アルメニアの旋律とソヴィエトの大舞台:アラム・ハチャトゥリアンの音楽と遺産

序章:国民性と帝政からソ連へ

アラム・イリイチ・ハチャトゥリアン(Aram Ilyich Khachaturian, 1903年6月6日 - 1978年5月1日)は、トビリシ(当時はティフリス)生まれのアルメニア系作曲家であり、20世紀ソヴィエト音楽を代表する一人です。民族音楽の色彩と大編成オーケストラの豪快な筆致を特徴とする彼の作品群は、バレエ、協奏曲、交響曲、舞台音楽など多岐にわたり、ソヴィエト文化圏内外で幅広い人気を獲得しました。本稿では彼の生涯、作風、代表作の分析、政治的・文化的背景、演奏・録音上の注意点、そして現代における評価の変遷を掘り下げます。

生涯概略と教育

ハチャトゥリアンは1903年にグルジア(現在のジョージア)・トビリシにアルメニア人の家庭に生まれました。幼少期から地元の民謡や教会音楽、街角のリズムに接したことが後の作風に強く影響を与えます。1920年代にモスクワへ活動拠点を移し、グネーシン音楽学校(Gnessin)などで学び、その後モスクワ音楽院でレインホルト・グリェール(Reinhold Glière)に師事して作曲を学んだことが知られています。以後、作曲家としての地位を確立し、国内外での演奏活動や文化的職務を通じてソヴィエト音楽界で重要な存在となりました。

作風の特徴:民俗主義と色彩的オーケストレーション

ハチャトゥリアンの音楽は、アルメニアやコーカサス地方の民謡的要素を取り入れた「民族主義的」な特徴を持ちます。具体的には、以下の点がよく指摘されます。

  • 旋律性:短く魅力的な旋律が繰り返され、歌心が重視される。
  • モードとスケール:伝統的な中東/コーカサス系の音階(擬似五音音階や装飾音を含む)が用いられることが多い。
  • リズムの多様さ:複雑な拍子感や急速な舞曲リズム、そして力強いアクセントが目立つ。
  • オーケストレーション:金管・打楽器の活用、強いフォルテや鋭い音色対比による劇的表現。
  • ハイブリッド性:ロマン派的な叙情性と20世紀的な新しい響きを混淆させた語法。

このような要素により、ハチャトゥリアンの音楽は〈民族的アイデンティティを持ちながらも大衆的な親しみやすさ〉を併せ持ち、革命後のソヴィエト文化政策が求めた「社会主義リアリズム」とも相性が良かった点が、彼の成功を後押ししました。

主要作品とその意義

ハチャトゥリアンのレパートリーは幅広く、特に次の作品群が国際的にも有名です。

  • バレエ『ガヤーネ(Gayane)』(1942):中でも「剣の舞(Sabre Dance)」は映画やポピュラー音楽を通じて世界的な知名度を得ました。力強いリズムと鋭いアクセントが印象的で、民俗舞踊のエネルギーをオーケストラに転化した代表例です。
  • バレエ『スパルタクス(Spartacus)』(1954):叙情的な「アダージョ」をはじめ、英雄譚を壮大に描いた作品で、映画音楽的なドラマ性と管弦楽の豊かな色彩が特徴です。
  • ピアノ協奏曲(1936):技巧的でありながら民謡的旋律を前面に出した協奏曲。ソリストの華やかさとオーケストラの色彩が絶妙に交錯します。
  • ヴァイオリン協奏曲(1940):叙情性と情熱を兼ね備えた名作で、ヴァイオリニストの表現力を全面に引き出します。
  • チェロ協奏曲(1946):チェロの暖かい音色と民謡的主題を融合させた作品で、20世紀のチェロ協奏曲の中でも重要な位置を占めます。
  • 交響曲群(第1番〜第3番):交響曲では大規模な構築力と劇的な緊張感が見られ、特に第2番・第3番は戦時期・戦後という時代状況を反映した色彩を持ちます。
  • 舞台・映画音楽、室内楽曲:劇的場面を彩る短い楽曲も多く、単一楽章の管弦楽曲や独奏曲にも優れた作品が散見されます。

政治と芸術:1948年の弾劾とその後

1948年、ソヴィエトの文化統制下で“形式主義”を非難する批判が高まり、ハチャトゥリアンもドミトリー・ショスタコーヴィチやセルゲイ・プロコフィエフとともに批判の対象となりました。これは単に芸術的論争にとどまらず、国家的イデオロギーに関わる事件で、彼らは「人民に親しまれる」音楽を標榜するよう圧力を受けました。ハチャトゥリアンは批判後も作曲活動を続け、やがて復権して国家的栄誉を受けるなどソヴィエト文化界の中で重要な位置を占め続けました。

演奏・解釈のポイント

ハチャトゥリアンの音楽を演奏する際は、以下の点を念頭に置くと効果的です。

  • リズムの輪郭を明確に:民族舞踊由来のリズムはピッチよりもリズム的推進力が命。弱拍の扱いやアクセントが曲想を決定します。
  • 色彩の対比を活かす:金管の響きや打楽器のアクセントを恐れずに用いて、オーケストラ全体のダイナミクス差をつける。
  • 旋律の“歌わせ方”:短い動機が何度も変奏されるため、歌うようなフレージングが必要です。呼吸感とフレーズの終止に注意。
  • 民族性の理解:単なる“エキゾチシズム”で片付けず、アルメニアやコーカサス地域の音楽的背景を学ぶことで自然な表現が可能になります。

録音史と受容

ハチャトゥリアン作品は戦後すぐにレパートリーとして国際的に流通し、特に「剣の舞」は即興的な器楽アレンジや映画音楽として数多く取り上げられました。20世紀後半には西側オーケストラや指揮者による録音も多数制作され、スタンダード曲として定着しています。一方で批評家の間では「派手で表層的」との評価もあり、純粋な近代音楽史の観点からは論争的な位置付けが続いています。

現代における評価と遺産

今日ではハチャトゥリアンは、ソ連という特異な文化政治の下でいかに民族音楽的要素を大規模音楽に取り入れ、広い聴衆に届く作品を生んだかという観点から再評価されています。アルメニアやコーカサスの文化を世界に知らしめた点、そして劇的かつメロディアスな作品群は、映画・舞台芸術、ポピュラー音楽への影響も小さくありません。教育的な面でも、協奏曲やバレエ組曲は演奏会で取り上げられ続けています。

まとめ:情熱の旋律と大地のリズム

アラム・ハチャトゥリアンは、民族的素材を土壌に豊かな管弦楽表現を育て上げた作曲家です。政治的制約があったにもかかわらず、彼は民衆性とプロフェッショナルな作曲技術を両立させ、20世紀の聴衆に強烈な印象を残しました。彼の音楽は、旋律の魅力、リズムの生命力、そして色彩豊かなオーケストレーションにより、現在も世界中で演奏され続けています。

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参考文献