MSマイク完全ガイド:理論・録音・デコード・実践テクニックまで徹底解説
MSマイクとは何か──基本の理解
MS(Mid-Side)マイクは、ステレオ録音の手法およびそのために用いられるマイク配置のことを指します。名前の通り「Mid(中央)」と「Side(側面)」の2つの要素で構成され、中央成分を拾う単一指向性(多くはカーディオイドまたはオムニ)と、左右の差分を拾うフィギュア8(双指向性)のカプセルを組み合わせます。録音時はMidとSideを独立したトラックで記録し、後段でデコード(マトリクス処理)することで左右のステレオ信号を作ります。MS方式の最大の特徴は、録音段階でステレオ幅を調整できる柔軟性と、モノラル互換性(モノにまとめたときにサイド成分が打ち消され中央成分が残る)にあります。
理論とデコードの仕組み
MSの基本的な数式は非常にシンプルです。MidをM、SideをSとすると、デコード後の左右チャンネルは次のようになります。
- L = M + S
- R = M − S
実際のDAW上では、Sideトラックを複製して片方の位相を反転(ポラリティ反転)し、複製した2つを左右にパンで振る方法がよく使われます。反転していないSideは左、反転したSideは右に振り、Midを中央にパンすれば上の式と同等のステレオ信号が得られます。Sideのゲインを変えることで容易にステレオ幅を拡げたり狭めたりできるのがMS方式の強みです。
マイクと機材の選び方
MS録音には必ずフィギュア8の指向性を持つマイクが必要です(Side用)。Midにはカーディオイド、オムニ、あるいは狭指向性のもの(場合によってはショットガン)を使えます。代表的な選択肢は以下の通りです。
- Mid: カーディオイド小型ダイアフラム(センターの定位とフォーカスを得やすい)やオムニ(自然な音像と位相特性)
- Side: フィギュア8のカプセル(コンデンサの双指向性やリボンマイクなど)
- 専用MSステレオマイク: MS方式を一体化した製品もあり、セットアップが簡便
実際のブランド例としては、SchoepsのCMCシリーズ(MK 2/21/8 等のモジュールを組み合わせるMSセット)はプロの現場で長年使われています。フィギュア8はリボンマイクでも得られるため、温かみのある音を求める場面ではリボン+カーディオイドの組合せも有力です。また、最近はプラグインやハードウェアのMSデコーダーも普及しており、VoxengoのMSEDなど無料・有料問わず良質なツールがあります。
設置とポジショニングの実践テクニック
MSセッティングで重要なのは、MidとSideのカプセルの中心を同軸上に置くこと(音源に対して同じ位置情報を取得するため)と、フィギュア8の正確な向き合わせです。基本的な手順と距離目安は以下の通りです。
- 同軸配置: Midカプセルの真後ろにSideのフィギュア8を配置する、または専用のMSカプセルユニットを使用する。
- 距離: ソロ楽器(ギター、ボーカル)では30cm〜1mを目安に、アンサンブルや室内全体の雰囲気を取りたい場合は1m〜数m、オーケストラや大編成ではさらに離す。近接効果やルームの音色を見て調整する。
- 高さと角度: 楽器や声の中心をMidに合わせ、Sideは左右の空間差分を均等に拾うように直交方向(90°)で配置。
具体例: アコースティックギターのソロ録音なら、Midにカーディオイドをギターの12フレット付近1/3〜1/2の距離で配置し、Sideはギター正面に対して左右の空間差を拾うようにフィギュア8の葉先が左右を向くようにセットします。室内の反射が強い場合はSideの向きや距離を微調整して不快な早い反射を避けます。
DAWでのデコード手順(ステップバイステップ)
典型的なワークフローは以下です。
- 1) 録音: Midをトラック1、Sideをトラック2に録音する。
- 2) 複製: Sideトラックを複製して2つにする(Side-L, Side-R)。
- 3) 位相反転: 複製した片方(Side-Rなど)の位相を反転する。
- 4) パン: Side-Lを完全左(-100%)、Side-Rを完全右(+100%)にパンする。Midはセンターにパン。
