帯域別コンプレッサーの完全ガイド:理論・設定・実践テクニック(ミックス & マスタリング)

帯域別コンプレッサーとは

帯域別コンプレッサー(マルチバンドコンプレッサー)は、入力信号を複数の周波数帯域に分割(クロスオーバー)し、各帯域ごとに独立してコンプレッションを行うプロセッサーです。1つの全体的なコンプレッサーでは制御しにくい、特定の周波数帯域のダイナミクスだけを扱えるため、ミックス/マスタリングで非常に強力なツールとなります。

基本原理と構成要素

  • クロスオーバー:特定周波数で信号を分岐させ、低域・中域・高域などに分けるフィルター。典型的には2〜4バンド構成が多い。
  • 各バンドのコンプレッサー:しきい値(Threshold)、比率(Ratio)、アタック(Attack)、リリース(Release)、ニー(Knee)、メイクアップゲイン(Makeup)などを個別に設定できる。
  • 遅延と位相:クロスオーバー方式によって位相特性や遅延が変わる。リニアフェーズ型は位相を保つが遅延/プリリンギングが発生し、ミニマムフェーズ型は遅延が少ないが位相変化が起きる。

マルチバンドとダイナミックEQの違い

見た目は似ているが目的と挙動が異なる点に注意が必要です。マルチバンドコンプは帯域ごとにコンプレッション(ゲインリダクション)を行い、出力は帯域ごとに平滑化されることが多い。一方、ダイナミックEQは特定周波数帯に対して帯域幅(Q値)の設定が可能で、フィルターベースで動作するため鋭い処理が得意です。ボーカルのサ行抑制などにはダイナミックEQや専用のディエッサーの方が適する場合があります。

クロスオーバー設計:リニアフェーズ vs ミニマムフェーズ

■ミニマムフェーズ(一般的): 低遅延で自然なサウンドだが、バンド境界付近で位相変化が起き、ステレオイメージや位相干渉に影響することがある。ライブ用途やレイテンシー制約のある状況に向く。
■リニアフェーズ: 位相歪みを避け、複雑な周波数干渉を正しく扱えるためマスタリングに有利。ただし、プリリンギング(特に急峻なフィルターで発生)や大きなレイテンシーが問題になることがある。

主なパラメータと設定ガイド

  • Threshold(しきい値):その帯域でコンプレッサーが動作し始める入力レベル。多くの素材ではまず聴覚で効果を確認しつつゲインリダクションが2〜6dB程度になるよう調整する。
  • Ratio(比率):抑え込みの強さ。ナチュラルな補正は2:1〜4:1、明確に制御したい場合は4:1〜10:1、リミティング的には∞:1に近づける。
  • Attack(アタック):圧縮開始の速さ。低域(キック、ベース)は遅め(10〜100ms)にしてパンチ感を残すことが多い。高域(シンバル、シンセ)は速め(0.5〜10ms)で殴られる成分を抑える。
  • Release(リリース):圧縮解除の速さ。短すぎるとポンピング、長すぎると持続音が潰れる。楽曲テンポや楽器特性に合わせて可変(オートリリース機能を使うのも有効)。
  • Knee(ニー):圧縮の入り方の滑らかさ。ソフトニーは自然、ハードニーは明確なコンプレッション感を出す。
  • Makeup(メイクアップゲイン):圧縮で下がった音量を補正。各バンドで調整してミックスバランスを保つ。

実践的な用途別設定例と注意点

  • 低域(〜120Hz):キックやベースのピークを抑えつつパワーを保つ。アタックは遅め、リリースは楽曲のテンポに合わせてやや長め。低域を締めすぎると音が細くなるので注意。
  • ロー・ミッド(120–400Hz):モコモコ感や濁りをコントロール。中域の密集を解消する目的で弱めに動作させると効果的。
  • ミッド(400Hz–2kHz):ボーカルやメロの存在感に直結。過度に圧縮すると音が前に出過ぎたり不自然になるので慎重に。
  • ハイミッド(2–6kHz):シビランスやアタック成分を管理。速いアタック・短めのリリースで鋭いピークを抑える。ボーカルの歯擦音にはダイナミックEQの併用が有効なことが多い。
  • 高域(6kHz〜):空気感や煌びやかさを維持しながらノイズや過剰なシズルを抑える。軽めの比率が適する。

