ステレオマイキング完全ガイド:理論と実践の決定版
はじめに
ステレオマイキングは、空間情報(左右の定位、奥行き、広がり)を録音信号に取り込むための重要な技術です。単に2本のマイクを立てるだけではなく、音源の種類やスタジオ/ホールの音響特性、最終的な配信目的(ステレオ放送、スピーカー再生、ヘッドフォン)に合わせた手法選択と配置の判断が求められます。本稿では、基本原理から主要テクニック(コインシデント、ニアコインシデント、スペースドペア、特殊アレイ)、機材選定、実践的な配置例、問題対処法、モニタリング/チェック方法までを詳しく解説します。
ステレオの基本原理と耳の特性
人間の定位は主に2つの物理的手がかりに依存します。1つは両耳での音圧差(ILD: Interaural Level Difference)、もう1つは両耳での到達時間差(ITD: Interaural Time Difference)です。これに加え、外耳(耳介)による周波数特性の変化や反射が高さや奥行きに寄与します。ステレオマイキングはこれらの手がかりを電気信号に取り込むことを目指します。コインシデント(カプセルが同一点)方式は主にレベル差で定位を作り、スペースド(離隔)方式は時間差で定位を作ります。中間のニアコインシデント方式は両者の利点を狙います。
代表的なステレオマイキング手法と特徴
コインシデント法(X/Y, Blumlein, M/S)
コインシデント法はカプセルをほぼ同一位置に置き、角度と極性パターンによって定位を作ります。位相差(時間差)がほぼ発生しないため、モノラル互換性に優れます。
X/Y(クロスオーバー)
2本のカーディオイドを交差させる配置。一般に90°〜135°の開きが用いられます。角度を狭めると定位が中央に寄り、広げるとワイド感が増します。簡便で位相問題が少なく、ライブやアコースティックの近接録音に適します。
Blumlein(ブルムライン)
2本のフィギュア8(双指向)マイクロフォンを90°で交差させる方式。部屋の反射を自然に取り込み、非常にリアルな空間再現が得られますが、背後の反射や不要音も拾うため環境に依存します。
Mid-Side(M/S)
中央に向けた単一指向性(Mid)と、その横に置いたフィギュア8のSideを組み合わせます。デコードは簡単で、L = M + S、R = M − S(右側はSideの位相反転)という行列処理を行います。Sideのゲインを調整することでステレオの広がりを自在に変更でき、さらにSを0にすると完全なモノラル(L=R=M)になりモノ互換性に優れます。
ニアコインシデント法(ORTF, NOS, DIN)
2本のカプセルを数センチ〜十数センチ離し、かつ角度をつける方式です。時間差とレベル差を組み合わせることで自然な定位と広がりを得られ、ホールやアンサンブル録音で広く使われます。
ORTF
フランスONRIC/ORTF方式では、2本のカーディオイドを約17cm離し、角度を約110°に配置します。自然な音像と良好なモノ互換性のバランスが特長です。
NOS
NOS方式は約30cmの間隔と90°の角度が特徴で、より広い音場を取る傾向があります。規格はオランダの放送局で採用されたものです。
DIN
ドイツ規格のニアコインシデント配置。細かい数値は規格により差がありますが、ORTFやNOSと同様に時間差とレベル差を活かします。
スペースド(A-B)法とアレイ(Decca Tree等)
スペースドペアはカプセルを離して置き、主に時間差(ITD)で定位を作る方式です。特にオーケストラや合唱など大編成を広く捉える際に有効ですが、モノラルで合成した際に位相打ち消しが起きやすいため注意が必要です。
A-B(Spaced Pair)
オムニやカーディオイドを20cm〜1m以上離して配置します。離隔が大きくなるほど空間の広がりは増しますが、モノ互換性と位相管理が課題になります。
Decca Tree
オーケストラ録音などで定番のアレイ。3本のオムニをT字型に配置し、左右とセンターを作ることで豊かなフロント像とホール感を得ます。典型的な間隔はおおよそ1〜1.5m程度ですが、会場や楽器編成により調整します。
機材と極性パターンの選び方
極性パターン(オムニ、カーディオイド、スーパーカーディオイド、フィギュア8)は、収録する音源と周囲の環境に応じて選びます。オムニは位相に敏感でないためディレイベースの配置に向き、自然な部屋鳴りを得やすい。カーディオイドは指向性があり不要な反射や窓音を減らすのに有効。フィギュア8はM/SやBlumleinなど特別な用途で空間情報を左右対称にキャプチャします。マイクの周波数特性や感度も重要で、低域の距離感(近接効果)を意識して配置を決めます。
代表的な用途別の配置例と実践ポイント
アコースティックギター(ソロ)
近接でのステレオ化にはX/YやORTFがおすすめ。ギターのボディとサウンドホールのバランスを取り、約20〜40cm離して斜め45°程度で狙うと良い結果が得られます。不要なボディ擦れ音や指のノイズはマイクロフォンの指向性と位置でコントロールします。
