マスタリングエフェクト完全ガイド:用途・順序・数値解説と現場のコツ
はじめに:マスタリングにおけるエフェクトの役割
マスタリングはミックスを最終形に整え、再生環境や配信プラットフォームでの再現性を高める工程です。ここで使われるエフェクト(EQ、コンプレッション、リミッティング、サチュレーション、ステレオイメージング、ディエッサー、トランジェントシェイパーなど)は、音質の均一化、ダイナミクスのコントロール、音像の輪郭付け、放送・配信規格への適合を実現します。本稿では各エフェクトの目的、使いどころ、典型的なパラメータ値、チェーン順、ジャンル別の考え方、注意点を詳述します。
全体的なワークフローと考え方
マスタリングは「問題修正→音色調整→ダイナミクス整形→最終レベル調整」が基本順序です。まずはミックスの問題(位相、クリッピング、不要な低域など)を特定し、必要ならリバーブや遅延を削る/ミックスに戻す判断をします。常に良好な参照トラック(商用リリースのマスター)を用意し、モニター環境とメーター(LUFS、ピーク、スペクトラム、位相メーター)を併用して判断します。
イコライザー(EQ)
目的:周波数バランスの調整、不要帯域の除去、キャラクターづけ。マスタリングEQは一般に微調整を行います。ブロードなQで±0.5〜3dB程度の補正が基本。問題がある帯域(200–400Hzの濁り、3–7kHzの刺さり、30–60Hzの不要低域)は手動でカットまたはベルで削ります。
- タイプ:リニアフェーズEQは位相変化を抑えるがプリリングが生じやすく、最低位相(ミニマム)やアナログ風(最低位相に近い)EQはトランジェントに自然。
- ハイシェルフ:マスターの明るさ調整に使用。+1〜+2dB程度で慎重に。
- ローカット:サブソニック(20–40Hz)で削ることが多い。電波や配信での無駄なエネルギーを削減。
ダイナミクス系:コンプレッサーとマルチバンドコンプ
目的:曲全体のダイナミクスを整え、聴感上の密度を上げる。マスターでのコンプレッションは軽微に留めるのが原則。
- ステレオコンプ:短いアタック(5–30ms)、中程度のリリース(50–200ms)、低比率(1.5:1〜2.5:1)。ノブは目的により使い分け、平均2dB程度のゲインリダクションを目安に。
- マルチバンドコンプ:特定帯域(低域:20–120Hz、ロー・ミッド:120–600Hz、ハイ・ミッド:600–4kHz、高域:4kHz以上)を独立制御。低域のピークや中低域の濁りを抑えるのに有効。細かく掛けすぎると音の一体感を損なう。
- サイドチェーン:ベースとキックの関係改善にマスター段で使用することは稀だが、必要なら短いゲインリダクションに留める。
リミッターとラウドネス制御
目的:ターゲットラウドネスに到達させつつ、クリッピングを防ぐ。最終段のリミッターは非常に重要で、過度なゲインリダクションは歪み、疲労感、マスキングの原因となる。
- 統合LUFS(Integrated LUFS)の目安:ストリーミング向けは-14 LUFS(Spotify等)を推奨。ジャンルやリリース形態により-9〜-14 LUFSの範囲で調整。アルバム全体でラウドネスの一貫性を保つ。
- トゥルーピーク(True Peak):配信のインターサンプルピーク対策で-1.0 dBTP〜-1.5 dBTPを基準にするのが安全。プラットフォームによっては-2 dBTPを推奨。
- リダクション量:曲中の瞬間的な削減で2–6dB程度が多く、継続的に10dB以上削るような設定は避ける。
飽和(サチュレーション)とディストーション
目的:アナログ的な倍音を付加し、音に温かみや輪郭を与える。テープサチュレーション、管球やトランス風のモデル、ソフトクリップなどがある。
- 使い方:サチュレーションは微量(+0.1–+3dB相当の歪み)で掛け、必要に応じてBYPASSで差を確認。低域に少量加えると存在感が増し、ハイに加えるとブリリアンスが出るが刺さりに注意。
- クリッピング:ソフト・ハードクリップはラウドネスを稼ぐ手段だが、トランジェントが潰れたり歪感が増すため慎重に。
ステレオイメージングとミッド/サイド処理
目的:音の広がりや定位バランスを整える。低域はモノラルにまとめ(サブの定位をセンター寄せ)、中高域で広がりを調整するのが一般的。