よく使うテクニック

  • サイドチェーン/キー入力:特定楽器の動きに反応させて別帯域を下げる。例えばボーカルが入ったらギター中域を抑えるなど、ミックスの明瞭性を確保できる。
  • ミッド/サイド処理:ステレオ中心(Mid)と側方(Side)で別々に帯域圧縮を行い、ステレオイメージをコントロールする。マスタリング時に有効。
  • パラレル処理:原音と圧縮信号を混ぜて透明感やパンチを追加する。激しい圧縮を行ったバンドを原音と混ぜると自然に聴かせられる。
  • オートメーションの活用:各バンドのしきい値やメイクアップを曲中で変化させるとダイナミクスを音楽的にコントロールできる。

トラブルシューティング:ポンピング・位相問題・過処理

■ポンピング:リリースが短すぎたり、クロスオーバー設計が鋭すぎると発生。リリースを伸ばす、クロスオーバーをやや広げる、またはリニアフェーズ/ミニマムフェーズを切り替えて確認する。
■位相ずれ/ステレオイメージの劣化:ミニマムフェーズ型で生じやすい。マスタリングで位相を気にする場合はリニアフェーズを検討。ただしプリリンギングの影響も聴いて判断すること。
■過処理:各バンドで過剰にリダクションをかけると音が平板になりがち。バンドごとのゲイン構成と総合ラウドネスを常にチェックする。

ミックスとマスタリングでの使い分け

■ミックス:個別トラックやバスで使用。楽器単体のダイナミクス調整や他トラックとの干渉を解消するために用いる。レイテンシーに敏感な場合はミニマムフェーズや低レイテンシーモードを選ぶ。
■マスタリング:全体のバランス調整、特定帯域の抑圧や持ち上げに使用する。リニアフェーズを使って位相挙動を安定させることが多いが、アルゴリズム依存の音質変化をモニタリングする。

代表的なプラグインと特徴(参考例)

  • FabFilter Pro-MB:柔軟なバンド編集、ダイナミックEQ的な動作も可能。視覚フィードバックが優れる。
  • iZotope Ozone(Dynamics/Multiband): マスタリング用途に最適化されたモジュール、リニアフェーズおよびトランジェント対応。
  • Waves C4 / Waves C6:ステレオ/マルチバンド処理の定番。低レイテンシーやサイドチェーン機能が使いやすい。
  • MeldaProduction MMultiBandDynamics:コストパフォーマンスに優れ、多彩なオプション。
  • TDR Nova:厳密にはダイナミックEQだが、帯域別のダイナミクスコントロールとして併用されることが多い(非常に透明な処理が可能)。

ワークフローの提案(実践例)

  1. 問題点の把握:スペクトラムを確認し、過剰なピークや濁りがどの帯域にあるかを特定する。
  2. 最低限の介入:まずは低域での不要なピークや中域の濁りを軽くコンプし、総合バランスを整える。
  3. 要所での精密操作:ボーカルやスネア等、局所的な問題はダイナミックEQや短いアタックのマルチバンドで処理。
  4. 聴感での確認:ソロだけでなく必ず曲全体で確認し、位相やステレオ感をチェックする。
  5. 最終調整:メイクアップやリミッターとの連携で最終ラウドネスを整える。

まとめ:何を目指すかを明確に

帯域別コンプレッサーは万能ではありません。目的は「特定周波数帯のダイナミクス問題を的確に解く」ことであり、過度に使うと音楽性を損ねます。アルゴリズムの違い、クロスオーバー特性、位相影響、各バンドの微妙な設定を理解し、視覚と聴覚の両方で検証しながら使うことが重要です。適切に使えば、混濁したミックスをクリアにし、マスタリングでの最終調整もスムーズになります。

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参考文献