores and references)