ピアノ(グランド)
ピアノのキャビネットやフレーム内の音の広がりを捉えるにはORTFやNOS、またはスペースドペアが有効です。フードを上げたグランドピアノでは弦や響板の位置に応じて左右のバランスを取り、Decca Treeのようなアレイは大型室内でオーケストラ的な広がりを出します。
ドラムキット
ステレオオーバーヘッドはORTFやX/Yが定番で、キックとスネアの定位を中央に保ちながらシンバルやハイハットのステレオ感を得ます。ルームマイクをスペースドやM/Sで追加すると奥行きが増します。位相チェックは必須です。
合唱・合奏(アンサンブル)
ORTFやDecca Tree、M/Sをメインに用いると自然な前後・左右の広がりが得られます。ホールの残響とアンサンブルの距離感を重視して位置を決め、必要に応じて近接マイクを補助的に配置します。
配置の数値目安(距離・角度)
- X/Y:角度 90°〜135°(カプセルはほぼ同一点)
- ORTF:カーディオイド、間隔約17cm、角度約110°
- NOS:カーディオイド、間隔約30cm、角度約90°
- M/S:Mid(カーディオイド等)とSide(フィギュア8)を同一点に配置
- A-B(オムニ等):間隔20cm〜1m以上(広がりとモノ互換性のトレードオフ)
- Decca Tree:オムニを中心に左右1〜1.5m程度のスパン(会場により調整)
位相問題とモノラル互換性
スペースドペアや広いアレイは時間差により豊かなステレオを生み出しますが、モノラルにミックスダウンした際に位相打ち消し(キャンセル)が起きることがあります。これを避けるため、録音時に必ずモノでのチェックを行い、不要なカットオフや位相調整を施します。M/S法はS成分が完全に左右で逆位相になっているため、SをゼロにするとL+RでS成分が打ち消され、モノ互換性が優れるのが利点です。
ゲイン構成と録音チェーンの実務
ステレオのメインマイクは最初に適切なゲイン構成を得ることが重要です。プリアンプやインターフェースで各チャンネルのゲインを合わせ、位相反転や極性ミスがないかを確認します。マイクケーブルではバランス接続を用い、ファントム電源の必要性(コンデンサマイクなど)に注意してください。レコーディングではヘッドルームを確保し、クリッピングを避けるためピークよりもやや余裕あるゲイン設定を推奨します。
モニタリングとチェック方法
- ステレオの定位はスピーカーとヘッドフォン両方でチェックする。ヘッドフォンでは極端な定位が分かりやすいが、部屋の反射は評価できない。
- 必ずモノミックス(L+R)でチェックし、位相の異常や音の欠落がないか確認する。
- M/S録音を行った場合はデコード後のステレオと、Sを下げたバージョンでの比較を行うと安全。
よくある問題と対処法
- 位相キャンセル:タイムアライメントやマイクの距離を調整。デジタルでの位相補正やマルチトラックでの遅延補正も有効。
- 濁りや低域のぼやけ:ローカットフィルターで不要な超低域を除去。マイクの角度や距離を調整して近接効果の影響をコントロール。
- 不要反射の混入:指向性の見直し、吸音パネルやブロッカーで制御。
- モノ互換性の欠如:M/Sの導入、ステレオ幅の抑制、配置の見直し。
高度なテクニックとプロの実践知
プロの現場では、メインのステレオペアに補助マイク(スポットマイク)を組み合わせることが一般的です。これにより、ソロパートの強調や定位修正が可能になります。また、M/S録音は現場でステレオ幅を後処理で自在に調整できるため、放送や映像の現場で重宝されます。Decca Treeや複数のマルチマイクアレイを用いる場合は会場の音響測定とリスニングテストを繰り返して最適なポジションを探ります。
まとめ:選択基準の整理
- モノラル互換性重視 → コインシデント(X/Y、M/S)
- 自然な広がりとホール感 → ニアコインシデント(ORTF、NOS)やDecca Tree
- 極端なワイド感やライブ感 → スペースドペア(A-B)だが位相管理が必須
- 現場での柔軟性 → M/S(ステレオ幅の後処理が容易)
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参考文献
- Stereo recording - Wikipedia
- Mid-side recording - Wikipedia
- ORTF - Wikipedia
- Decca Tree - Wikipedia
- Sound On Sound - Stereo Microphone Techniques
- Neumann - Stereo Microphone Techniques
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