ディレイタイム完全ガイド:数値、計算、音作りとミックスでの実践テクニック
ディレイタイムとは何か — 基本定義と心理的効果
ディレイ(Delay)は、入力音を一定時間遅らせて再生するエフェクトであり、その遅延時間(ディレイタイム)は音響的・音楽的な結果を決定づける最も重要なパラメータです。ディレイタイムが短いと音が重なり合って位相変化やコムフィルタを生み、いわゆる“ダブルトラック”や厚みを作ります。中程度の時間だと明瞭な反響(スラップバックやリズミックなエコー)となり、長い時間だとはっきりした反復音(エコー)になります。
心理的側面では、遅延が短い(目安は約1〜40ms)と、リスナーは音の発生方向や位置に影響を受けやすく、Haas効果(先行音と遅延音の時間差により定位が変わる現象)が働きます。一方、時間差が十分に大きくなると(約50ms以上)、原音と遅延音を別々の出来事として知覚し、リズムや空間感を強調します。
ディレイタイムの単位とテンポ同期
ディレイタイムはミリ秒(ms)で指定されることが一般的ですが、楽曲制作ではBPM(テンポ)に基づく音符長(例:8分音符、付点8分など)で指定する「テンポ同期」も頻繁に使われます。テンポ同期を使うと、ディレイが曲の拍にぴったり合い、リズム楽器やヴォーカルのフレーズと自然に融合します。
最も基本的な計算式は次のとおりですp>
ディレイ(ms) = (60,000 ÷ BPM) × ビート数
ここで「ビート数」は“何拍分か”を示します。例:
- 4分音符(1拍): 60000 ÷ BPM
- 8分音符(1/2拍): (60000 ÷ BPM) × 0.5
- 付点8分音符(1.5×8分): (60000 ÷ BPM) × 0.75
実際の数値例(BPM=120)
- 4分音符(1拍)=500ms
- 8分音符=250ms
- 16分音符=125ms
- 8分音符トリプレット(3つで1拍)=約166.67ms(=500ms ÷ 3)
- 付点8分=375ms(=250ms × 1.5)
よく使われるディレイタイムの目安
用途別の一般的なレンジは次の通りです(ただし音楽ジャンルや楽曲の意図によって柔軟に変えるべきです)。
- 短い(1〜40ms): 艶出し、ダブルトラック的効果、ステレオイメージ操作(Haas効果)。原音との区別がつきにくく、フェイジングやコムフィルタを生む。
- スラップバック(約50〜120ms): ロックンロールやロカビリーで使われる短いエコー。ヴォーカルやギターに深さと存在感を与える。
- リズミック(100〜500ms): 明瞭な反復。拍に合わせてリズムを補強したり、フレーズを引き延ばす。
- 長い(500ms以上): 明確な繰り返し(エコー)として聴覚的に独立。アンビエントや効果的な空間演出に使用。
ディレイの種類とタイムが生む違い
ディレイユニットの種類ごとにタイムが音に与える影響が異なります。主なタイプと特徴:
- アナログ・テープディレイ(エコー): テープヘッド間の物理距離で決まるディレイタイム。遅延は温かみのある飽和、周波数特性の変化、テープヒスにより色付けされる。テープ機は長めのタイムでも音楽的。
- BBD(バケットブリッジ・デバイス)アナログディレイ: 通常数百ミリ秒まで。高域が落ちる傾向があり、特有の荒さと温かさを与える。
- デジタルディレイ/プラグイン: 幅広い時間設定が可能で、正確にテンポ同期できる。フィルター、モジュレーション、マルチタップなど多機能。
- マルチタップ/グリッド系: 複数のタップでリズムパターンやアルペジオ的な効果を作る。各タップのタイムが作曲的要素となる。
実践テクニック — ミックスでの使い方
ディレイをミックスで生かすための実践的ポイント:
- センド/リターンで使う: 原音をドライに保ち、ディレイバスでエフェクト処理(EQやコンプ)を行うとコントロールしやすい。
- ロー/ハイカットで色付けする: 反復が混濁しないよう、フィードバック経路にハイパス(低域をカット)やローパス(高域を絞る)を入れて帯域を制限する。
- フィードバック管理: フィードバック(リピート回数)が多すぎると発振やマスクを招く。自動化で曲の展開に合わせて増減させるのが効果的。
