空調用HEPAフィルター徹底解説:性能・設計・施工・運用の実務ポイント
はじめに:空調用HEPAフィルターが注目される理由
近年、病院や研究施設に限らずオフィス、商業施設、学校などで室内空気質(IAQ)への関心が高まり、空調ダクトや局所排気にHEPAフィルターを組み込む事例が増えています。HEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルターは微粒子捕集能が非常に高く、感染症対策、クリーンルーム維持、粉じん対策に不可欠な要素です。本稿では、設計・選定・施工・試験・運用の観点から実務で押さえるべきポイントを系統的に整理します。
HEPAフィルターとは:定義と規格
HEPAフィルターは微粒子を高効率で捕集するフィルター群の総称で、規格により性能基準が定められています。代表的な規格は次の通りです。
- ISO 29463 / EN 1822:欧州・国際規格。粒子捕集効率をMPPS(最も通過しやすい粒子径、Most Penetrating Particle Size)において評価し、H13(≥99.95%)、H14(≥99.995%)などの等級がある。
- 米国基準(DOEやEPAでの運用):一般的にHEPAは99.97%(0.3μmでの評価が広く知られる)を基準とすることが多い。
- ASHRAE / MERV:ASHRAEのMERV規格ではHEPAはMERV 17以上に相当するとされる(MERV 1–16が通常のASHRAEスケール)。
規格間の違いは試験方法(チャレンジエアロゾル、測定器、MPPSの取り扱い)や効率評価の基準にあります。設計時には適用する規格を明確にし、フィルター仕様書に基づいた試験・証明を求める必要があります。
捕集メカニズムとMPPSの重要性
HEPAの捕集は主に慣性衝突、拡散、誘引(静電吸着を含む)が複合して働きます。これらの機構により、粒径によって捕集効率曲線が変化し、最も捕集が困難な粒径(MPPS)が存在します。多くの商用HEPAではMPPSは0.1〜0.3μmの範囲であり、規格試験はMPPS付近での性能を重視します。したがって、0.3μmのみで合否を見るとMPPSがずれているタイプでは過大評価になる危険があります。
フィルターメディアと構造の種類
- ガラス繊維(microglass):最も一般的。高温・耐薬品性に優れ、捕集効率が安定。
- 合成繊維(ポリプロピレン等):用途により採用。ただし高温環境では注意。
- 折りたたみ(プリーツ)形状:表面積を増やすことで圧力損失を抑える。ポケット型、ミニプリーツ、深さの違い(5cm、10cm、20cm等)がある。
- フレーム材質:金属(アルミ、スチール)や樹脂製。密閉性や耐久性、取付け方法に合わせて選定。
選定時は耐熱・耐薬品性、許容差圧、設置環境(湿度やガス状汚染物質の有無)を確認します。特にダクト内における油分や化学蒸気はメディアの性能劣化を早めるため、必要に応じて前処理(吸着剤)を併用します。
設計値:風量・面速度・差圧
HEPAを空調に組み込む際は、下記設計パラメータが重要です。
- 風量(m3/h)と設置枚数:必要な空気交換や局所排気量を満たすためにフィルター面積を決定。
- 面速度(m/s):HEPAの許容面速度は製品により差があるが、一般に設計面速度は0.5〜2.5m/s程度の範囲で用いられることが多い。面速度が高いと圧力損失が増え、捕集挙動も変わる。
- 差圧(初期Δp):HEPAの初期差圧は一般に100~250Pa程度が多い。フィルターの種類、面積、風量によって変動する。設計では初期値と使用時の最大許容差圧(フィルター寿命終盤)を考慮して送風機容量を決める。
- 風量変化と送風機運転:フィルターが目詰まりするほど差圧が増加し、一定風量を維持するには送風機出力(あるいは回転数)を上げる必要がある。ファンの選定には最大差圧を考慮した余裕を持たせること。
設計段階での良い実務は、プレフィルター(G4〜F9相当)を設け、HEPAの捕集負荷を低減して交換周期とランニングコストを最適化することです。
フィルター配置と気密・シールの重要性
HEPAは高効率でも、周辺のシール不良やバイパス(漏れ)があれば実効性能は大きく下がります。以下を徹底してください。
