スペースドペア徹底ガイド:ステレオ録音の原理・実践・トラブル対策
スペースドペアとは何か — 基本の定義
スペースドペア(spaced pair)は、ステレオ録音における代表的なマイキング手法の一つで、左右のステレオ感を主に到達時間差(時間差による定位)で得る方法です。一般には同一指向性のマイクロフォンを左右に離して配置し、音源からの距離差によって左右のチャンネルに時間差(および場合によってはレベル差)を作ります。英語圏ではしばしば“A/B”(エービー)として呼ばれます。
歴史的背景と用途
スペースドペアは録音史の初期から使われてきた手法で、特に大編成のオーケストラや合唱、コンサートホールのアンビエンスを自然に捉えたい場合に有効です。モノラルからステレオへ移行した時期、空間感を得る簡便な手段として広く採用され、後により定位が厳密にコントロールできるXY、ORTF、MSなどの方法と並んでスタンダードになりました。
音響物理の基礎:時間差(ITD)とレベル差(ILD))
スペースドペアがもたらすステレオイメージは主にITD(Interaural Time Difference:到達時間差)によります。人間の定位感は周波数帯域によって使う指標が異なり、概ね1500Hz以下ではITDが、1500Hz以上ではILD(Interaural Level Difference:音量差)が効きやすいとされます。マイク間隔が大きくなるほど、低域でも時間差が発生しやすく、広いステレオ感が得られますが一方で位相干渉やモノ互換性(モノラルに合成したときの問題)が生じやすくなります。
典型的なマイク配置と距離の目安
- 近めのスペースドペア:左右のマイク間隔を30〜60cm程度にするやり方。小~中規模のアンサンブルや楽器のステレオ感をとる際に使われ、モノ互換性のリスクが比較的小さい。
- 中距離のスペースドペア:60〜150cm程度。室内の残響や会場の広がりを自然にとらえつつ、十分なステレオ幅を得られる設定として多用される。
- ワイドなスペースドペア:1.5m以上。オーケストラやホール録音でホールのスケール感を出したいときに用いられる。ただしモノラル互換性の問題や位相干渉が増える。
上記はあくまで目安で、実際は音源のサイズ、目的のサウンド、マイク指向性や使用するマイクの特性で最適な間隔は変わります。
マイクの指向性とその影響
スペースドペアで多く用いられるマイクはオムニやカーディオイドです。オムニ(無指向性)は位相特性が自然で、部屋の残響を自然に捉えられる一方で集音範囲が広く、不要な反射やノイズも拾いやすいです。カーディオイドは前方集音を強めるため楽器ごとの分離を改善できますが、近接効果や周波数依存の指向性変化によって定位の印象が変わることがあります。
スペースドペアと他のステレオ技法の比較
- XY(コインシデント):二つの指向性マイクを互いに近接(お互いにカプセルがほぼ接触)させて角度を付ける手法。位相差がほとんど発生しないためモノ互換性が良いが、時間差による広がりは少なく比較的コンパクトなステレオ像になる。
- ORTF:フランス放送協会が提唱した方式で、17cmの間隔と110度の角度を組み合わせた擬似的な人間の耳位置に基づく配置。自然な定位と十分なステレオ感、比較的良好なモノ互換性を両立するためよく使われる。
- MS(Mid-Side):中心(Mid)と側方(Side)を分けて録る方式で、トラック上でステレオ幅を自在にコントロールできるのが利点。位相の扱い方が異なるが、モノ合成も比較的安定する。
- Decca Tree:スペースドペアの発展系とも言える三点マイク法。主要な3本のオムニをT字または三角形に配置して、オーケストラ録音で豊かなセンターとホール感を確保する。
利点
- 自然なステレオの広がりが得られやすい。特に会場の空気感・奥行きを捉えるのに優れる。
- 単純なセッティングで視覚的に整えやすく、ライブや放送での迅速な設営に向く。
- 少ないマイク本数で広いソースをカバーできる。
注意点と欠点(実務上のトラブル)
- モノ互換性の問題:左右の時間差により位相干渉やコムフィルタリングが生じ、モノラル再生時に音質低下や特定帯域の消失が発生することがある。