- ステレオ運用: Ping-Pong(左右に跳ねる)や左右で異なるタイムを設定すると空間感が増す。Haas効果を使う際はモノラル互換性に注意。
- テンポ同期 vs ミリ秒: ドラッグやグルーヴに合わせたい場合はテンポ同期。サウンドキャラクターや打ち込み以外の音源では微調整のためにms指定も有効。
計算例と便利な数値表
先に示した式を用いて、いくつかの一般的な音符値を任意のBPMで計算する方法をまとめます。式は何度も引用しますがわかりやすさのために再掲します。
ディレイ(ms) = (60000 ÷ BPM) × ビート数(1拍 = 1)
例: BPM=90 の場合、4分音符 = 60000 ÷ 90 ≒ 666.67ms、8分音符 = ≒333.33ms、付点8分 = ≒500ms。BPM=140 なら4分音符 ≒428.57ms、8分音符 ≒214.29ms。
異なる音楽ジャンルでの実用例
ジャンル別に使われる傾向:
- ロック/ポップ: スラップバック(80〜120ms)でヴォーカルやギターに輪郭と“古典的な”雰囲気を付与。
- ダンス/EDM: BPMに正確に同期した短〜中程度のタイム(16分〜8分)でグルーヴを補強。マルチタップでリズムフレーズを作成。
- ヒップホップ/R&B: 軽いスラップバックやディレイを空間処理として使い、ヴォーカルの前後感を調整。
- アンビエント/ポストロック: 長めのディレイ(数百ms〜秒)と高いフィードバックで持続的なテクスチャを構築。
ディレイタイムにまつわるよくある誤解
・「短いディレイはいつでも良い」:短い遅延は音を太くしますが、位相干渉やモノ互換性の問題を引き起こす可能性があります。必ずモノラルチェックを行いましょう。
・「テンポ同期だけで良い」:テンポ同期は便利ですが、微妙にオフセットすることで前ノリや後ノリのニュアンスを作れます。手動でmsを微調整してみてください。
・「フィードバックは数字を上げれば派手になる」:ただしフィードバックを上げすぎると不快な発振やマスキングの原因になります。EQやリミッターを用いた制御が必要です。
よく使う設定プリセットと推奨操作
初心者が試しやすい設定例:
- ボーカル(リード)スラップバック: タイム80〜120ms、フィードバック0〜20%、ミックス(ウェット)10〜30%、リピートにローパスを軽く適用。
- ギター(空間): タイム200〜400ms、フィードバック20〜40%、ステレオで左右のタイムを微妙にずらす。
- パーカッションのリズム強化: テンポ同期で8分または16分、フィードバック10〜30%、ディレイバスにサイドチェインコンプをかけて曲のキックと競合しないように。
技術的留意点:同期・レイテンシ・モジュレーション
MIDIクロックやDAWのテンポ情報でプラグインやハードウェアを同期する方法が一般的です。ハードウェア機器ではクロックジッターや同期遅延(レイテンシ)に注意が必要で、プラグイン側の「ホスト同期」「サンプル精度」設定を確認してください。また、モジュレーション(LFO)をディレイタイムに与えるとテープのワウフラッターのような揺らぎを生み、音に生々しさを与えます(典型的な揺れは0.1〜8Hz程度)。
まとめと実践的なチェックリスト
ディレイタイムは単なる数値ではなく「楽曲にどのような時間的関係を与えるか」を決める非常にクリティカルな要素です。実践的には下記をチェックしてください:
- 目的(厚み、リズム、演出)を明確にする
- テンポに合わせて計算し、必要ならmsを微調整する
- フィードバックにEQやダンピングを入れて周波数マスクを防ぐ
- ステレオ展開とモノ互換性を確認する
- 自動化で楽曲展開に合わせて動かす
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参考文献
- Delay (audio effect) — Wikipedia
- Haas effect — Wikipedia
- Delay-based effects — Sound on Sound
- Tempo and note values — Ableton
- Tape delay — Wikipedia
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