アントン・ウェーベルン入門:生涯・作風・遺産を深掘りする

序章:音楽史における小さな巨人

アントン・ウェーベルン(Anton von Webern, 1883–1945)は、20世紀の音楽史において“短く、緊密で、極度に洗練された”作品群で知られる作曲家です。規模は小さくとも構造と音響への考察は極めて深く、第二ウィーン楽派の一員としてアルノルト・シェーンベルクやアルバン・ベルクとともに新しい音楽言語を切り拓きました。ウェーベルンの音楽は「点描的(pointillistic)」な響き、音色(Klangfarbe)を構造の一要素とする発想、さらに十二音技法への厳密な適用などにより、戦後のヨーロッパで生まれた総合的なシリアリズム(トータル・シリアリズム)へ大きな影響を与えました。

生涯の概略

ウェーベルンは1883年12月3日にウィーンで生まれました。ウィーン大学で音楽学を学んだ後、1904年頃からアルノルト・シェーンベルクに師事し、作曲の基礎と当時最先端の和声観を学びます。初期の作品には遅いロマン派的な影響も見えますが、やがて無調性・表現主義的言語へと移行していきます。

第一次世界大戦後の1920〜30年代には十二音技法を取り入れ、より厳密で体系的な作曲を行うようになります。政治的に困難な時代(ナチス期)を生き延びたものの、第二次世界大戦末期の1945年、オーストリアのミッタースィル(Mittersill)でアメリカ兵に撃たれ亡くなりました(1945年9月15日)。その死は音楽史にとって大きな損失とされています。

作風の特徴:濃縮と音色の政治学

ウェーベルンの音楽を理解するには、いくつかのキーワードが有効です。

  • 凝縮(concentration): 作品は極めて短く、動機や和声の展開は必要最小限に絞られる。余剰音を削り、各音の存在が相対化されることで、音の一発一発に意味が集中する。
  • 点描(pointillism): 複数の楽器に音を分散させ、個々の音が切り離された点のように聴こえるテクスチュア。和声的な連続よりも、音の連関と間(休符)の配置が重視される。
  • 音色の旋律化(Klangfarbenmelodie): メロディを音の高さだけでなく〈音色の変化〉でも作る考え方。ウェーベルンは音色を構造的要素として扱い、楽器ごとの色味の移り変わりを旋律の一部として位置付けた。
  • 形式と対称性: 短さの中に厳密な比例や対称性(回文的配置など)が埋め込まれていることが多い。これは聴き手にとっては一見断片的だが、分析すると緻密な設計図が見えてくる。
  • 十二音技法の徹底応用: 1920年代以降は十二音技法を採用し、音高のみならずリズム・強弱・アーティキュレーションなどへも規則性を拡張する試みを行った。これが戦後の総合的なシリアリズムの先駆となった。

主要作品と分析的視点

代表的な作品群を挙げると、その短さと密度がすぐにわかります。初期のオーケストラ作品〈パッサカリア〉(Passacaglia)はロマン派と前衛の境目に位置し、後期の室内楽や歌曲群では無調から十二音法への移行が明確になります。ウェーベルン作品の分析において重要なのは、「欠落や休符の配置」や「音色の配列」が形式的役割を担っている点です。例えば複数の楽器が交互に1音ずつ受け渡すような楽想は、旋律が楽器色により分割されるため、従来の旋律線とは別の構造的意味を持ちます。

また、ウェーベルンの十二音作品では列(tone row)の選択が単なる音高の素材ではなく、軸対称性や反行、逆行を含む数学的な配慮のもとで組み立てられていることが多く、これが作品の凝縮感と透明感に寄与しています。

演奏と解釈の難しさ

ウェーベルン作品は短くても解釈の余地が多く、テンポ、アーティキュレーション、音色の選択が作品の印象を大きく左右します。点描的な音の連鎖を滑らかに繋げるのか、各音を独立した〈声〉として浮かび上がらせるのかで聴感は変わります。演奏家には高い集中力と細部への厳格な注意が要求されます。

受容と影響:戦後への架け橋

ウェーベルンの音楽は生前は限定された聴衆にしか届きませんでしたが、戦後に一気に再評価されます。特に1940~50年代のドイツ、フランス、イタリアの前衛作曲家(ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ルチアーノ・ベリオら)はウェーベルンの短さ・構成力・音色志向を作曲技法に取り込み、より総合的なシリアリズムを発展させました。ウェーベルンは「作曲のための作曲」ではなく、音そのものの存在条件を問い直す芸術家として位置づけられます。

聴くためのガイド:入門作品と録音

  • 短いが本質を示す作品:弦楽四重奏のための〈6つの小品〉、オーケストラのための〈5つの小品〉、歌曲(Op.、作品集)
  • 十二音法の理解に有用な作品:交響曲(Op.21)、協奏曲(Op.24)など。これらは十二音技法の厳密な適用例として分析材料に適している。
  • おすすめ録音:伝統的にクレジットされる指揮者やアンサンブルによる全集録音(全集的な録音は作品の時期差、演奏解釈の違いが学習に役立つ)

史的・倫理的留意点

ウェーベルンの評価には政治的背景の整理も必要です。ナチス期の文化政策の影響で彼や同時代の前衛作曲家の扱いは複雑で、またウェーベルン自身の個人的な行動・態度についても研究者の間で議論があります。作品と作曲家個人の位置づけを分けて考える一方で、史的文脈を無視しない批評的視点が求められます。

まとめ:現代音楽の根幹にある微細な力学

ウェーベルンは音楽史の中で「軽やかな」(短く)作品を通して、かつてないほど深い構造的洞察を示しました。彼の音楽は一聴しただけでは掴みにくいが、分析と反復によってその設計の精巧さが明らかになります。音の配置、休止、音色の変化までをも作曲的素材とする彼の方法論は、20世紀後半の前衛音楽に直接的な影響を与え続けています。ウェーベルンを聴くことは、音そのものの存在を再考する作業でもあるのです。

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参考文献