クローズマイキング徹底ガイド:原理・テクニック・実践レシピとトラブルシューティング
クローズマイキングとは何か — 定義と利点
クローズマイキング(close miking)は、マイクロフォンを音源の非常に近くに配置して直接音を優先的に拾う録音・PAの手法です。一般に数センチ〜30センチ程度の距離で行われ、目的は高いセパレーション(音の分離)、余分な残響や他楽器のリーク(漏れ)を最小化すること、そして音量と鮮明さを確保することにあります。ライブやスタジオ録音の多くの場面で使われ、明瞭でインパクトのあるサウンドを得やすいのが特徴です。
基本原理:直接音と間接音、近接効果(プロキシミティ)
クローズマイキングの効果は主に次の点に起因します。
- 直接音の比率増加:マイクに近いほど直接音(音源から直接到達する音)が相対的に大きくなり、残響や反射の影響が減ります。
- 近接効果:単一指向性(特にカーディオイドやハイパーカーディオイド等)のマイクは音源に近づくと低域が強調される傾向があります。これを利用して低域のパンチを得る一方、過剰な低域やボーカルのブーミーさに注意する必要があります。
- 指向性とオフアクシスの特性:マイクの指向性(オムニ、カーディオイド、双指向性、スーパーカーディオイド等)は側面や後方からの音の拾い方を決め、リーク対策や位相関係に影響します。
マイク選びと基本設定
クローズマイキングでは用途に応じて以下の選択が一般的です。
- ダイナミックマイク:高音圧に強く、ギターアンプやスネア、ボーカルのライブ用途で定番(例:Shure SM57、SM58)。耐久性がありオフアクシスの音も自然。
- コンデンサーマイク:感度が高くディテールをよく拾うため、スタジオのボーカルやアコースティック楽器、ピアノに向く。ただし高域の指向性やポップノイズに注意。
- リボンマイク:柔らかい高域と温かい中低域が特徴で、アンプやブラスなどに好適。ただし取り扱いと高SPL耐性に注意。
ポップフィルター、ポップガードはボーカルのプチプチ音や風切りを抑えるために有効です。また、距離を変えることで得られるトーンの変化を意識して、録音前に十分に試行してください。
楽器別クローズマイキングの実践テクニック
ボーカル
一般的な距離は5〜15cm。近接効果を利用するなら5cm前後で低域を強調できますが、ポップノイズと低域の過剰を避けるためポップガードとEQを併用します。指向性はカーディオイドが標準。ライブでは手持ちの角度変化や距離変動に注意。
エレキギターアンプ
スピーコンの中心に近いほど高域とアタック寄り、エッジ寄り(200〜500Hz付近)を狙うと中域の輪郭が出ます。マイクはグリル布に触れないギリギリの近さで1〜5cmが多い。フェーズと位相を考え、複数マイクを使う場合は位置関係を調整(3:1ルール参照)。
アコースティックギター
サウンドホールに近づきすぎると低域が増えがちなので、12フレット付近から25〜30cmの位置がバランス良い。ステレオでの収録なら1本をボディ近く(低域)、もう1本をネック寄り(高域)に配置して位相を確認。
ドラム(スネア/キック/トム)
スネアはトップのヘッドから2〜5cm、少し角度を付けてスティックの当たる位置を狙うとアタックとボディが得られる。キックはポートがあればその中または前面の穴から5〜10cm、内部を拾う場合は距離を詰めて低域のパンチを得る。タムはヘッドから数センチでアタックを取る。複数のスポットマイクを使う際は位相整合に注意し、オーバーヘッドやルームマイクとブレンドして自然さを出す。
ピアノと弦楽器
ピアノはフレームの開口部近くにステレオでマイクを立てることが多く、クローズマイクだけで固めすぎないこと(ルームとのバランスが重要)。弦楽器はボディの共鳴点に近接して置くと音色が濃くなるが、過度に近づくと不自然になる。
ステレオやハイブリッド手法とルームの役割
クローズマイクだけで録ると非常に分離は良くなりますが、音像が乾いたり小さく感じることがあります。その場合はルームマイクや間接音をブレンドするのが定石です。代表的な組み合わせ:
- スポット(close)+ルーム(far)で遠近感を作る
- MID-SIDEやORTF、XYといったステレオテクニックをクローズとルームに併用
- アンビエンスのフェーズをチェックしてモノ互換性を確保
位相管理と3:1ルール
複数マイク使用時は位相ずれが生じやすく、その結果で特定周波数帯が打ち消される(フェーズキャンセレーション)ことがあります。基本的な指針は3:1ルール:隣接マイク間の距離は各マイクとその対象音源の距離の3倍以上に保つことで相対的なリークを抑え、位相の問題を軽減します。ミックス工程ではモノ再生でチェックし、必要ならトラックの位相反転(polarity invert)や遅延で時間合わせを行います。
実践レシピ(チェックリスト形式)
- 録り始める前にモノでも再生して位相とバランスを確認する
- ボーカルは5〜15cm、ポップガードと適度な角度でプラッキングを回避
- ギターアンプはスピーカー中心〜エッジで1〜5cmの範囲を試す
- スネアはトップ2〜5cm、角度を付けてスティックの当たる位置を狙う
- キックはポート有無で内部/外部を使い分け、低域の処理はHPF/サブローエンドの整理で対応
- 複数スポットを使う時は3:1ルールを守り、モノでの確認を必須にする
- 必要に応じてルームマイクを立て、closeとroomのミックス比で自然さを調整する
よくあるミスと対処法
主な失敗とその対処:
- 低域の過剰(近接効果の影響)— 距離を少し離す、角度をつける、またはハイパスフィルタで不要な低域をカットする。
- ポップノイズや風切り— ポップフィルターや距離、角度で対処。
- 位相キャンセルで薄い音になる— モノでチェック、位相反転やタイムアライメントで修正。
- 楽器間のリークが多い— 指向性の変更、バッフルや吸音材の使用、配置の見直し。
クリエイティブな応用と現代の潮流
クローズマイキングは単なる分離手段ではなく、音色を積極的にデザインするツールでもあります。例えば:
- 極端な近接で作る“intimate”なボーカルトーン
- ギターアンプのスピーカーフレーム端を狙って独特の中高域を強調
- クローズ+IR(インパルスレスポンス)で疑似的な空間を付与するハイブリッド手法
また、現代のレコーディングではDIやアンプシミュレーターとの併用、プラグインでの位相補正や周波数補正が一般的になり、クローズ録音の役割も多様化しています。
まとめ
クローズマイキングは、明瞭でコントロールしやすいサウンドを得るための基本技術です。正しいマイク選び、距離と角度の微調整、位相とルーム音のバランス調整が鍵になります。楽器ごとの“定石”を理解した上で実際に耳で確かめ、必要に応じてルームマイクや処理を組み合わせることで、自然さと分離感の良い録音に到達できます。
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参考文献
- Shure - Microphone Techniques(Shure公式)
- Wikipedia - Proximity effect (audio)
- Wikipedia - Microphone
- Sound On Sound - Close miking drums(技術記事)


