逃し弁(リリーフ・バルブ)とは何か:種類、原理、設置・保守の実務ガイド
はじめに — 逃し弁の重要性
逃し弁(一般にはリリーフバルブ、セーフティバルブ、プレッシャーリリーフデバイスなどと呼ばれる)は、配管・設備・ボイラー・圧力容器などの内部圧力が設計値を超えた際に安全に圧力を逃がす装置です。建築・土木分野では給水設備、冷暖房(HVAC)、ボイラー、消火設備、土木用ポンプ、油圧装置など多様な場面で用いられます。適切に設計・選定・設置・保守されていないと、大規模な設備損傷や人的被害につながるため、逃し弁の理解は必須です。
逃し弁の定義と役割
逃し弁は、機器内部の圧力が設定圧(set pressure)を超えたときに自動的に開いて媒体(蒸気・水・空気・ガス・油など)を放出し、圧力を安全域に戻す安全装置です。安全弁(safety valve)とリリーフ弁(relief valve)は用途や開放特性で区別されることが多く、短時間で大流量を逃がす“ポップ型”の弁を安全弁、段階的に流量制御するものをリリーフ弁と呼ぶ場合があります。
主な種類と特徴
- スプリング式ポップ安全弁(spring-loaded pop safety valve):蒸気ボイラーで多用。設定圧に達すると弁座が急に開き、短時間で大容量を放出。復帰はブローダウン(開放後の圧低下)により自動。
- リリーフ弁(圧力リリーフバルブ):液体系で多く使用。弁は段階的に開き、流量を段階的に制御。配管系の定常的な圧力制御にも使われる。
- パイロット式(パイロットオペレーテッド)安全弁:メイン弁をパイロットで制御するタイプで、高精度な設定と大容量放出が可能。高圧・大型設備に適する。
- バランスト式安全弁:背圧(ディスチャージ側の圧力)に影響されにくい構造で、背圧が変動する系で有利。
- 油圧・空圧系の逃し弁(油圧リリーフバルブ):油圧回路の最高圧を制限し、アクチュエータやポンプを保護。
基本的な動作原理
多くの逃し弁はバランスの釣り合い原理で動作します。弁は弁座と弁体(ディスク)でシールされ、スプリングが弁体を閉位置に保持します。系統圧力が設定圧を超えると、弁体に加わる押圧がスプリング力を上回り、弁が持ち上がって流路が開きます。圧力が低下するとスプリング力が勝り弁は再閉鎖します。パイロット式では小さなパイロット弁を動かしてメイン弁を制御します。
選定時の主要パラメータ
- 設定圧(Set Pressure):弁が開き始める圧力。設計圧力と整合させる必要あり。
- 放出口能力(Capacity):逃し弁が所定の過圧時に放出できる流量。配管やボイラーの最大発生流量に耐えうる必要がある。
- ブローダウン(Blowdown)・再閉圧(Reseating Pressure):弁が閉じるまで許容される圧低下量。用途によって小さくするか大きくするかを決定。
- 耐食性・材質:流体の種類(蒸気・海水・化学薬品など)に応じた材質選定。
- 接続形状・寸法:フランジ、ネジ、溶接などの接続方式。
- 背圧耐性:背圧が変動する系ではバランス型や背圧補償付きの選択を検討。
設置上の注意点
- 配置と向き:メーカー指示に従い垂直設置が一般的(蒸気用安全弁など)。横向き設置が可能な設計もあるが、性能影響を評価する。
- 放出口配管:放出口は適切な口径で短く直線的にし、流路抵抗や圧損による有効放出能力低下を避ける。放出口は安全な場所へ排出し、必要に応じてサイレンサーやディフューザを設ける。
- 逆止弁の禁止:逃し弁の下流に逆止弁を設けると復帰不能や誤作動を招くため原則禁止。
- 二次系の配慮:放出口から排出される媒体による周辺機器や人員への影響(熱、毒性、酸欠など)を防ぐ措置を取る。
保守・点検・試験
逃し弁は定期的な点検と機能試験が必要です。点検項目は外観(腐食、損傷)、作動検査(実際に開閉するか)、シール状態、スプリング・弁座の摩耗など。圧力機器や高圧ガス、ボイラー等に関わる設備では法令に基づく定期検査・試験が課されます。実施頻度は用途・法令・メーカー指示によりますが、年次点検や数年毎の分解整備が一般的です。
故障事例とトラブルシューティング
- リーク(微小放出が止まらない) — 弁座の摩耗、異物かみ込み、シート面の損傷。修理または交換、シート面の再研磨が必要。
- チャタリング(頻繁な開閉) — システムの圧力振動や背圧、弁のサイズ不適合が原因。ダンピングや弁の再選定で対応。
- 開かない(作動不良) — スプリング固着、腐食、予圧の過剰、ベントラインの詰まり。分解点検で原因を特定。
- 設定圧が合わない — 弁の調整ネジの不具合やスプリング変更により再較正が必要。
設計・計算のポイント(概略)
逃し弁を選定する際は、シナリオベースの放出流量計算が重要です。蒸気であれば飽和蒸気流量計算、ガス・蒸気の流体性状、温度・圧力条件を考慮した流量式(ISOやAPIの計算法)を用いて必要放出能力を算出します。液体系ではベルヌーイ式や流量係数(Cv、Kv)による計算を行い、弁の定格流量と比較します。設計者は過圧時の瞬間流量だけでなく、弁が開いた際の系全体の挙動(蓄圧、ポンプの空運転など)も評価する必要があります。
法規・規格の考慮
国内外で逃し弁に関する規格やガイドラインが定められています。代表的な国際規格として ISO 4126(安全装置)、米国の ASME(ボイラ・圧力容器コード)、API(安全弁および放出口の寸法・性能基準)などがあります。国内では高圧ガス保安法や、ボイラー・圧力容器に係る法令・指針が適用される場合があり、設置・検査・記録保存などの義務が課されます。具体的な適用範囲や検査頻度は用途や圧力帯により異なるため、関係法令と整合させることが必要です。
実務的アドバイス(現場でよくある注意点)
- 逃し弁は“最後の防衛”であり、一次保護(制御系や安全インターロック)も併用して多重防護を設計する。
- 異なるメーカーの弁を混用すると再現性が取れずトラブルの原因となる。設計段階で機種を統一するか、仕様書で明確にする。
- 配管設計では放出口流量を見越したフランジ・配管径を確保し、圧損による能力低下を防ぐ。
- 現場での試験は安全対策を十分講じたうえで実施し、放出媒体の環境影響を評価する。
まとめ
逃し弁は単なる部品ではなく、設備全体の安全性を左右する重要な要素です。正しい種類の選定、適切な設定圧と能力の確認、メーカー指示に基づく設置、定期的な点検・試験の実施が不可欠です。設計者・施工者・保守担当者がそれぞれの役割を理解し、規格・法令と整合させた管理を行うことで、事故を未然に防ぐことができます。
参考文献
- ISO 4126: Safety devices for protection against excessive pressure(ISO)
- ASME Codes and Standards(ASME)
- American Petroleum Institute (API) — 標準およびガイドライン
- 高圧ガス保安法に関する経済産業省の資料(METI)
- 厚生労働省(ボイラー・圧力容器に関する法令の確認先)


