スーパーコンピュータ「京」解剖:設計・性能・応用とその遺産

概要:京とは何か

「京(けい)」は、理化学研究所(RIKEN)と富士通が共同で開発した日本の大規模スーパーコンピュータシステムです。愛称は日本の伝統的な数表現である「京(10の16乗)」に由来し、当初の目標は当時世界最高クラスの性能を達成することでした。システムは理化学研究所 計算科学研究機構(AICS、兵庫県神戸市)に設置され、研究用途向けに幅広い科学技術計算に供されました。

開発と稼働の経緯

開発は2006年頃から本格化し、富士通の技術をベースに専用のノード設計と高速ネットワークを組み合わせることで実現されました。2011年に稼働を開始し、同年のTOP500ランキングでLINPACKベンチマークにより世界一位となりました。のちに後継機や新世代のアーキテクチャ(例:Fugaku)へと引き継がれつつ、京は約数年間にわたり日本の計算科学を牽引しました。

主要スペック(代表値)

  • プロセッサ:富士通製 SPARC64 VIIIfx(1ノードあたり1チップ、8コア)
  • ノード数:88,128ノード(システム全体の構成)
  • 総コア数:約705,024コア(88,128×8)
  • 理論ピーク性能(Rpeak):約10.51 PFLOPS(ペタフロップス)
  • LINPACK性能(Rmax):約8.162 PFLOPS(TOP500登録値)
  • ノードメモリ:ノード当たりのメモリを搭載し、システム全体で数百TBからPB級の主記憶容量を実現
  • インターコネクト:富士通開発のTOFU(6次元トーラス相当のネットワーク設計を含む)
  • 消費電力:最大運転時で十数MWオーダー(運用実績値では約12〜13MW前後と報告)

これらの値は公表資料やTOP500の報告値を基にした代表値です。RpeakとRmaxの差は実効性能と理論性能の違いを示しています。

アーキテクチャの特徴

京の設計思想は「大量の標準ノードを高効率に結合する」ことにありました。SPARC64 VIIIfxは高い浮動小数点演算性能と信頼性を兼ね備え、ノードあたり8コアの対称多重化により並列処理を前提とした設計です。TOFUネットワークは高帯域・低遅延かつスケーラブルな通信を提供するために独自設計され、ノード間の通信ボトルネックを抑える工夫がされています。

また、電力効率や冷却面でも設置環境に合わせた機器配置・冷却ユニット配置が行われ、システム全体の信頼性を確保するためのハードウェア/ソフトウェアレイヤの冗長化や監視機構が導入されました。

ソフトウェアとプログラミング環境

京では、並列プログラミングモデルとしてMPIとOpenMPのハイブリッド運用が主流でした。大規模並列計算を効率的に行うための数値ライブラリやチューニングツール、ジョブ管理システムが整備され、アプリケーション開発者にはプロファイリングや最適化のためのツール群が提供されました。計算ノード上のOSやミドルウェアは高スループットと低オーバーヘッドを重視した軽量化・最適化が図られていました。

代表的な応用事例

京は多様な科学技術分野で利用されました。主な応用分野は以下の通りです。

  • 地球科学・気候シミュレーション:高解像度気候モデルによる長期予測や極端気象の解析
  • 地震・防災シミュレーション:地震波伝播・津波予測、高精細な構造物応答解析
  • 材料科学・分子シミュレーション:原子スケールからメソスケールまでの物性予測
  • 生物・医薬:タンパク質の挙動解析や新規創薬のための計算化学
  • 工学的最適化設計:流体解析(CFD)や構造最適化における高解像度シミュレーション

これらは、京の高い並列性能と高速な通信性能を活かした典型的なワークロードです。

エネルギー効率と運用上の工夫

大規模スーパーコンピュータでは電力消費と冷却が運用コストに直結します。京では冷却効率の改善、電源供給の安定化、ジョブスケジューリングによる負荷平準化など、消費電力低減に向けた運用改善が行われました。また、性能当たりの消費電力を示す指標(FLOPS/W)を意識した性能最適化が進められ、システムのトータルコスト管理が試みられました。

科学的・社会的インパクト

京は単なる速度競争に留まらず、国内外の研究コミュニティに対して大規模計算リソースを提供し、計算科学の手法を多くの分野に定着させました。高解像度シミュレーションによる精度向上は、防災や環境政策、材料開発などの実社会課題への応用を促進しました。さらに、次世代機開発(例:Fugaku)への技術的知見や運用ノウハウの蓄積にも大きく寄与しました。

課題と教訓

京の運用を通じて明らかになった課題もあります。大規模並列化に伴うアプリケーションのスケーラビリティ、I/Oボトルネック、ソフトウェアの並列性確保、さらには消費電力管理といった点は、以降の機種設計やアプリケーション開発で重点的に取り組まれました。これらの教訓は、アーキテクチャ設計・ソフトウェアエコシステム整備・ユーザ支援の重要性を示しています。

京の遺産と次世代への継承

京で蓄積されたハードウェア設計、TOFUネットワークの実装経験、運用ノウハウ、そして幅広い応用事例は、後継機であるFugaku(同じく理化学研究所と富士通の協同開発)への技術継承につながりました。これにより、日本はスーパーコンピューティングの設計・運用における知見を継続的に保持しています。

まとめ — 京が残したもの

京は、当時の世界トップクラスの性能を実現しただけでなく、計算科学の応用範囲を広げ、次世代機開発の基礎を築いた重要なプロジェクトでした。ハードウェア、ネットワーク、ソフトウェア、運用の各側面で得られた知見は、現在の高性能計算(HPC)コミュニティにも大きな影響を与え続けています。今後も京の経験は、エネルギー効率・スケーラビリティ・ソフトウェアの生産性向上といった課題に対する指針を提供します。

参考文献