- 専用のフィルターハウジングを使用し、ガスケットやシール材で完全に密閉する。
- フレームとダクトの取合いは機械的に確実に固定し、歪みやせん断による隙間を防ぐ。
- 取替え時の運用手順(養生、気密試験、清掃)を定める。
設置後はリークテスト(エアロゾルチャレンジテスト等)で実効効率と漏れ箇所を確認するのが必須です。
試験・検査方法:合否判定と現場検査
HEPAの評価はラボ試験と現地(in-situ)試験に分かれます。主な方法:
- バイパス/シールの確認:スモークテスト(可視化)は簡易確認に有効。
- エアロゾルチャレンジ試験:PAO、DEHS、NaCl/KCl等を用い、エアロゾル発生器と光散乱式/凝集検出器で捕集効率を測定。EN 1822/ISO 29463に準拠したプロービングスキャンやMPPS測定が行われる。
- 差圧測定:マグネヘリックや差圧計で初期Δpと運用Δpを定期監視する。
試験は資格のある検査業者に依頼すること。特に医療用途やクリーンルームでは証明書とトレーサビリティのある試験結果が求められます。
運用・維持管理:交換タイミングと安全対策
- 交換基準は差圧上昇または指定運転時間で判断する。差圧基準(例:初期値の2〜3倍、またはメーカー指定圧差)を契約書で明確化する。
- フィルター交換手順とPPE(防護具)の使用を定める。感染性が疑われる場合は特に排気系統と作業室の陰圧状況を確保する。
- 汚染廃棄物としての取り扱い:医療廃棄物や有害物質が付着している場合、法令に従った処理が必要。
- 定期点検:差圧監視の自動化(差圧センサー)の導入、目視点検(シール部、フレームの腐食)、周辺機器(ファン・ダンパー)の維持。
エネルギーとコストの最適化
HEPA導入は換気・排気の質を大幅に向上させますが、圧力損失による送風機負荷増大はランニングコスト(消費電力)を押し上げます。設計・運用での対策:
- プレフィルターの適切な選定でHEPAの捕集負荷を下げ、交換頻度を低減する。
- 風量制御は必要最小限の換気量を維持する「需要制御換気(DCV)」やVFD(インバータ)での可変運転を併用。
- 初期投資ではより面積の大きい低差圧タイプ(大型プリーツ)を採用すると長期的には省エネ効果がある。
適用事例と運用上の注意点
実務での代表的な適用例と注意点を示します。
- 病院(隔離室、手術室):H13/H14クラスを局所排気や再循環回路に採用。供給側にHEPAを入れる場合は陽圧対策、排気側は陰圧と組合せて行う。
- 研究施設・製薬:厳格なEN/ISO規格に従ったトレーサビリティと定期検査が必須。
- ビル空調:感染対策としてHEPAを用いる場合、空調全体の風量バランス、熱交換器の凍結やコイル汚染リスクを評価する。
- 局所排気(レンジフード、作業台):局所で捕集しHEPAで高効率排気する。ファンやダクト耐圧を確認。
選定チェックリスト(実務向け)
- 求める効率(H13/H14等)と適用規格を明確にする。
- 必要風量、面速度、許容差圧を算出し、フィルターの形状と枚数を決定する。
- 前段に適切なプレフィルターを設けるか検討する。
- フィルターハウジングの気密性・取付け方法を設計書に明記する。
- 設置後のリーク試験・エアロゾル試験の実施と合格基準を契約に含める。
- 交換手順、差圧基準、PPE、廃棄方法を運用マニュアルに記載する。
まとめ
空調用HEPAフィルターは高い粒子捕集能をもつ一方、設計と施工、維持管理を誤ると期待する空気清浄性能が発揮できないリスクがあります。重要なのは規格に基づく選定、気密性の確保、適切なプレフィルター配置、そして定期的な試験と差圧監視です。導入前に送風機余裕、換気計画、運用コストまで含めたトータル評価を行うことで、効果的かつ安全な空調構成が可能になります。
参考文献
ISO 29463 — High-efficiency filters and filter media for removing particles
CDC: Ventilation in Buildings (Guidance for COVID-19 and indoor air)
ASHRAE: Filtration and Air Cleaning resources


