ショスタコーヴィチ交響曲第5番 ― 革命と苦悩、そして内面の解放

はじめに:20世紀の“象徴”としての第5番

ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906–1975)の《交響曲第5番 ニ短調 作品47》(1937)は、20世紀音楽を語るうえで避けて通れない金字塔。政治的読解と純音楽的読解が交差し、作品自体が“解釈の闘技場”となってきた。1930年代ソ連の文化政策、古典回帰の語法、そして終楽章の“歓喜”をめぐる論争が、その多義性を今日まで増幅させている。


1. 歴史的背景:プラウダ批判から「再起」の交響曲へ

1936年1月、オペラ《ムツェンスク郡のマクベス夫人》は党機関紙『プラウダ』の匿名社説「音楽の代わりに紛糾」で糾弾された。これは単なる審美の不一致ではなく、芸術政策の“公式見解”として受け止められ、ショスタコーヴィチは自己検閲と沈黙の圧力に晒される。
その翌年、彼は《第5番》を4〜7月にかけて集中的に作曲。4楽章の古典的構成と明晰な書法は“応答”の姿勢を示しつつ、スコアの奥には抑圧・抵抗・祈りが緻密に刻まれている。


2. 初演と受容:「創造的応答」という標語と圧倒的成功

初演は1937年11月21日、レニングラードでエフゲニー・ムラヴィンスキー指揮・レニングラード・フィルによって行われ、熱狂的な成功を収めた。以後、この作品はしばしば「正当な批判へのソヴィエト芸術家の創造的応答」と標語化され、公的にも民衆的にも受け入れられる。ただし、このフレーズが象る実相(屈服か、戦略的外皮か、悲劇の“楽観的”昇華か)は、今なお論争的である。


3. 楽章別ガイド:古典的器楽言語に刻まれた内面の物語

編成の概要

二管編成を基軸にピッコロ/E♭クラリネット/コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、打楽器群(小太鼓・大太鼓・シンバル・トライアングル・タムタム・鉄琴・木琴・ティンパニほか)、ハープ2(1パート)、ピアノ、チェレスタ、そして大規模弦楽。

I. Moderato:陰影の中に組み上げられるドラマ

低弦ユニゾンの厳粛な主題提示から弦のカノン風対位、そして全合奏へ。半音階的緊張、鋭い金管の割込み、推進するリズム。展開部では動機の断片化・転置・反行が駆動力となり、再現は“冷たい威厳”を湛えつつ巨大化する。古典的構築の内側で、抑制と噴出が交互に襲う。

II. Allegretto:舞曲の皮を被った“歪み”

スケルツォに相当。民俗舞曲/ワルツの影がちらつくが、ぎこちない強勢や皮肉めいた木管、重い低弦が“陽気さ”に違和感を差し挟む。軽妙な楽器法の襞に、陰影と皮肉が刻まれる。

III. Largo:言葉なき挽歌

金管・打楽器は沈黙。弦と木管(+ハープ、ピアノ/チェレスタ)が祈りのテクスチュアを紡ぐ。独奏木管の痛切な歌が、合奏弦の“水平線”に浮かび上がる。禁欲的な書法が感傷を越え、裸の声で聴き手の内側へ届く。

IV. Allegro non troppo:勝利の号砲か、強いられた歓喜か

行進的推進力、金管のファンファーレ、打楽器の炸裂。だが単純な凱歌に回収されない。執拗な反復、硬質な和声、過剰なフォルティッシッシモが、歓喜の純度に疑義を突きつける。終結部のテンポ決定(遅く厳粛にか、速く駆け抜けるか)が作品像を決定的に左右する。


4. 解釈史:《証言》をめぐる論争と多義性

1979年、ソロモン・ヴォルコフ編『ショスタコーヴィチの証言(Testimony)』は、終結の“歓喜”を「強制された歓喜」と読み替え、作曲者の内的抵抗を強調した。他方、資料批判から同書の真正性に疑義が呈され、署名頁や編集過程をめぐる検証が続く。
結論は一枚岩ではない。作品に内在する多義性こそが、演奏解釈の自由と聴取経験の更新を生み、ムラヴィンスキー系の峻厳な造形から、量感と明晰を併せ持つアメリカ的アプローチ、近年の透明志向まで、多彩な語り口を許してきた。


5. 音のデザイン:編成・語法・モティーフの力学

この交響曲のサウンドは「克明に設計された質量」。二管編成の芯に、増強された金管と多彩な打楽器、ハープ2・ピアノ/チェレスタが絡み、弦の大伽藍を支える。第3楽章の金管・打楽器の沈黙は、第4楽章の咆哮を際立てる“引き”として機能。
モティーフは半音階的接近と反復の執拗さ、対位法的積層により全曲を駆動。トゥッティの縦の精度(アタック、ハーモニーの当て方)と、ピアニッシモの横の精度(息の長い旋律線)が等しく問われ、演奏至難の名曲たる所以となる。


6. 今日の再評価:歴史を越えて聴かれる普遍性

第5番は、歴史的コンテクストを離れても恐れ・悲嘆・祈り・昂揚を喚起する。ホールでは終結直後の“静寂の密度”が、その夜の解釈の温度を物語る。録音・配信時代には、時代や地域を越える比較聴取が可能となり、多義性の豊饒を体感しやすい。
研究面では、ソ連文化史・検閲・自己神話化・証言の扱い方など学際的論点が積み上がり、**スコア(固定物)と音(生成物)**の両面からのアプローチが現代的な向き合い方として定着している。


7. 聴きどころ:初めての人も通も楽しめるチェックポイント

  • 第1楽章:低弦ユニゾンから初の全合奏までの“圧の積み上げ”。弦のボウイングと金管の重ね方で音の重心がどう動くか。
  • 第2楽章:躍る足取りの裏の“崩れ”。木管の装飾とアクセントがどれほど皮肉を帯びるか。
  • 第3楽章:弦の“水平線”と木管の“人肌”。残響の長いホールでは和声の移ろいが空間的奥行きを生む。
  • 第4楽章:終結テンポの選択。遅い=“儀礼/強制”の凄味、速い=“突破/昂揚”の光。打楽器のダイナミクス設計にも注目。

8. まとめ:歓喜という問いを鳴らし続ける音楽

《交響曲第5番》の核心は、迎合か抵抗かの二分法では測れない。素材の提示・展開の必然、編成設計、ダイナミクスと色彩の彫琢という純音楽的完成度が歴史と交差し、強さと脆さ、沈黙と咆哮、儀礼と涙という普遍的経験を呼び起こす。第5番は、歓喜とは何か、勝利とは何か、そして「鳴らし続けること」の意味を私たちに問いかけ続ける。


参考文献


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