シトラ(Citra)ホップ徹底ガイド — 香り・使い方・醸造テクニックとペアリング
はじめに:シトラとは何か
シトラ(Citra)は現代のクラフトビールシーンを象徴するホップ品種の一つです。柑橘やトロピカルフルーツを思わせる強い香りを持ち、アメリカンIPAやペールエール、ニューイングランドIPA(NEIPA)などのホップ主導のスタイルで広く使われています。Citraは商標名で、ホップ育種会社(Hop Breeding Company, LLC)によって開発された品種として知られています。
歴史と起源
シトラは米国のホップ育種プログラムで選抜・育成された品種で、比較的新しいホップです。商標としてのCitra®はHop Breeding Companyが保有しており、育種の過程で得られた遺伝子背景により、鮮烈な柑橘・トロピカル系のアロマが特徴となっています。2000年代後半から2010年代にかけて急速に人気を博し、クラフトブルワリーで広く採用されるようになりました。
香りとフレーバープロファイル
シトラの最も顕著な特徴は、その香りの強さと複雑さです。よく表現されるフレーバーノートは以下の通りです。
- グレープフルーツ、ライムなどの柑橘類
- パッションフルーツ、マンゴー、パイナップルなどのトロピカルフルーツ
- 甘いアプリコットやライチのようなニュアンス
- ハーバルで青い草感(適切な処理で抑えられる)
これらが組み合わさることで、ビールに鮮烈でフルーティーな印象を与えます。香りに寄与する揮発性成分としては、ミルセン(myrcene)などのモノテルペン類やリナロール、ゲラニオール等の酸素含有化合物が関与しているとされます。
化学的特徴(一般的指標)
ホップの化学成分は品種だけでなく収穫年や栽培地、加工方法で変動しますが、シトラに関して一般に知られている指標は以下の通りです。
- α酸(アルファ酸):一般的に中〜高め(おおむね約11%前後がよく見られるが、栽培条件で10〜15%程度まで変動)
- 揮発性油:芳香性成分を多く含み、ドライホップや後半投入での効果が高い
これらの値は参考範囲であり、購入ロットの分析値(COA: Certificate of Analysis)を確認することが重要です。
醸造での使い方・テクニック
シトラは香りを前面に出す使い方が王道です。以下に具体的なテクニックと注意点をまとめます。
- 遅い投入(ボイリングの後半、ホップスタンド/ホップバック、ワールプール)での使用:高温での長時間ボイルは香りを揮発させるため、アロマ成分を残すには遅い段階での投入が有効です。
- ドライホップ:ドライホップはシトラの香りを最大限引き出す方法。複数回に分けて行う(例:発酵終盤と二次発酵前)ことで香りの持続を狙えます。
- 単体ホップ(シングルホップ)使用:シトラは単体でも十分に魅力的な香りを出すため、品種比較やシングルホップビールのレシピに向きます。
- 苦味付与目的(早期投入)は可能だが注意:α酸が中〜高めなため苦味源としても使えるが、香りを損なうため苦味目的ならブーケ作りを考慮する。
- 温度管理:ワールプールやホップスタンドでは60〜80℃付近で短時間香気成分を抽出する手法が有効。長時間高温に晒すと香りが劣化する。
レシピ例と目安(家庭醸造向けの考え方)
ここでは具体的な数字は醸造規模や目標によって変わるため「目安」を提示します。
- 5ガロン(約19L)バッチのドライホップ量の目安:総量でおおむね30〜120gの範囲(スタイルや強さの好みにより幅がある)。一般家庭では40〜80g程度が多い。
- ワールプール/ホップスタンド:少量(10〜30g)を短時間投入し、鮮烈な香りを抽出する。
- シングルホップIPA:ペールモルト主体にクリアな酵母(アメリカンエール系)を用い、シトラをメインアロマにすることで柑橘系の立ったIPAが得られる。
フードペアリングと相性
シトラの柑橘・トロピカル芳香は以下のような料理と相性が良いです。
- 魚介類(グリルした白身魚、シーフードタコス)— 柑橘感が魚介の風味を引き立てる
- スパイシーなアジア料理(タイやベトナム料理)— トロピカルさとスパイスの相性が良い
- 軽めのチーズ(フレッシュチーズ、シェーブル)— フルーティーさが調和する
- デザート(柑橘系のタルトやフルーツサラダ)— ビールの果実香が共鳴する
栽培・流通・管理
シトラは商業的に広く栽培されていますが、種苗・栽培契約や商標管理が関係する場合があります。ホップは収穫後の乾燥・ペレット化によって流通することが一般的で、揮発性香気成分の劣化を防ぐために低酸素・低温での保存が推奨されます。長期保存する場合は冷凍(-18℃以下)すると香りの劣化が抑えられます。
品質・保存のポイント
- 真空包装・窒素充填・低温保存:酸化と香りの揮散を抑制するために重要。
- 購入時にロットのCOA(分析表)を確認する:α酸や芳香油の指標が分かればレシピ調整がしやすい。
- 保管期限:未開封で冷蔵/冷凍保存すれば半年〜1年以上品質を保てるが、開封後はできるだけ早く使うのが良い。
シトラを使う際の注意点・トラブルシューティング
強い香りを持つため、扱い方次第で香りが「飛ぶ」「雑に感じる」ことがあります。
- 過剰ドライホップで「草っぽさ」や「緑のアロマ」が出る場合:投入量を調整したり、酵母発酵段階とのタイミングを見直す。
- 早期に大量投入して香りが抜ける:香り成分は揮発性なので、後半投入・低温でのホップ浸漬を心がける。
- 酸化による香り劣化:パッケージを開けたらできるだけ早く使い、酸素との接触を避ける。
商業的利用と人気の理由
シトラはクラフト市場での消費者嗜好(フルーティーで飲みやすい香り)と相性が良く、多くのブルワリーがアイコン的なホップとして採用しています。単独で主役を張れる強いアロマ、他ホップとのブレンドでの相乗効果、そしてトロピカルフルーツを連想させる多彩な香りが人気の理由です。
将来のトレンドと応用可能性
ホップ育種は続いており、シトラを親に使った新しい交配種や、類似の香味特性を狙った新品種も登場しています。また、非アルコールビールやフルーツを使ったサワー系など、ホップの香りを生かす多様なスタイルでの応用が進んでいます。さらにホップオイルや抽出物を用いた香り強化の手法も研究・実用化が進んでいます。
まとめ
シトラはその名の通り「シトラス」を中心に、トロピカルな果実香まで広いスペクトラムを持つホップです。香りを最大限に生かすためには、投入タイミングや保存管理が重要になります。ペールエールやIPAだけでなく、創作的なスタイルやフードペアリングにも有効で、現代のクラフト醸造における重要なツールの一つと言えるでしょう。
参考文献
- Citra (hops) - Wikipedia
- Hop Breeding Company — 公式サイト(育種情報)
- BarthHaas - Citra Variety Info
- Yakima Chief Hops - Citra
- Brewers Association — 醸造テクニックとホップ利用のガイド


