炭化水素冷媒(R-290, R-600a等)の特性・安全対策と建築・設備への導入ガイド

はじめに — 炭化水素冷媒とは

炭化水素冷媒(hydrocarbon refrigerants)は、主にプロパン(R‑290)、イソブタン(R‑600a)、プロピレン(R‑1270)などの炭化水素類を冷媒として用いるものを指します。これらはオゾン層破壊係数(ODP)がゼロであり、地球温暖化係数(GWP)が非常に低い(IPCC等の評価で数桁小さい)点で、従来のフロン類(CFC、HCFC、HFC)に対する有力な代替手段として注目されています。

代表的な種類と基本特性

  • R‑290(プロパン):優れた熱力学特性と高い効率を持つ。GWP は非常に低く、エネルギー効率改善の面で有利。
  • R‑600a(イソブタン):家庭用冷蔵庫など小容量機器で広く採用。少量充填で十分な性能を発揮する。
  • R‑1270(プロピレン):用途は限定されるが、特定の適用で有効。

共通の特性として、熱容量や循環特性が良好で、同じ冷却能力を得るための体積冷媒流量が小さい、すなわち高い容積冷凍能力を持つ点があります。一方で、いずれも可燃性(フレーム性)を有し、ASHRAEの安全分類では一般に「A3」(低毒性・高可燃性)に分類されます。

メリット(環境・性能面)

  • 温暖化係数(GWP)が極めて低く、環境負荷が小さいためF‑gas規制等による代替対象として有効。
  • 優れた熱力学特性により、同等条件でのエネルギー効率が良好になり得る(運転コスト低減の可能性)。
  • 自己冷凍回路(密閉型)や小型の業務用機器、家庭用冷蔵庫、展示ケース、及び一部のパッケージ空調機器で実績が多い。

デメリットと安全上の課題

最大の課題は可燃性です。開放空間や密閉空間での漏洩が点火源と合わさると火災・爆発のリスクがあるため、設計・施工・保守における安全対策が必須です。具体的には次の点に留意する必要があります。

  • 充填量の管理:充填量は適用機器や設置環境、適用する基準・規格によって制限される。国・地域や規格によって許容される最大充填量は異なるため、設計時に必ず確認する。
  • 電気機器の耐爆・防爆対策:電源機器、スイッチ、圧縮機のモーター等が点火源とならないよう適切な保護(防爆仕様、分離、遮断等)が必要。
  • 施工上の注意:溶接・ろう付け作業時の火花対策、配管内の不純物や水分管理、窒素パージ等の手順が重要。
  • 保守と漏洩検知:定期点検、リークテスト、炭化水素用の検知器設置、適切な表示・ラベリングが求められる。

適用分野と実務上のポイント

適用の適否は機器の種類、設置環境、充填量、法規・規格による制約に依存します。代表的な適用例とポイントは以下の通りです。

  • 家庭用冷蔵庫・冷凍庫:充填量が小さい密閉回路での採用が進んでおり、R‑600a は多くの製品で標準化されている。製造段階での安全設計と品質管理が重要。
  • 業務用ショーケース・自動販売機:密閉型や小容量回路での採用が多く、エネルギー効率向上と環境対応の両立が可能。充填量管理と漏洩検知が必須。
  • ルームエアコン・ヒートポンプ:小容量(室内機1台あたりの充填量が規格内)やパッケージ型での採用例が増えている。しかし、大容量システムや負荷変動の大きい設備では安全設計がより厳格になる。
  • スーパーマーケットの冷凍冷蔵プラント:一部では炭化水素を採用した小型自給自足型の冷却ユニットが採用されているが、中心的な大型プラントではCO2やアンモニアなど他の低GWP冷媒と組み合わせたハイブリッド方式が一般的。

設計・施工・保守の実務的留意点

建築・設備設計者や施工者が現場で注意すべき主要ポイントは次の通りです。

  • 適用規格の確認:EN 378、ISO 5149、IEC/国別の家電安全規格、ならびに各国の法規(日本では高圧ガス保安法や電気設備基準等)を確認すること。
  • 換気計画:機器室や据付周囲の局所排気や常時換気、自然換気の確保。充填量と空間容積から許容漏洩濃度を検討する。
  • 電気・配線の防爆対策:点火源対策として防爆機器の採用や、電気室の分離・隔離を行う。必要に応じて防爆認証機器を選定する。
  • 作業手順の厳守:フレアやろう付け時の窒素パージ、冷媒充填時のリークチェック、緊急時の遮断手順策定。
  • 表示と教育:設備への冷媒名表示、充填量表示、取扱説明書の整備および技術者の教育・資格管理。
  • 保守時の注意:サービス作業では適切な換気と漏洩検知器の使用、点火源を持ち込まない管理が必須。

規格・法規制と国際的な動向

炭化水素冷媒の利用は国際的に拡大していますが、規格や法令は国や用途ごとに異なります。一般的な指針としては以下が参照されます。

  • EN 378 / ISO 5149:冷凍設備の安全・環境規格。充填量管理、換気、機器配置などに関する要件を規定。
  • IEC/家電安全規格(例:家庭用冷蔵庫向け規格):可燃性冷媒を用いる機器の安全要件を定める。
  • ASHRAE 15 / ASHRAE 34:冷凍設備の安全および冷媒の分類に関する国際的な基準。
  • 各国の法規(日本では高圧ガス保安法、電気事業関連基準、建築基準法に絡む設備基準など):適用時は必ず最新の法令を確認すること。

また、F‑gas 規制(EU)や各国の温暖化ガス削減方針により、低GWP冷媒への移行は今後も継続する見込みです。ただし、A3(高可燃性)冷媒の扱いには依然として慎重な対応が必要で、代替としてA2L(低可燃性)冷媒やCO2、アンモニアなどとの比較検討が必要です。

導入判断のためのチェックリスト(設計者向け)

  • 設置空間の容積と換気条件は十分か?
  • 許容充填量と実際の充填量を照合しているか?
  • 点火源(電気・火花・高温部材)の管理は適切か?
  • 機器・配管材料、潤滑油は炭化水素冷媒と適合するか?
  • 保守・点検の手順と担当者の教育体制は整備されているか?
  • 関係法令・規格への適合(表示、届出等)は確認済みか?

まとめ

炭化水素冷媒は低GWPで高効率という利点から、家庭用冷凍冷蔵庫や小型業務用機器を中心に普及が進んでいます。一方で可燃性という特性に起因するリスクを適切に管理するため、設計段階から換気・充填量管理・防爆対策・保守手順の整備までを一貫して行うことが重要です。建築・設備の設計者や施工者は、該当する国際規格や国内法令を確認しつつ、関係者の教育と現場での安全管理を徹底してください。

参考文献