常務取締役とは何か──役割・権限・法的責任と実務上の注意点(詳説)

はじめに:常務取締役の位置づけ

「常務取締役(じょうむとりしまりやく)」は、日本の企業組織で広く使われる役職ですが、会社法上に明確な定義があるわけではありません。多くの企業では「取締役」の中で業務執行に深く関与する者を便宜的に常務取締役と呼び、代表取締役や取締役会との間で重要な実務責任を担います。本稿では、常務取締役の実務上の役割、法的な位置づけ、権限と責任、選任・解任・報酬の扱い、企業統治(ガバナンス)上の留意点などを詳しく解説します。

1. 常務取締役とは(法的性質)

まず重要な点として、常務取締役は会社法上の固有の地位や用語ではありません。会社法は「取締役」や「代表取締役」「取締役会」などを規定しますが、「常務取締役」は会社が定める社内の役職・職務区分です。したがって、常務取締役に関する権限・任務・解任手続きは、定款や取締役会規程、取締役会での決議、取締役との委任契約などに基づいて決まります。

2. 実務上の役割と典型的な業務

  • 日常的な業務執行の統括:各事業部門や本部の業務執行を統括し、代表取締役の補佐を行う。
  • 戦略の実行:取締役会で決定した経営戦略を具体的な施策に落とし込み、実行管理する。
  • 予算・業績管理:部門別の予算管理やKPIの達成管理を担当することが多い。
  • 社内統制・リスク管理:内部統制の実務運用やリスク管理の指揮を担う場合がある。
  • 対外的な交渉・代表補助:取引先や金融機関との折衝を行うこともあり、代表取締役の代理的役割を果たすことがある。

3. 代表取締役・執行役員との違い

混同されやすい立場として代表取締役と執行役員があります。代表取締役は会社を代表する法的地位であり、対外的な法的権限が与えられます。常務取締役は代表権を持つ場合と持たない場合があり、代表権の有無は個別の選定や取締役会の決定で決まります。

一方、執行役員は多くの場合取締役ではなく、業務執行に専念する役職で、取締役と異なり株主総会での選任や取締役としての法的責任(取締役としての忠実義務・善管注意義務)は必ずしも発生しません。したがって、常務取締役は取締役としての法的責任を負うことがポイントです。

4. 選任・任期・解任の実務

  • 選任:取締役としての選任は原則株主総会で行われます(定款や法律の定めに従う)。常務という職名・職務分担は取締役会の決議や代表取締役の指示で決定されることが一般的です。
  • 任期:取締役の任期は会社法で定めがあり(通常は最長10年、非公開会社は短縮可能)、常務としての役職任命は任期とは別に扱われる場合があります。
  • 解任:取締役の解任は株主総会の決議が必要です。一方、常務という職務上の割り振り(代表権の付与や業務分掌)は取締役会で変更・撤回できる場合が多いですが、これも定款・取締役会規程・個別契約の内容に依存します。

5. 法的責任(コンプライアンスと賠償責任)

常務取締役は取締役として、会社および株主に対して忠実義務(利益相反の回避等)と善管注意義務(合理的な注意義務)を負います。業務執行において故意または重大な過失があり会社に損害を与えた場合、損害賠償責任を問われることがあります。また、会社の法令違反や不正行為に関与した場合は刑事責任が問われるケースもあり得ます。

6. 報酬・契約上の取扱い

取締役の報酬は総額上限を株主総会で決めることが一般的で、その枠内で個別の額や業績連動報酬の設計が行われます。常務取締役に対しては、固定報酬に加え業績連動型ボーナスやストックオプションなどを付与することが多いですが、いずれも社内規程や株主総会での合意を踏まえる必要があります。また、業務委託契約や雇用契約の有無・内容により解任時の扱い(退職金、違約金等)が変わるので注意が必要です。

7. ガバナンス上のポイントと内部統制

  • 権限の明確化:常務取締役の権限(業務執行の範囲、代表権の有無、決裁限度等)を明確に文書化すること。
  • 報告・監査体制:取締役会や監査役(監査役会、監査委員会等)への定期報告ルートを整備すること。
  • 利益相反管理:関連当事者取引や関係会社取引について透明性を確保するための手続きが必要です。
  • 危機管理:不祥事発生時の責任分担と対応フローを事前に定めておくこと。

8. 実務上の留意点(典型的リスクと回避策)

  • 業務権限の越権行為:常務取締役が取締役会や代表取締役の決定を超える取引を行った場合、会社はその行為を追認しない限り責任問題が生じる。越権防止のための決裁フロー整備が重要。
  • 報酬の不整合:株主総会での承認手続きや開示が不十分だと株主対応で問題になる。報酬政策の透明化が必要。
  • 雇用・契約上の争い:解任や辞任時の契約条件(退職金、競業避止など)を事前に明確化しておくこと。

9. 常務取締役になるためのキャリア上の視点

常務取締役には高度な業務遂行能力、事業管理力、対外折衝力、そしてコンプライアンス意識が求められます。社内では部門長や事業本部長として実績を積み、取締役に選任された上で常務という職務分担を担うのが一般的な経路です。M&Aや資金調達、海外展開などの経験が評価されることが多いでしょう。

10. グローバル企業との違い

欧米企業ではCEO(最高経営責任者)と取締役会の分離が明確で、執行担当はC-suite(COO等)に委ねられることが多いです。日本の常務取締役は役員(director)でありつつ執行の実務を担うハイブリッド的な立場である点が特徴です。グローバル展開企業では、ガバナンスの国際標準(独立取締役・委員会設置等)に合わせた役割設計が求められます。

11. 実例とベストプラクティス

実務では、常務取締役の権限を明文化した「業務分掌規程」や「取締役会議事録」「代表権設定規程」を整備することがベストプラクティスとされます。また、内部監査やコンプライアンス委員会と緊密に連携することで、リスクの早期発見・是正が可能になります。

12. まとめ:経営と法務の橋渡し役としての期待

常務取締役は、日々の業務執行と中長期戦略の実行をつなぐ重要な役割を果たします。しかしその法的位置づけは会社の内部規定に依存するため、権限と責任を明確にしておくことが不可欠です。取締役としての法的責任を自覚しつつ、透明性のある報酬・業務分掌・内部統制を整備することが、企業の持続的成長とステークホルダー信頼の確保につながります。

参考文献

常務取締役 - Wikipedia

取締役 - Wikipedia

会社法 - Wikipedia

経済産業省(企業統治・コーポレートガバナンス関連情報)