- 定位の不安定さ:同じマイク間隔でもソースの位置が変わると定位が大きく変わるため、レコーディング環境で厳密な定位が必要な場合には調整が難しい。
- 不要な反射の拾いすぎ:オムニ使用時は特に、ホールの反射や天井の反射を過度に拾うことがあり、結果として濁った音になることがある。
実践的なセットアップとチェックポイント
実際にスペースドペアを使うときの手順とチェックポイントを示します。
- まず目的を決める:部屋感を優先するか、楽器の明瞭さを優先するかで指向性と間隔が変わる。
- マイクの高さと角度も重要:ホール録音では実際の演奏位置よりもやや高めにして全体のバランスを取ることが多い。
- ステレオ幅を耳で確認:スピーカー再生で左右の広がりと中央定位(センターの実像感)を確認する。
- 必ずモノラルでチェック:左右を合成してみて位相の問題や帯域の欠落がないか確認する。必要なら距離や角度を微調整する。
- DAWでタイムアライメントを行う:位相問題が深刻な場合はトラック間の時間をサンプル単位で調整して補正できる。
トラブル対策のテクニック
位相やモノ互換性の問題に対する対処法を列挙します。
- マイク間隔を詰める:間隔を小さくすることで発生する時間差を減らし、モノ互換性を改善できる。
- 指向性を変更する:オムニからカーディオイドに変える、あるいは逆にオムニにして低域の位相特性を穏やかにすることも手段の一つ。
- EQによる帯域調整:合成時に特定帯域での欠落がある場合、EQで補正する。ただし根本的解決にはならない。
- タイムアライメント/遅延調整:DAWで一方のトラックを数ミリ秒シフトして位相を合わせる。自然さを損なわない範囲で行う。
- スイッチング:最終的にモノ再生を重視するなら、録音段階でXYやORTFを採用する判断も必要。
ケーススタディ:楽器別の考え方
- アコースティックギター:ギターのボディ感と弦の明瞭さを両立させるため、近めのスペースドペア(30〜60cm)やORTFの併用がよく行われる。
- ドラムオーバーヘッド:ワイドに配置してキット全体のステレオ像を得る。位相を注意深く確認し、必要ならスネアやキックのゲート・スポットマイクで補完する。
- オーケストラ/合唱:ステージ幅やホールの響きを捉えるために1m以上の広めのスペースドペアやDecca Treeを使うことが多い。マイク位置は指揮者やアンサンブルのバランスを考慮して決定する。
ミックス時の扱い方
スペースドペアで録ったトラックをミックスする際は、ステレオ幅の調整、位相チェック、必要に応じた中心成分の強調(センターの情報が薄い場合にリードやボーカルを別マイクで補う)を行います。MSで録っておくとミックス段階でサイドレベルを自在に調整できるため、ステレオ幅を変えたいプロジェクトでは有効です。
まとめ:いつ使うべきか、いつ避けるべきか
スペースドペアは「空間のスケール感」と「自然な広がり」を手早く得たいときに非常に有効です。一方でモノ互換性が重要な用途(ラジオやラウドスピーカによるモノ再生が想定される場合)や、定位の厳密さが求められる場合にはXYやORTF、MSなどの方式が適していることもあります。最終的には目的、会場、使用マイク、そしてミックス方針に応じて手法を選択し、必ずモノラルチェックを行ってから本録りすることが重要です。
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参考文献
- Stereo microphone technique — Wikipedia
- Decca Tree — Wikipedia
- Stereo Microphone Techniques — Sound On Sound
- How We Localize Sound — American Speech-Language-Hearing Association (解説:定位の生理学)
- Recording and Microphone Technique Resources — Pro Sound Training(実践技術紹介)
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