MS(Mid/Side)徹底解説:原理・実践・ミックス/マスタリングへの応用
MSとは何か——用語の定義と全体像
MS(Mid/Side、ミッド/サイド)とは、録音・ミキシング・マスタリングの世界で広く使われるステレオ技術および処理手法の総称です。基本は「中央成分(Mid)」と「左右の差分成分(Side)」に音声情報を分解し、それぞれを独立して処理できるようにすること。これにより、中央のボーカルや低域を確実に安定させながら、左右の広がりやアンビエンスだけを操作するといった高度な調整が可能になります。
発祥と歴史的背景
MSの考え方はステレオ録音の初期に遡ります。ステレオ技術の先駆者であるAlan Dower Blumlein(アラン・ブルムライン)は1930年代にステレオの基礎原理を研究し、同時期にMSの基礎となるマトリクス的な手法も提示しています。以後、放送やレコーディングの現場でMSは特にモノ互換性を保ちながらステレオ情報を扱う手段として評価され、近年はデジタルDAWとプラグインの普及により再び注目度が高まっています。
原理——数学的なしくみと信号の流れ
MSは非常にシンプルな数学で説明できます。ステレオ信号を左(L)、右(R)とすると、エンコード(L/RからM/Sへの変換)は次のようになります。
- M = L + R(中央成分)
- S = L - R(左右差分成分)
逆にデコード(M/SからL/Rへ戻す)すると:
- L = (M + S) / 2
- R = (M - S) / 2
実務では/2の係数をソフトウェア側で内部調整していることが多く、プラグインやハードウェアによってはゲイン設定でこれを吸収します。重要なのは、S成分が左右の差分を表しているため、モノにサム(和)した時にSはキャンセルされ中音域(M)だけが残る、つまり高いモノ互換性を保持できる点です。
マイクロフォン配置——実践的な録音セットアップ
録音での典型的なMSマイク配置は「ミッド用の指向性マイク(カーディオイドやオムニ)+サイド用のフィギュア8マイク」を同軸上に配置するものです。代表的な手法は次の通りです。
- カーディオイド(M)+フィギュア8(S):センターをしっかり拾いつつ、左右の位相差をSで取得する標準セット。
- オムニ(M)+フィギュア8(S):より自然な空気感を重視する場面で使われることがある。
- ブラムラインペアとの違い:ブラムラインは2本のフィギュア8を90度クロスさせた技法(主にステレオ感を得る)で、MSとは原理が異なるが歴史的に関連が深い。
同軸配置(指向性の中心軸が同じ)であれば位相の問題が最小化され、MSエンコードに最適です。ライブステージ、室内アンサンブル、ピアノ、コーラス録音などでよく使われます。
DAW内での処理——エンコード/デコードとプラグイン活用
録音時にMSで収音する場合、そのまま保管して後でDAW上でデコードするのが一般的です。DAW内でのワークフロー例:
- トラック1にM、トラック2にSを録音(またはMSマイクプリで同時に取得)
- DAW上でMSデコーダープラグインを挿し、必要に応じてSのみをブーストしたり、MにEQやコンプレッションをかける
- 処理後に通常のL/Rステレオへ戻す(もしくはプラグインがリアルタイムでデコードしてモニタリング)
代表的なプラグインとしては、BrainworxのMS対応ツールやiZotope製品、FabFilter Pro-Q(M/Sバンド処理対応)、Waves等のMS対応プラグインがあり、これらはミッドとサイドを独立してEQやダイナミクス処理できるため、混合処理が容易になります。
ミックス/マスタリングでの活用例
MS処理はミックスやマスタリングの場面で以下のように活躍します。
- 中央のボーカルやスネアなどを preserve しつつ、サイドにリバーブやハイシェルフを加え空間感を拡張する。
- 低域をモノ化(サイドのローをカット)して低域のセンター定位を安定させ、フォーカスを出す(俗に“MSベース管理”)。
- マスター段階でサイドに軽いステレオEQを施して広がりを演出、あるいはサイドの特定帯域をカットして濁りを取る。
- ボーカルのダイナミクスはMid側に集約されるため、Midのみをコンプして存在感を出すといった処理が可能。
利点と注意点(欠点)
利点:
- 高いモノ互換性:Sが打ち消されるためモノ再生時にセンター情報が失われにくい。
- 柔軟な空間操作:左右幅を調整するだけで定位の印象が大きく変えられる。
- 位相管理が容易:同軸のMS収音は位相問題を減らす。
注意点/欠点:
- SとMのバランスが崩れるとステレオイメージが不自然になる可能性がある。
- フィギュア8マイクは背面の収音も拾うため、設置環境によっては不要音を拾いやすい。
- 処理を誤るとモノ互換性が失われる(特に非対称な処理や過度の位相操作)。
実践的なテクニックとチェック項目
現場やミックスでよく使われるチェック・ワークフロー:
- まず原理どおりにMSで録音し、DAW上でデコードしてステレオで確認する。左右が逆になっていないか、位相が怪しくないかを確認。
- モノチェックを頻繁に行う。MS処理後にモノに切り替えた時、中抜けやボーカル消失が起きていないか確認すること。
- サイド成分に対しては広域のEQやディエッサーを使うと、音像の広がりを損なわずに耳障りな成分を抑えられる。
- 低域は基本的にMidを優先し、Sideの低域はフィルターでカットするのが定石(例:100–200Hz以下をSideでローカット)。
- マスター段階でのSブーストは慎重に。過剰な広がりはフェーズ問題やスピーカー再現性の低下を招きやすい。
具体的な使用例(ケーススタディ)
1) アコースティックギターとルームの録音:Mに近接カーディオイドで楽器の直接音を、Sにフィギュア8で左右のルームリバーブを取得。ミックス時にMにコンプを入れて演奏感を出し、Sにハイシェルフで空間の煌めきを付与。
2) ポップスのボーカル:ボーカルはMidで強めに処理し、サイドにはアコースティックギターやパッドの広がりだけを残す。マスターでSideの高域を軽く持ち上げると、スピーカーやイヤホンでの広がりが増す。
よくある誤解とQ&A
- Q:MSは必ずマイク収音で使うべきか? A:いいえ。DAWのステレオトラックでもMSエンコード/デコードを行えば同様の処理が可能です(既存のステレオ素材をM/S分解して処理する例も一般的)。
- Q:MS処理で音像が不自然になったら? A:まずはモノチェック、次にS成分にかけた処理を一つずつ外して原因を特定する。位相の確認やフィルターの傾斜を見直すとよいでしょう。
まとめ
MSは、モノ互換性を保ちながらステレオ情報を柔軟に操作できる非常に強力な技術です。録音段階での同軸収音による安定性、DAW上での自由なEQ/ダイナミクス処理、マスタリングでの微妙な幅調整など、使いこなせばミックスの品質や汎用性を大きく向上させます。反面、位相やゲインバランスに注意しないと逆効果になるため、モノチェックや段階的な処理確認を必ず行ってください。
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参考文献
- Alan Blumlein — Wikipedia
- Mid/Side — Wikipedia
- Sound On Sound:Mid/Side Recording(解説記事)
- iZotope:What is Mid/Side Processing?
- FabFilter:Pro-Q 3 — Mid/Side Processing(マニュアル)
- Brainworx bx_control — Mid/Side 対応プラグイン
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