ラオホ(燻製モルト)完全ガイド:歴史・製法・化学・醸造レシピと楽しみ方
ラオホとは何か ─ 燻製香の正体
「ラオホ(Räuchermalz/Rauch)」は主にビールで使われる燻製(スモーク)モルトを指す日本での呼称です。ドイツ語の"Räuchermalz"や英語圏での"smoked malt"に相当し、麦芽(主に大麦麦芽)を乾燥・焙燥する際に木の煙で燻すことで、独特のベーコンやハム、焚き火のような香りを麦芽に付与します。燻製香の主要成分は木材の熱分解(リグニンなど)から生じるフェノール類、特にグアイアコール(guaiacol)やシリングオール(syringol)などです。
歴史と地域性 ─ バンベルクを中心に
燻製モルトの歴史は、麦芽を屋外で乾燥していた時代まで遡ります。ドイツ・フランケン地方のバンベルク(Bamberg)はラオホの代名詞的存在で、同地の名物ビール「ラオホビール(Rauchbier)」は中世から続く伝統的な製法を守っています。有名な銘柄に、バンベルクの常緑的存在である"Aecht Schlenkerla Rauchbier"などがあります。産業化と乾燥設備の発達により、燻製は一時期衰退しましたが、伝統ビールの復興とクラフトビールブームで再び注目されるようになりました。
製法の詳細 ─ 燻煙の種類と工程
燻製モルトの基本工程は次の通りです。まず大麦を通常通り発芽(床もしくは制御発芽)させ、乾燥段階(キルン)で木材を燃やして発生させる煙で麦芽を燻します。使用する木材はフーチェ(Buche/ブナ=beech)が伝統的で、これが比較的やわらかくベーコンやハムに近い香りをもたらします。その他にオーク、チェリー、リンゴなどの木が用いられ、木種によってスモークの風味は大きく変わります。
- 木材の種類:ブナ(beech)=伝統的、オーク=重厚、果樹=甘みのあるスモーク
- 燻煙時間:短ければほのか、長くすると強烈なスモーク香に。メーカーは数時間〜数十時間の調整を行う。
- 燻製後の処理:冷却・保管で香りを落ち着かせ、製品として出荷。
香りの化学 ─ 何が"燻製香"を作るのか
燻製香は主に木材の熱分解(熱分解・乾留)で生じる化学物質群によって生まれます。リグニンの分解生成物であるグアイアコール(guaiacol)や4-メチルグアイアコールは、スモーキーでクローブや燻製した肉を思わせるノートを与えます。シリングオール(syringol)は甘さとスモーク感のバランスを作ります。これらは極めて香りに寄与する一方で、多量だとバランスを崩します。
スタイルと代表例
ラオホを使うビールスタイルは多岐に渡りますが、伝統的かつ代表的なのはドイツ・バイエルンのラオホビール(多くはメルツェン系のラオホメルツェン)。それ以外にも燻製ポーター、燻製スタウト、燻製ヴァイツェンなど、スタイルの応用は幅広いです。現代のクラフトビールでは、微量の燻製モルトでアクセントを付けることも一般的です。
- ラオホメルツェン:クリアな麦芽の甘みと強い燻製香のコントラストが特徴。
- 燻製ポーター/スタウト:ロースト感とスモークが相互に強調され、濃厚で肉料理によく合う。
- 燻製ヴァイツェン:小麦由来のクローブ様フェノールと燻製が面白い相互作用を起こす。
醸造での使い方とレシピの指針
燻製モルトを使う際の基本的なガイドラインを示します(家庭醸造・商業醸造ともに応用可)。
- 配合比率:スタイルによるが、ラオホメルツェンはグリストの40〜100%が伝統的な範囲。現代では20〜60%で充分に燻製感が出る。ポーターやスタウトでは5〜20%がよく用いられる。
- 糖化温度:基本は中間温度(64〜68℃)で麦芽の甘みを引き出す。低すぎるとドライになり燻製が突出しやすい。
- ホップ:燻製が主役のためホップは控えめに。IBUは15〜30程度が標準。ホップ種はフローラルよりもアーシーなキャラクターが合わせやすい。
- 酵母:伝統はラガー酵母(低温醗酵)でクリーンな発酵キャラクターを出す。エール酵母を使うとフルーティーさとスモークが複雑に絡む。
- 発酵温度:ラガーなら8〜12℃、エールなら16〜20℃程度。低めの温度管理はスモークと麦芽のバランスを保つ。
飲み方・ペアリング
ラオホビールは食事との相性が幅広いのが魅力です。代表的なペアリングは次の通り。
- 燻製・グリル肉(ベーコン、ソーセージ、ハム)
- チーズ(燻製チーズ、エメンタール、スモークゴーダ)
- 和食では焼き魚や味噌ベースの料理とも好相性
- デザートではダークチョコレートやキャラメル系と調和することもある
提供温度はやや冷やし(6〜12℃)が香りの出方と口当たりのバランスがよいとされています。
安全性・規制と健康面の注意
燻製過程で生成される化合物の一部には多環芳香族炭化水素(PAHs)のような健康上の懸念があるものもあります。とはいえ、商業的な燻製麦芽メーカーは乾燥条件や燃焼管理、ろ過・回収工程などでこれらの物質の生成を抑制しており、一般的な食品と同等の規制下で製造・販売されています。消費者としては適量の摂取を心がけることと、信頼できるメーカーの製品を選ぶことが大切です。
家庭醸造者への実践的アドバイス
・初めて使う場合は、まず全体の5〜10%の添加から始め、風味バランスを確認する。
・燻製が強すぎると酵母やホップのキャラクターが隠れてしまうため、徐々に調整する。
・燻製麦芽は一般の麦芽と同じく糖化可能だが、保存中に香りが飛ぶこともあるので開封後は冷暗所で保管する。
・異なる木材の燻製モルトをブレンドすると複雑な香りが得られる。
まとめ
ラオホ(燻製モルト)は、ビールに燻製の深い香りを与え、食とのペアリングや飲み手の体験を豊かにする個性的な原料です。歴史的にはバンベルクに根ざす伝統ですが、現代のクラフト醸造ではさまざまなスタイルに応用されています。化学的背景や製法を理解すれば、適切な配合と醸造管理で魅力的な燻製ビールを作ることができます。
参考文献
- Wikipedia: Rauchbier
- Aecht Schlenkerla(公式) - Bambergの燻製ビール
- Weyermann - Rauchmalz(燻製モルト)製品情報
- Wikipedia: Guaiacol(グアイアコール)
- Wikipedia: Peated whisky(ピートとスモークの違い)
- European Food Safety Authority(EFSA) - 食品化学物質と安全性に関する情報


