アーノルド・シェーンベルク — 解体と再構築:無調から十二音技法へ(聴き方と代表作解説)
概観:シェーンベルクという革命家
アーノルド・シェーンベルク(Arnold Schoenberg, 1874–1951)は、20世紀音楽における最も影響力のある作曲家・理論家の一人です。ウィーン生まれの彼は、後期ロマン派的な作風から出発し、表現主義的な無調(atonal)音楽を経て、やがて「十二音技法(dodecaphony/十二音序列)」と呼ばれる体系を確立しました。彼の仕事は、和声と旋律の従来の役割を根本的に問い直し、現代音楽の基盤を作った点で革新的でした。
略年譜と人生の背景
シェーンベルクは1874年9月13日にウィーンで生まれました。若い頃は独学で作曲を学び、19世紀後半のロマン派的伝統—ワーグナー、マーラー、リヒャルト・シュトラウスなど—から強く影響を受けました。1898年に改宗(プロテスタント)したこと、その後1933年にナチス台頭を受けてユダヤ人としてのアイデンティティに回帰したこと、そして同年に欧州を離れてアメリカ合衆国に移住し、ロサンゼルスで教鞭を執ったことは、彼の人生と作品に大きな影響を与えました。1941年にはアメリカ市民権を取得し、1951年7月13日にロサンゼルスで亡くなりました。
初期:ロマン派の延長と表現主義への移行
シェーンベルクの初期作品(1890年代〜1907年頃)は、リヒャルト・シュトラウスやマーラーの語法を受け継ぐ後期ロマン派の色彩を持っています。代表作としては《ヴェルクレルテ・ナハト(Verklärte Nacht)》(弦楽六重奏曲、後に弦楽オーケストラ版)があり、豊かな管弦楽法と複雑な和声感が特徴です。しかし、20世紀初頭に入ると次第に従来の調性の枠組みが崩れ始め、より劇的で心理的深度を追求する作品へと転じていきます。
無調期(自由無調)と表現主義
1908年前後からシェーンベルクは「調性に基づかない音楽」、いわゆる無調(atonality)へと進みます。弦楽四重奏曲第2番(1908)などは、調性の枠を離れ、楽曲の構造を旋律と動機の発展で組み立てる試みが顕著です。1912年の《月に憑かれたピエロ(Pierrot Lunaire)》は、スピーチ形式の声法〈シュプレッヒシュティンメ(Sprechstimme)〉を用いた表現主義の傑作であり、当時の聴衆に強烈な衝撃を与えました。無調期の核心には“感情と内面の表出”という表現主義的志向があり、従来の和声機能に頼らない新たな統合原理を模索していました。
十二音技法の創始とその本質
第一次世界大戦後、シェーンベルクは無調をさらに体系化するために十二音技法を確立しました。この方法では、十二個の半音階音高を一列(奏法では“列”や“ロー”と呼ばれる)に並べ、その列を作曲の基本素材として用います。基本的な操作は次の4つです:原始形(P:Prime)、反行形(I:Inversion)、逆行形(R:Retrograde)、反行逆行形(RI:Retrograde Inversion)。これらの変形を用いることで、同一の音列から多彩な動機・和音進行・対位法が導出されます。
シェーンベルクの十二音法の重要点は、単に音高を均等に扱うというだけではなく、旋律・和声・リズム・配置(オクターブ配置)・対位法の統一的な生成原理として音列を用いる点にあります。彼は「不協和音の解放(the emancipation of the dissonance)」という理念を提起し、従来の機能和声に基づく“解決”に依存しない新しい音楽語法の正当性を主張しました。
代表作の深掘り
- ヴェルクレルテ・ナハト(Verklärte Nacht):初期の傑作であり、そのロマン派的濃密さは無調期以前の色彩を示す。情感の流れと緊密な対位法が魅力。
- 弦楽四重奏曲第2番:調性崩壊の過渡期を示す作品で、一部に声を導入するなど劇的革新が見られる。
- 月に憑かれたピエロ(Pierrot Lunaire):Sprechstimmeを軸にした室内声楽の名作。楽器編成や語法が20世紀音楽に新たな道を拓いた。
- 期待(Erwartung):モノドラマ的な独白の連続で、無調表現の極致を示す。時間の流れや心理描写が音響的に構築される。
