常務とは何か──役割・権限・キャリアパスとガバナンスの実務

常務の定義と企業内での位置づけ

「常務」(通常は「常務取締役」または単に「常務」と呼ばれることが多い)は、日本企業における上級管理職の肩書きの一つです。法的には『会社法』において「常務」という名称自体は定義されていませんが、実務上は経営陣の中で日常的な業務執行を統括する役割を指します。一般的な序列としては、代表取締役社長の下に副社長や専務が置かれ、常務はその下位に位置することが多いですが、企業ごとに役職体系や呼称は異なります。

会社法と役職名の関係

会社法は取締役や代表取締役、執行役等の法的枠組みを定めますが、常務という肩書そのものを規定しているわけではありません。つまり『常務取締役』としての肩書きを用いる場合、その人物は取締役会の構成員であり法的な取締役の地位を持つ一方、企業は『執行役員制度』を導入して業務執行を分離し、執行役員に常務的業務を委任することも可能です(執行役員は必ずしも取締役ではありません)。このため、常務が取締役であるか執行役員であるかは企業の制度設計によります。

常務の典型的な職務・権限

  • 部門または事業本部の統括:日常の業務執行、予算・計画の実行管理。
  • 業績管理:KPIの設定と達成責任、損益管理(P/L責任)を持つ場合が多い。
  • 経営会議での意思決定参画:取締役であれば取締役会での議論と決議に参加。
  • 対外的な交渉・関係構築:顧客、取引先、官公庁対応など。
  • 組織運営と人事:部下育成、人事判断の実務的責任。
  • コンプライアンスとリスク管理:業務執行に伴う法令順守の確保。

取締役(常務取締役)と執行役員(常務執行役員)の違い

混同されやすい点ですが、取締役は会社法上の地位を有し、取締役会による監督や代表権との関係で法的責任が生じます。一方、執行役員は社内規程に基づいて業務執行を担う職位であり、法的な取締役責任は原則として伴わない(ただし会社による委任や代表権の付与により例外あり)。上場企業ではガバナンス強化の観点から、取締役と執行の分離(取締役会は監督、執行は執行役員が担当)を採るケースが増えています。

常務に求められるスキルと経験

  • 経営視点と事業運営能力:P/L管理、戦略立案と実行力。
  • リーダーシップ:組織を牽引するコミュニケーションと意思決定の速さ。
  • ガバナンス理解:内部統制、コンプライアンス、リスク管理の知見。
  • ステークホルダー対応力:取引先・金融機関・株主・従業員への説明責任。
  • 変革推進力:デジタル化、業務改革、ESG対応などの推進経験。
  • 人的ネットワークと後継育成力:次世代リーダーの育成。

昇進・選任プロセスと評価指標

常務への登用は人事制度、社内慣行、取締役会の判断に基づきます。上場企業では取締役の選任は株主総会の決議を受けますし、執行役員の任免は取締役会や経営陣の決定に委ねられるのが一般的です。評価指標としては、事業成果(売上・利益)、部門の成長率、改革実行の成果、コンプライアンス遵守、組織力の向上などが重視されます。

ガバナンスと責任:留意点

常務は業務執行の中心を担うため、違法行為や重大な過失があった場合は経営責任を問われる可能性があります。特に上場企業ではコーポレートガバナンス・コードや社外取締役の導入により、役割と責任の明確化が進んでいます。取締役であれば善管注意義務や忠実義務といった法的義務があり、外形的な肩書きと実際の権限・責任の整合性が重要です。

中小企業と大企業での違い

中小企業では役職名が柔軟に使われ、常務が実質的な最高執行責任者(COO)として機能することがあります。一方、大企業や上場企業では役割分担が明確で、専務・常務・執行役員などの線引きが厳格です。人事や報酬、業務の委任範囲も企業規模や社内規程に大きく依存します。

よくある誤解

  • 『常務=代表権を有する』ではない:常務が代表権を持つかどうかは会社の定款や取締役会の決議次第。
  • 『肩書きだけの名誉職』のリスク:一部ではタイトルだけ上げて権限を与えないケースがあり、実効的な責任や権限が不明確だとガバナンス上の問題になる。
  • 『取締役と執行役員は同義』ではない:法的地位と責任範囲が異なるため区別して理解する必要がある。

常務として成果を出すための実務的アドバイス

  • 数字で語る:KPIとKGIを明確化し、定量的に進捗を管理する。
  • 権限委譲と権限管理:委任範囲を明文化し、責任の所在を明らかにする。
  • ガバナンスとの協調:取締役会・監査部門・内部監査と連携し、透明性を保つ。
  • 部門横断の調整力:複数部門を横断する課題に迅速に対応する仕組みを作る。
  • 外部発信力:市場、取引先、従業員に対する説明責任を果たす。

キャリアパスと後継計画

多くの企業では常務は社長候補の一つと見なされることが多く、常務在任中に経営全般を見る経験が求められます。事業部長や本部長としての成功経験、複数事業の統括経験、危機対応能力などが評価され、後継者としての適性も併せて判断されます。近年は外部人材の登用や社外取締役の増加により、従来の年功序列的な昇進パターンが変化しています。

まとめ(結論)

常務は企業の日常的な業務執行を担う中核的役職であり、企業の規模や制度によってその実務内容や法的地位は大きく異なります。重要なのは肩書きそのものよりも、権限・責任の範囲を明確にし、ガバナンスと整合させたうえで業績と組織の両面で成果を出すことです。常務を目指す管理職は、経営視点、P/L管理力、ガバナンス理解、変革推進力を磨くことが必要です。

参考文献

会社法(e-Gov 法令検索)
コーポレート・ガバナンス・コード(金融庁)
経済産業省(企業統治・ガバナンス関連情報)
日本取締役協会(企業統治・取締役向け資料)