イングリッシュホルン(English horn)完全ガイド:構造・奏法・レパートリー・選び方
イングリッシュホルン(English horn)とは
イングリッシュホルン(英名:English horn、仏名:cor anglais、独名:Englischhorn)は、オーボエ族の中でオーボエよりも低い音域を持つ木管楽器で、独特の温かく哀愁を帯びた音色が特徴です。一般に「コール・アングレ」や「イングリッシュ・ホルン」と呼ばれ、日本語文献では「英語の角笛」を直訳した表記も見られますが、標準的にはイングリッシュホルン、あるいはコール・アングレと表記されます。楽器はF管(イングリッシュホルンはF調)で、記譜は実音より完全5度高く書かれるため、楽譜上の音は実際に聞こえる音より5度上になります。
歴史的背景
イングリッシュホルンの起源は18世紀から19世紀にさかのぼります。バロック期のオーボエ・ダ・カッチャやオーボエ・ダモーレなど、オーボエ族の低音系楽器の系譜に位置づけられ、徐々に独立した楽器として発展しました。名称の由来には諸説あり、英語由来説(イングランドで流行した、あるいはイギリス風の楽器という説)やフランス語の "cor anglé"(曲がった角笛)などの誤記から来た説などがありますが、明確な起源は定かではありません。
古典派からロマン派にかけてオーケストラ編成が拡大する中で、作曲家たちはオーボエとは異なる中低音域の色彩を求め、イングリッシュホルンはロマン派以降の管弦楽曲で次第に重要性を増しました。ベートーヴェン以前では散発的な使用が多かったものの、ベルリオーズ、ワーグナー、ドヴォルザーク、マーラー、シベリウス、リヒャルト・シュトラウス、ラヴェルらの作品で印象的なソロや色彩的な用法が確立されました。
楽器の構造と音響的特徴
イングリッシュホルンは外見上オーボエに似ていますが、いくつかの重要な相違点があります。
- 管長・管径:オーボエよりも管が長く、太めの設計になっているため低めの音域を得られます。
- ベル(ファルダ型):先端に梨形(洋ナシ形)ややや膨らんだベルを持つことが多く、これが音色に独特の丸みと柔らかさを与えます。
- ボーカル(bocal/コルク付コルク製・金属製の曲がった管):リードは直接取り付けるのではなく、短い金属製または木製の曲がった小管(ボーカル)に差し込む方式が一般的で、これが吹奏感や音色調整に影響します。
- リード:オーボエのリードよりも長く幅広い二重リードを使用し、形状と刃付けの違いが音色と応答に大きく影響します。
音響的には温かみのある中低音域が得意で、「人の声のような」表情が作りやすく、特にメロディーの中で哀愁や郷愁を表現するのに適しています。音の立ち上がりはオーボエより幾分柔らかく、サステインのある音を作りやすい反面、フォルテでのプロジェクションでは工夫が必要です。
記譜と移調のルール
イングリッシュホルンはF管の移調楽器で、楽譜は実音より完全5度高く記譜されます。つまり楽器に書かれた音符がCの場合、実際に聞こえるのは下のF(完全5度低い)です。オーケストラ・スコアを読む際はこの移調を常に念頭に置く必要があります。ピッチの基準や管楽器群とのバランスを取るため、テンポや音色に合わせたイントネーション調整(ボーカルの差し替えやリードの削り)を行います。
奏法と音楽表現のコツ
イングリッシュホルン奏者は、呼吸管理、リード作り(カットと刃付け)、ボーカル選択によって音色を細かくコントロールします。以下は実践的なポイントです。
- 呼吸:柔らかいフレージングと長いフレーズが多いため、腹式呼吸での息の持続力とコントロールが重要です。小さな休みでしっかり空気を補う呼吸計画を立てます。
- タンギングと音の立ち上がり:オーボエに比べてアタックが目立ちにくいので、フレーズの始まりでは舌の位置や息の強さでクリアにする必要があります。軽いレガートとアクセントの使い分けが表現の鍵です。
- ビブラートと音楽性:ビブラートは控えめに、音楽的に使うことで独特の情感を作れます。過度のビブラートは色合いを損なうため避ける傾向にあります。
- 音程補正:低音域でやや平ぺったくなる傾向があるため、指使いやボーカル変更、アンブシュア微調整で補正します。オーケストラ内ではチューニングAに合わせて微妙にボーカルやリードを変えることがあります。
代表的レパートリーと作曲家
イングリッシュホルンはオーケストラ作品の中でソロ的な役割を担うことが多く、以下のような作品に印象的なソロが存在します。
- アントニン・ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」第2楽章の英語ホルンの主題(有名な哀愁の旋律)。
