海外市場規模の正しい測り方と実務への応用:データ・手法・チェックリスト
序論:なぜ「海外市場規模」を正確に把握する必要があるのか
海外展開を検討する際、対象市場の規模(Market Size)は投資判断、事業計画、資金調達、パートナー選定、価格設定などあらゆる意思決定の基盤になります。しかし「規模」を単に大きな数値で示すだけでは不十分です。地域別・業種別・チャネル別の細分化、成長率や競争構造、制度や物流制約を含めて評価しなければ、実行段階で期待外れに終わる可能性が高いです。
海外市場規模を測る基本フレームワーク(TAM/SAM/SOM)
TAM(Total Addressable Market/総到達可能市場):理論上の最大需要。全世界または特定地域で製品・サービスが取り得る最大の売上・顧客数を示す。
SAM(Serviceable Available Market/実際にサービス可能な市場):自社の製品カテゴリや対応言語、物流・規制の制約を考慮した現実的な市場規模。
SOM(Serviceable Obtainable Market/現実的に獲得可能な市場):短中期で獲得可能なシェア。販売チャネル、競合力、マーケティング予算を反映。
市場規模推定の代表的手法
トップダウン方式:公的統計(世界銀行、IMF、UN、WTO等)や業界リポートを用いて、上位指標から対象市場を按分する手法。データ取得が容易で迅速だが、細部の仮定に敏感。
ボトムアップ方式:単位(顧客1人当たりの平均支出、店舗あたり売上など)を積み上げて算出。精度は高いがデータ収集コストが高い。
ハイブリッド方式:トップダウンとボトムアップを組み合わせ、整合性を取る。現実的かつ検証可能な推定が可能。
実務で押さえるべき主要データソース
マクロ指標:IMF World Economic Outlook、World Bank、OECD(国別GDP・消費・インフレ・人口など)
貿易・産業データ:WTO、UNCTAD、各国の通商省や統計局(輸出入、産業別付加価値)
市場・業界レポート:McKinsey、BCG、Statista、eMarketerなど(セグメント別の売上や成長率)
現地データ:業界団体、現地商社・代理店、POSデータ、アプリのDAU/MAU、ECプラットフォームの売上データ
実務的な推定ステップ(7ステップ)
対象とする製品/サービスの定義を明確にする:代替品や補完品を含めるか否か、B2BかB2Cか。
地理的範囲の設定:国別、都市別、経済圏(EU、ASEAN等)を決める。
市場セグメント化:顧客属性、価格帯、チャネル(オンライン/オフライン)で分割。
データ収集:上記データソースからトップダウンデータ、現地の一次情報を収集。
推計手法の選択:トップダウン/ボトムアップ/ハイブリッドを使い分け、複数手法で整合性を確認。
感度分析:為替・価格・成長率・市場浸透率の変動を想定して複数シナリオを作成。
実行可能性の評価:規制、納期、物流、ペイメント、税制、人材の可用性を検討し、SAM→SOMへと縮小する。
注意すべき実務の落とし穴
名目値と実質値の混同:インフレや購買力平価(PPP)を無視して単純にドル換算すると誤判断を招く。
チャネル差の無視:同じ国でもECが主流な市場と対面販売が主流な市場で採る戦略は大きく異なる。
規制・文化的障壁の過小評価:認証や現地慣行、言語対応を怠るとコストが急増する。
競合の過小評価:ローカル企業の強み(低コスト、顧客信頼、規制対応力)を過小評価しがち。
業界別の考え方(代表例)
ハードウェア/製造:現地生産(関税・輸送)と価格弾力性が重要。現地調達の可否が市場参入コストに直結。
ソフトウェア/SaaS:スケーラビリティが高くTAMは大きいが、言語・法規(データ保護)対応が必要。
消費財(FMCG):チャネル網とブランド認知が鍵。消費者嗜好が地域差を生む。
ヘルスケア:規制・承認プロセスが長期化しやすく、短期的なSOMは限定される。
定量的検証のための指標( KPI )
市場規模(売上高)・成長率(CAGR)
ターゲット層の顧客数・普及率(ペネトレーション率)
平均取引額(AOV)・顧客生涯価値(LTV)・獲得単価(CAC)
チャネル別売上比率・返品率・定着率(リテンション)
現地での検証(PoC/パイロット)設計のポイント
小規模で最低限の投資(MVP)を行い、顧客の購買行動とユニットエコノミクスを早期に検証する。
価格を試験的に複数設定して価格弾力性を把握する。
ローカルパートナーと組んで流通・カスタマーサポートを検証することでSOMの精度を高める。
まとめ:合理的な海外市場規模推定のためのチェックリスト
TAM/SAM/SOMの定義が明確か
トップダウンとボトムアップで整合性を取ったか
為替・インフレ・PPPを考慮しているか
規制・物流・文化リスクを織り込んでいるか
複数シナリオ(ベース・楽観・悲観)で損益を試算しているか
早期にPoCで実データを取り、仮説を更新する体制があるか
最後に:数字はスタート地点に過ぎない
市場規模の推定は意思決定の基礎であり、正確さだけでなく検証可能性が重要です。信頼できる公的データや業界リポートを基に、ボトムアップの実データで仮説を検証し、リスクを可視化したうえで段階的に投資を拡大することが成功の鍵となります。
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