- ミッド/サイドEQ:センターのボーカルやベースを守りつつ、サイドをブーストして空間感を増すことが可能。ただし位相の崩れやモノ再生での欠落に注意。
- ステレオワイドナー:原音を変化させやすいので軽めに。MSの中で+1〜+3dB程度のサイドブーストが自然に聞こえることが多い。
ディエッサーと高域処理
目的:ボーカルやアタックのシビランス(s, t, shなどの過度な強調)を抑える。マスター段では4–8kHz付近を狭いQで数dB下げることが多い。
注意:ディエッサーを過剰に掛けると音がこもるため、必要最小限の量で短時間のトランジェントのみをターゲットにする。
トランジェントシェイパーとアタック調整
目的:打楽器やトランジェントの立ち上がりをコントロールしてミックスの明瞭度を調整する。アタックを強めるとスナッピーに、アタックを緩めると丸くなる。
使い方:キックやスネアのアタックを少し強めることで低域の打ち込み感が増すが、全体の一体感を損なわない範囲に留める。
リバーブ・ディレイ(最小限の使用)
目的:空間感の統一。マスターでリバーブを付けるのはリスクが高く、通常はミックス段階で処理すべきです。マスターで使う場合は非常に短いプレート風のリバーブやステレオ感を整えるためにごく少量だけ利用します。
メーター類とモニタリング
必須ツール:スペクトラムアナライザー、RMS/LUFSメーター、トゥルーピークメーター、位相メーター(ステレオ・イメージの相関)、スペクトログラム。これらを用いて耳と視覚を組み合わせて判断します。
チェーンの一例(典型)
- クリーナップEQ(不要低域カット、問題帯域の微調整)→サチュレーション(風味付け)→マルチバンドコンプ(帯域別ダイナミクス整形)→ステレオイメージ/ミッドサイド処理→マスターコンプ(全体のタックを整える)→リミッター(最終レベル)→ディザリング(ビット深度変換時)
ジャンル別の考え方
- ポップ/EDM:ラウドさと密度を重視。低域のエネルギーとトランジェントを保ちつつ、-8〜-12 LUFSの範囲で仕上げることが多い。
- ロック:スネアやギターのパンチを残しつつ粗さを保持。-9〜-13 LUFS程度。
- ジャズ/クラシック:ダイナミクスを尊重し、-20 LUFS前後のゆとりを持たせることがある。
最終フォーマットとディザリング
配信向けマスターは通常24bit/44.1kHz以上で納品し、必要に応じて配信マスターやCD用(16bit/44.1kHz)にビット深度を落とす際はディザリングを行います。ディザーは量子化ノイズをマスキングし、音の透明性を保ちます。
よくあるトラブルと対処
- 過度なリミッティングで潰れた音:リリースやアタックを調整する、またはマルチバンドで問題帯域のみを処理。
- 位相が不自然:リニアフェーズEQのプリリングを疑い、最低位相EQを試す。MS処理の過剰利用もチェック。
- ストリーミングでの音量差:プラットフォームのノーマライズ基準に合わせて統合LUFSを調整する。参照トラックとABテストを繰り返す。
現場の実践的コツ
- 小さな変更を繰り返す:大きなブーストやカットは後戻りしにくい。
- 必ず数種類のモニタ(ヘッドフォン、モニター、スマホスピーカー)で確認する。
- 休憩を挟んで耳をリセットする。長時間のマスタリングは疲労を招き誤判断を生む。
- 参照トラックと同じセクション(サビなど)で比較し、ラウドネスとスペクトルのバランスを合わせる。
まとめ
マスタリングエフェクトは音質最終調整のために不可欠ですが、目的を明確にして最小限の処理で最大の効果を引き出すことが重要です。各エフェクトの特性とパラメータを理解し、モニタリングとメータリングを駆使して、楽曲のジャンルや用途に応じた判断を行ってください。
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参考文献
- iZotope - Mastering Basics
- Audio Engineering Society (AES)
- iZotope - Loudness and Streaming
- Bob Katz - Mastering (著者サイト)
- Spotify for Developers - Loudness Guidelines
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