全空気方式(All‑Air System)の設計・運用ガイド:メリット・デメリットから最新の省エネ対策まで
全空気方式とは何か
全空気方式(All‑Air System)は、建物の冷房・暖房・換気の熱負荷を空気の流量・温度制御だけで賄う空調方式を指します。空気ハンドリングユニット(AHU)が給気を調整し、ダクトや吹出口を通じて室内へ供給します。従来の定風量(CAV: Constant Air Volume)から可変風量(VAV: Variable Air Volume)まで多様な制御方式が含まれ、専用外気処理器(DOAS)や熱回収器(ERV)と組み合わせることが一般的です。
全空気方式の主な構成要素
- AHU(Air Handling Unit):冷却コイル、加熱コイル、フィルタ、加湿/除湿装置、ファン、熱回収装置を備える。
- ダクト・吹出口・VAVボックス:空気を各室へ分配し、風量を調節する。
- 外気取入れ・排気ダンパー:換気量をコントロールする。
- 制御システム(BMS/DDC):温度、CO2、湿度、風量などを監視・制御。
類型と設計上の違い
主な方式は次の通りです。
- CAV(定風量方式):風量は一定で、給気温度を変えて負荷に対応。シンプルだが省エネ性は低い。
- VAV(可変風量方式):負荷に応じて風量を変える。送風動力と冷熱供給量を削減でき、近年の標準的選択肢。
- デュアルダクト方式:冷たい空気と温かい空気を別ダクトで送り、混合比で室温を調整。設備容量は大きくコスト高。
- 再熱方式(VAV+リヒート):VAVで風量を調整し、末端で再加熱して温度制御。湿度管理や高い温度精度が必要な用途で採用。
- DOAS(Dedicated Outdoor Air System)との組合せ:外気を専用に処理して換気を確保し、別のシステムで感熱負荷を処理する戦略もあるが、完全な全空気方式として設計される場合もある。
メリット
- 空調負荷の一元化:給気の温湿度制御のみで暖冷房・換気を賄えるため運用がわかりやすい。
- 高い換気性能:必要換気量を直接供給でき、室内空気質(IAQ)管理がしやすい。
- ゾーニングや再熱などで高精度の温度制御が可能。
- 機械室やダクトでの熱回収・除湿・ろ過などを集中化できるため、設備集約による管理性向上。
デメリットと留意点
- 一次エネルギーの消費:大量の空気を送るためファン動力が大きく、送風の効率化が不可欠。
- ダクトスペース:ダクト径や取り回しで床高・天井高が必要になり、建物計画に影響する。
- 音環境:送風やディフューザーからの風切り音・機械音に配慮する必要がある。
- 除湿性能の確保:潜熱負荷が大きい場合、除湿能力不足で結露や不快感を招く可能性がある。
- 初期投資:大規模設備や熱回収機器を導入すると初期コストが増加する。
設計上の主要ポイント
設計時は以下を順に検討します。
- 外気量と換気基準:ASRHAE 62.1等の基準に従い最低外気量を確保。用途ごとの換気率を算定する。
- 負荷配分(感熱・潜熱):冷房時の除湿負荷を見積もり、冷却コイルのリターン温度と湿り空気線図を用いて除湿運転を設計する。
- 風量算定:室内負荷に基づく最大風量と最小換気量を決め、VAVの制御範囲を定める。
- 熱回収機構の採用:エネルギー回収ホイール、プレート式熱交換器、ヒートパイプ等により外気処理負荷を低減。
- 送風効率と配管ロス:ダクト抵抗、局所抵抗を最小化するダクト経路設計と高効率ファン・VFDの採用。
- 空調ゾーニングと制御戦略:ゾーンごとの使用パターンに合わせたVAVやBMS制御、需要制御換気(DCV)を採用し無駄を削減。
エネルギー性能向上の実践手法
- VAV化:ピーク以外で風量を落とすことでファンと冷熱供給の削減が可能。
- 熱回収(ERV/HRV):外気と排気間でエネルギーを回収して空調負荷を軽減。
- 経済運転(エコノマイザ):外気冷房を利用して冷房負荷を減らす。
- 高効率フィルタの運用と圧損管理:ろ過効率と圧損のバランスを設計時に最適化。
- 需要制御換気(DCV):CO2センサ等で占有率に応じた外気供給を行う。
室内環境と健康・快適性
全空気方式は換気量を直接制御できる点でIAQ向上に有利ですが、次の点が重要です。
- フィルトレーション:病院や敏感空間では高効率(MERV高等級)フィルタ、HEPAの検討。
- 除湿制御:高湿環境では部分的な再熱やデシカント除湿器の導入を検討する。
- CO2と換気モニタリング:継続的監視で換気不足を検出し、自動調整を行う。
維持管理と運用のポイント
- 定期清掃・フィルタ交換:圧損増加や汚染空気循環を防ぐ。
- BMSによる監視:風量、圧力、温湿度、フィルタ差圧を監視しアラーム運用。
- バランス調整(ブランチバランシング):竣工時と改修後の風量バランスを計測・調整する。
- 季節毎の運用最適化:冬季の熱回収、夏季のデューティサイクル最適化等。
改修(レトロフィット)での選択肢
既存建物で全空気方式を採る際は、天井高やダクトスペース、既存ダクトの状態が制約になります。改修では次の選択肢が考えられます。
- DOAS+ファンコイル方式:換気はDOASで確保し、感熱負荷は小型水系端末で処理することでダクト規模を削減。
- 局所AHUの増設:ゾーンごとに小規模AHUを導入して配管・ダクトの最適化。
- インラインボックスや低プロファイルダクトの活用:空間制約を解消しつつ空調能力を確保。
適用分野と注意点のまとめ
オフィスビルや商業施設では全空気方式が採用されることが多く、換気と空調を一体で設計しやすいのが利点です。一方で病院やクリーン環境など特別な衛生管理が必要な用途では、ゾーニングや局所空調の組合せを慎重に検討する必要があります。設計段階での風量計算、熱負荷の妥当性確認、除湿能力の余裕、運転時の省エネ戦略(VAV、熱回収、DCV)を十分に検討してください。
実務的なチェックリスト(設計者・施工者向け)
- 外気導入量が用途基準に合致しているか(ASRHAE 62.1等)。
- 冷却コイル容量は潜熱処理余裕を含めて設定されているか。
- ダクト抵抗と送風機性能が合っているか(全圧/風量曲線の整合)。
- 熱回収やエコノマイザ等の省エネ機能が実装・制御されているか。
- BMSで風量・外気比・フィルタ差圧・CO2等が監視できるか。
- メンテナンス性(フィルタ交換・ダクト清掃・点検口の配置等)が確保されているか。
まとめ
全空気方式は換気と空調を一体的に管理できるメリットがあり、適切に設計・制御すれば快適性と室内空気質を高めつつエネルギー効率も向上させられます。しかし送風エネルギー、ダクトスペース、除湿能力といった課題を意識して、VAV化・熱回収・DCVといった省エネ対策や運用管理を組み合わせることが重要です。既存建物への適用ではDOAS併用や局所システムの導入も検討し、用途に応じた最適解を探してください。
参考文献
- ASHRAE Standard 62.1 — Ventilation for Acceptable Indoor Air Quality
- ASHRAE Standard 90.1 — Energy Standard for Buildings Except Low-Rise Residential Buildings
- CIBSE Guides — HVAC設計のガイダンス
- Variable air volume(Wikipedia)
- Dedicated outdoor air system(Wikipedia)
- U.S. Department of Energy — Heat Recovery Ventilation Systems
- ASHRAE Handbook — HVAC Systems and Equipment
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