F値(絞り)完全ガイド:露出・被写界深度・描写特性を極める実践知識
はじめに — F値とは何か
F値(エフち、f-number)はカメラレンズにおける絞りの大きさを示す無次元数で、レンズの焦点距離(f)を有効口径(D、入口瞳径)で割った値として定義されます。式で表すと、F値 N = f / D です。F値が小さいほどレンズの開口は大きく、多くの光を取り込みます。逆にF値が大きいほど開口は小さく、取り込む光は少なくなります。
F値と露出の基本関係
写真の露出は主に絞り(F値)、シャッタースピード、ISO感度の三要素で決まります。F値を1段(ストップ)変えるごとにセンサーに入る光量は約2倍または半分になります。これはF値が√2(約1.414)倍ずつ変化する標準的なF値スケールに基づきます。
- 標準的なF値スケール:f/1, f/1.4, f/2, f/2.8, f/4, f/5.6, f/8, f/11, f/16, f/22 …
- 光量の関係:Nが√2倍になると入射光は半分、Nが√2分の1になると倍になる。
F値と被写界深度(Depth of Field, DOF)
被写界深度は写真で許容できるピントの合って見える範囲を指します。主に次の要素で決まります:絞り(F値)、焦点距離、被写体までの距離、そして許容錯乱円(Circle of Confusion, CoC)です。一般的な傾向は次のとおりです。
- F値が小さい(開放に近い)→ 被写界深度が浅く(背景ボケが大きく)なる。
- F値が大きい(絞る)→ 被写界深度が深くなり、前後の範囲にピントが合いやすくなる。
- 焦点距離が長いほど被写界深度は浅くなる(同じ構図を保つと)
- 被写体に近づくほど被写界深度は浅くなる
ハイパーフォーカル距離は風景写真などで有効なテクニックで、焦点をこの距離に合わせることで無限遠まで許容ピント範囲を最大化できます。ハイパーフォーカル距離 H は次の式で近似されます(f と H は同じ単位、c はCoC):
H = (f^2) / (N × c) + f
例:50mm レンズ、CoC = 0.03mm(フルサイズの目安)、N = 16 の場合、H ≈ (50^2) / (16×0.03) + 50 ≈ 5208 mm ≈ 5.2 m。つまり焦点距離を約5.2mに合わせれば前景から無限遠まで十分なピントが得られる可能性が高くなります。
F値と光学的解像:回折限界とレンズ特性
絞りを小さくすると被写界深度は深くなりますが、同時に回折(Diffraction)による解像低下が発生します。回折によるエアリーディスクの直径は概ね次の式で表せます(像面上):
Airy直径 ≈ 2.44 × λ × N
ここで λ は使用波長(可視光では約550 nm = 0.00055 mm)です。例えば f/8 の場合、エアリーディスク直径 ≈ 2.44 × 0.00055 mm × 8 ≈ 0.0107 mm = 10.7 μm。多くの高画素センサーのピクセルピッチは約3–5 μm 程度なので、f/8 あたりから回折が画質に影響を与え始め、より絞る(f/16, f/22)とシャープネスは低下しがちです。
さらに、レンズには開放での収差(球面収差、コマ収差、非点収差など)があり、これらは絞ることで改善される場合が多いです。したがって「最もシャープ」な絞り(いわゆるスイートスポット)は、収差の低減と回折の悪化のバランスで決まります。多くのレンズはf/4〜f/8あたりで最も解像力が高くなることが多いですが、個々のレンズで違いがあります。
絞りとボケ(Bokeh)の質
F値はボケ量だけでなく、ボケの形や質にも影響を与えます。ボケの美しさはレンズ設計(絞り羽根枚数と形状、非球面レンズの有無など)によって決まります。絞り羽根が多く円形に近いほど、点光源のボケはより円形になり、自然な背景ぼけが得られます。逆に羽根が少ないと多角形のハイライトが出やすくなります。
実践的な選び方と撮影シチュエーション別の目安
- ポートレート:被写体を際立たせるためにf/1.2〜f/2.8程度の開放〜やや開放で背景を大きくぼかす。目の位置にピントを合わせることを優先。
- 風景写真:前景から無限遠までシャープにしたい場合はf/8〜f/16を目安に。ハイパーフォーカルを活用する。だが高画素センサーでは回折を考慮しf/8〜f/11が現実的。
- スナップ/室内:被写体の動きとISO許容範囲を考慮し、シャッタースピードを確保するためにf/1.8〜f/4を使うことが多い。
- 星景・天文:暗い被写体では開放近く(f/1.4〜f/4)が有利。ただし広角レンズでの周辺像の流れ(コマ収差)や星像の伸びも考慮。
- マクロ撮影:被写界深度は非常に浅いのでf/8〜f/16でスタック撮影することが多い。ただし回折との兼ね合いを考慮する。
露出等価(Exposure Equivalence)とF値
同じ露出を維持しつつ被写界深度を変えたい場合、F値を変えるとシャッタースピードかISOで補正が必要です。例えば、f/2 → f/4(2段分絞る)としたら、シャッタースピードを1/(2^2) = 1/4にするかISOを同じだけ上げることで露出が等価になります。一般にF値が1段増えるごとにシャッタースピードは2倍(または半分)に調整します。
よくある誤解・Q&A
- Q:F値と被写界深度はF値だけで決まる? A:いいえ。焦点距離と被写体距離、センサーサイズ(許容錯乱円)も重要です。
- Q:小さく絞ればいつでも写真はシャープになる? A:部分的に正しいですが、極端に絞ると回折でシャープネスは低下します。レンズのスイートスポットを把握することが重要です。
- Q:F値が同じならどのレンズでも同じボケ量? A:F値は相対的な開口比を示すのでボケの大きさは概ね同じですが、焦点距離や設計(入口瞳位置や収差)によって見え方は異なります。
実践ワークフロー(絞りを決める流れ)
- 1) 被写体で何を強調したいか(被写体の分離か、全体のシャープネスか)を決める。
- 2) 必要な被写界深度を概算する(近接なら浅く、風景なら深く)。
- 3) レンズの焦点距離と被写体距離を踏まえ適切なF値を選択。
- 4) 選んだF値に対してシャッタースピードとISOを調整し、手ブレや被写体ブレを防ぐ。
- 5) 必要ならフォーカススタッキングやハイパーフォーカル、NDフィルター(長時間露出)を活用。
まとめ
F値は写真表現において極めて重要な要素です。光量、被写界深度、回折、ボケの質、そしてレンズ固有の描写特性と相互に関係しています。最適なF値は撮影目的、使用レンズ、センサー性能によって変わるため、実際にテスト撮影を行い、自分の機材のスイートスポットを把握することが最も有効です。
参考文献
- F値 - Wikipedia(日本語)
- 絞り (写真) - Wikipedia(日本語)
- 被写界深度 - Wikipedia(日本語)
- Hyperfocal distance - Wikipedia(English)
- Diffraction (optics) - Wikipedia(English)