- グレの歌(Gurre-Lieder):初期大作で後期ロマン派のスケールと色彩を示す。後の無調・十二音への転換を考える上で対照的に重要。
- モーゼとアロン(Moses und Aron):未完のオペラながら十二音技法の劇的応用を示す最高峰のひとつ。宗教的・哲学的主題と技法が深く絡み合う。
教育者としてのシェーンベルクと弟子たち
シェーンベルクは優れた教育者でもあり、アルバン・ベルク、アントン・ヴェーベルンらをはじめ、多くの後進に影響を与えました。彼の教えは単なる技術指導に留まらず、音楽の構造に対する思考法、作曲の哲学的・倫理的側面にまで及びます。20世紀の多くの作曲家がシェーンベルクの思想と技術を出発点として、それぞれの方向へ発展させていきました。
批評と受容の歴史
シェーンベルクの音楽は生前から賛否両論を呼び、聴衆や批評家から極端な反応を受けました。初演での冷ややかな反応や新聞の辛辣な論評が伝えられる一方で、同時代の作曲家・知識人の間では熱烈に支持されました。戦後はさらに学術的評価が進み、特に十二音技法は戦後の前衛音楽や大学における作曲教育の基盤となりました。同時に「機械的な規則主義」や「感情の貧困」といった批判も向けられ、シェーンベルクの音楽の評価は単純ではありません。
音楽理論と著作
シェーンベルクは単に作曲家であるだけでなく、理論家としても重要です。和声論や形式論、十二音技法についての考察を通じて、後世の学問的分析にも多大な影響を与えました。特に和声の機能を離れた音楽理論の提案や、旋法・対位の再構築は理論面での貴重な遺産です。
聴き方のガイド:初めて聴く人へ
- 初期・中期・後期の変化を追う:ロマン派的作品(例:ヴェルクレルテ・ナハト)→無調期の小品や声楽(例:Pierrot Lunaire)→十二音期(例:Moses und Aron)の順に聴くと変化が分かりやすい。
- スコアと並行して聴く:特に十二音作品はスコアを追うことで列の構造や変形が明確になり、論理的な美しさが見えてくる。
- 細部に注目する:旋律の小さな動機の発展、反復と変形の仕方、対位法的な配置などが音楽の推進力になっている。
- 語感を受け入れる:Pierrot LunaireのSprechstimmeなど、声の新しい使い方を聴き慣れることが理解の一助となる。
遺産と現代音楽への影響
シェーンベルクの影響は直接的には弟子たちや大学の作曲教育を通じて広がり、間接的には戦後の前衛や合成的な技法(総合的シリアリズム、電子音楽、スペクトル音楽など)にまで及びます。彼の思想は、単に技法上の模倣を超えて「音楽をどのように組織し、どのように意味を生み出すか」という根本問題への問いかけを後世に残しました。
演奏・録音のおすすめ入り口
初めて触れる人には、次のような作品・録音が入口として有効です:
・《ヴェルクレルテ・ナハト》(ロマン派の美)
・《月に憑かれたピエロ》(表現主義の極)
・弦楽四重奏曲第2番(調性崩壊の過程を見る)
・《モーゼとアロン》の抜粋(技法と宗教的主題の統合)
結び:技術と精神の両面を持つ作曲家
シェーンベルクは単なる技巧的革新者ではなく、音楽の意味や人間表現のあり方を問い続けた思想家でもありました。彼の作品を聴くことは、音楽の“何が許されるか”という歴史的前提を問い直す経験になります。初めは難解に感じられるかもしれませんが、時間をかけて各作品の内部論理を追っていくことで、非常に豊かで深い音楽的世界が開けてくるでしょう。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica: Arnold Schoenberg
- Arnold Schoenberg Center(公式)
- Oxford Music Online(Grove Music Online)
- IMSLP: Arnold Schoenberg(楽譜)
- Library of Congress: Arnold Schoenberg Collection
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