- リヒャルト・ワーグナー:楽劇や交響的場面での色彩的使用(例:『ワルキューレ』などの管弦楽表現)。
- グスタフ・マーラー:多くの交響曲で重要なソロや色彩の一端を担う。
- ジャン・シベリウス:叙情的な管弦楽のテクスチャにおいて英語ホルンが効果的に使われる。
- ラヴェル、ドビュッシー:印象派の管弦楽作品でも独特の色彩を与えるため用いられる。
また、20世紀・21世紀の作曲家による独奏曲や協奏曲、室内楽作品も増えており、現代音楽における拡張奏法や微細な音色操作に適した楽器として注目されています。
リード、ボーカル(bocal)と調整
イングリッシュホルンのリードは性能と音質を決める最大の要素です。一般的にはオーボエより長く、幅広のリードが使われ、刃付けの形状やプロファイルで音の明るさや甘さ、応答性が変わります。多くの奏者は自作リードを用い、リードの削りやブレードの調整で音色とピッチを微調整します。
ボーカル(短い曲がった金属製または木製の管)を交換することで楽器の響き幅や音の前方感、イントネーションが変わるため、場面に合わせてボーカル長や形状を変えるのが一般的です。コンサートや録音では、気温・湿度・チューニング基準に応じて複数のリードとボーカルを用意しておくことが普通です。
製作とメーカー
イングリッシュホルンは専門メーカーで製作されることが多く、伝統的にはグラナディッラ(黒檀)やローズウッドなどの木材が使用されます。現代では合成材や安定処理された木材も用いられます。著名なメーカーの例としてはフランスやイギリス、アメリカ、日本の工房があり、F. Lorée(フランス)、Marigaux(フランス)、Howarth(イギリス)、Fox(アメリカ)、Yamaha(日本)などがオーボエとともに英語ホルンを手がけています。これらのメーカーは製作精度やキーシステムの安定性、吹奏感のバランスにおいて信頼されています。
メンテナンスと保管
木製楽器は温湿度に敏感です。演奏後はスワブで内部の水分を除去し、キー周辺の汚れを柔らかい布で拭き取ることが基本です。リードは適切に乾燥させ、ケースに入れて保管します。木材の乾燥や割れを防ぐために楽器ケース内に保湿剤を入れる奏者もいますが、過度の湿度は金属部分の腐食を招くため管理は慎重に行います。定期的なコルクやパッドの点検、キー調整は専門技術者に依頼すると長持ちします。
奏者としてのキャリアと教育
イングリッシュホルン奏者は多くの場合オーボエ奏者が兼任することが多く、オーケストラ内でオーボエのセクションに属しつつ英語ホルンのソロを受け持ちます。専門性を深めたい場合はリード製作や特殊奏法、編曲能力を磨くことがキャリアに有利です。オーディション対策としては代表的なオーケストラ楽曲(ドヴォルザーク『新世界』の第2楽章など)や典型的な独奏フレーズの練習、安定した音程と音色の維持が評価されます。
練習とオーディションのポイント
- 基礎練習:ロングトーンで音の均一性と息の支えを鍛える。ピアニッシモからフォルテッシモまで安定した音色を作る。
- リード管理:複数のリードを用意し、様々なボーカルと組み合わせて最適な音を見つける。
- レパートリー研究:主要なソロ箇所を楽曲の文脈で理解し、楽器の特性を生かした歌わせ方を工夫する。
- 場面対応力:ホールや録音環境による音の変化に柔軟に対応できるよう練習する。
まとめ
イングリッシュホルンはその独特の音色により、オーケストラや室内楽で不可欠な情感と色彩を与える楽器です。楽器構造、リードやボーカルの選択、奏法の微妙な調整が音楽的表現に直結するため、奏者は技術的な習熟だけでなく音色のコントロールに高い感性を求められます。初心者から専門家まで、イングリッシュホルンの魅力を探求することで、より豊かな音楽表現を得ることができるでしょう。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica — English horn
- Wikipedia — Cor anglais (English horn)
- Oxford Music Online / Grove Music Online — Cor anglais(登録・購読が必要な場合があります)
- F. Lorée(メーカー)
- Marigaux(メーカー)
- Howarth of London(メーカー)
- Fox Products(メーカー)
- Yamaha(メーカー)
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