- 5) 調整: Sideのゲインを上下させてステレオ幅を制御。必要に応じてEQやコンプレッション等を個別に処理する。
または、MS専用のプラグイン(例: Voxengo MSED、WavesのMSツール等)を使えば、インサート上でM/Sデコードや幅調整、エンコードをより直感的に行えます。録音段階でMS処理を行うのではなく、原則は常にMidとSideの生素材を残しておくことを推奨します。後からの調整自由度が大幅に増します。
ステレオ幅の活用とミックスでの応用
MSはミックス時のステレオ幅管理に非常に有効です。サイド成分のゲインを上げるとステレオが拡がり、下げると狭くなります。具体的な用途は以下:
- ルームアンビエンスの強調: 部分的にSideを上げて空間感を演出。
- 定位の微調整: MidのEQでセンター成分(ボーカル等)を整え、Sideで残響や空気感をコントロール。
- モノ互換性チェック: モノにバウンスした際に音像が崩れないか確認。MSはモノ互換性が高い。
注意点として、Sideを上げすぎるとミックス中で位相によるキャンセルや定位の不自然さが出ることがあります。必ずモノチェックや他トラックとのバランスを確認してください。
長所と短所
MS方式の長所と短所を整理します。
- 長所: モノ互換性が高い(L+RをモノにしたときSideがキャンセルされ中央成分が残る)、録音時にステレオ幅を後処理で自在に調整できる、マイクの位置が固定でも左右の情報を得やすい、片側の反射やノイズを編集しやすい。
- 短所: Sideには必ずフィギュア8が必要で取り回しに注意が必要、フィギュア8は前後を同等に拾うため背面の不要音も取りやすい、初学者には位相やデコードの概念がやや分かりにくい。
トラブルシューティングと実践的な注意点
よくある問題と対処法をいくつか挙げます。
- モノにしたとき音が薄くなる: Sideの位相や配線が逆になっていないか確認。録音時にSideが正しく位相反転されているか、デコード手順が正しいかをチェック。
- 不要な後方反射を拾ってしまう: フィギュア8は前後を同等に拾うため、背面に吸音を置くか位置を調整して反射を抑える。
- ステレオが広がりすぎて定位が不明瞭: Sideのゲインを下げ、MidのEQで中心成分を明確にする。
- 録音環境でMSより適した別の方式がある場合: 例えば強い定位が必要なドラムのスネアやアンビトラックではXYやORTFの方が即効性があることもある。
実用例(ジャンル別の推奨設定)
用途別の簡単なガイドラインです。
- クラシック/室内楽: 遠めに置いてホールの残響を活かす。Midはオムニで自然な響きを残し、Sideで会場感をコントロール。
- フォーク/アコースティックソロ: Midをカーディオイドで楽器の明瞭さを出し、Sideで自然なステレオ感を足す。距離は30cm〜1m。
- ポッドキャストや放送: モノ互換性と後処理の柔軟性を生かし、Midにボーカル寄りの指向性、Sideは控えめに。」
まとめ
MSマイクは、ステレオ録音における非常に強力で柔軟な手法です。録音後にステレオ幅を自在に調整できる自由度やモノ互換性の高さは、特に放送やマルチフォーマットでの配信、ライブ録音やルームアンビエンスの収集において大きな利点となります。一方でフィギュア8の特性や位相管理など、注意すべきポイントもあります。基本を押さえ、実際に録音とデコードを繰り返すことでMSの効果的な使い方が身につきます。
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参考文献
- Mid-side technique — Wikipedia
- Sound on Sound: Mid-Side recording — Hugh Robjohns
- Schoeps: MS recording — Knowledge Base
- Voxengo MSED — MS decoder plugin
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