ネットワーク型データベースとは|歴史・特徴・リレーショナル/グラフDBとの比較と移行ポイント
ネットワーク型データベースとは
ネットワーク型データベース(ネットワークモデル)とは、データを「レコード(レコード型)」とそれらの間の「セット(集合)」で表現し、レコード同士を直接ポインタで結んで表現するデータベースモデルです。1960年代後半に登場したナビゲーション型のデータモデルの一つで、複雑な多対多関係を自然に表現でき、トランザクション処理や高速なナビゲーションアクセスが求められる業務領域で採用されました。リレーショナルモデル(Codd, 1970)やツリー構造の階層型モデル(IMS)と並んで、初期の主要なデータモデルの一つです。
歴史的背景
起源:1950〜60年代の商用DBニーズの高まりの中で、Charles W. Bachmanらによる実装(Integrated Data Store など)や、その後の標準化作業がネットワークモデルを形作りました。Bachmanはデータベースの複雑な関係を図示する「Bachman図」を提唱し、後に1973年にチューリング賞を受賞しています。
標準化:COBOL関連の団体CODASYLのDatabase Task Group(DBTG)が1969年と1971年に報告書を出し、ネットワークモデル(いわゆるCODASYLモデル)の仕様を示しました。これが当時の商用ネットワーク型DBMSの基盤となりました。
採用と衰退:1970〜80年代には銀行や保険、航空券予約系など、性能と複雑な関係表現が求められる分野で広く使われましたが、1970年代以降のリレーショナルモデルとSQLの普及により、新規開発では次第に減少しました。とはいえ、レガシーシステムとして現在も多くの業務系アプリケーションで稼働しています。
基本概念と用語
レコード型(Record Type):データの構造(フィールド集合)を定義する要素。関係データベースで言うテーブルのスキーマに相当するが、より構造化されたレコード単位で扱う。
集合(Set):一種の関係を表現する構造。集合は「オーナー(owner)」となるレコード型と「メンバー(member)」となるレコード型を結び、多対多や一対多の接続を表す。
レコード発生(Occurrence)とポインタ:実インスタンス(レコード発生)は集合によってポインタ(物理的/論理的参照)で結ばれる。ナビゲーションはこれらのポインタを辿る形で行われる。
スキーマとサブスキーマ:データベース全体の設計を表すスキーマと、アプリケーションごとに見やすくしたサブスキーマ(部分ビュー)が区別される。
Bachman図:レコード型と集合をノードと矢印で表す図。ネットワーク構造を視覚的に示すために用いられます。
アクセス方法:ナビゲーション型(手続き的)
ネットワーク型DBは「ナビゲーションアクセス」を基本とします。すなわち、あるレコードから出発して集合(ポインタ)を辿り、目的のレコードに到達する手続きをプログラマーが明示的に記述します。これにより、単純な検索だけでなく、複雑な結合や階層的な巡回を効率よく行えます。
典型的な操作の流れ:
1) スタートレコードを特定(キー検索など)
2) 指定の集合に入る(集合の先頭に移動、あるいはメンバーを順次巡回)
3) 必要に応じて別の集合に遷移してさらに深く探索
4) 目的レコードに到達、読み取り/更新を行う
簡単な例(概念図)
例:社員(Employee)と部署(Department)、プロジェクト(Project)というレコード型があり、社員は複数のプロジェクトに参加し、部署は複数の社員を持つとします。ネットワークモデルでは以下のように集合を定義します。
Department(オーナー) — member → Employee(メンバー)
Employee(オーナー) — member → Project(メンバー) (社員とプロジェクトの多対多集合は中間レコード型を使うこともある)
検索例:「部署Aに所属する全社員が参加しているプロジェクトを一覧」する場合、まず部署Aのレコードを特定し、その集合で社員を順次取得、各社員からプロジェクト集合を辿ることで結果を得ます(ナビゲーション手続き)。
利点
高性能なナビゲーション処理:ポインタ参照により、結合が事前に定義されたパスとして高速に辿れる。大量トランザクションやリアルタイム処理に強い。
複雑な多対多関係の表現が容易:集合によって複雑な関係を直接モデル化できる。
ディスク上での効率的配置:実装によってはポインタ構造と物理配置を密に最適化でき、I/O効率が良い。
欠点・制約
手続き的で記述が煩雑:検索は手続き的にポインタを辿るため、複雑な問い合わせや動的条件付き検索はプログラムが複雑になりやすい。リレーショナルのような宣言的クエリ(SQL)は基本的に無い。
柔軟性の低さ:後からスキーマを変更したり、新しい検索パスを追加したりするのが難しい。特に大規模なレガシー設計だとメンテナンスが重くなる。
ベンダー依存:COADSYLモデル自体は標準化の試みがあったが、実装差が大きく、移行が困難な場合がある。
リレーショナル型・グラフDBとの比較
リレーショナルDBとの違い
- リレーショナルは表(テーブル)と関係(外部キー)を用いる宣言型モデルで、SQLによる柔軟なクエリ(集合演算や結合)が可能。
- ネットワーク型はナビゲーション(ポインタ)による手続き的アクセスが基本。トランザクション処理やパフォーマンス面で有利な場面がある一方、汎用検索や分析用途ではリレーショナルの方が扱いやすい。グラフDB(Neo4jなど)との違い
- ネットワークモデルとグラフDBはいずれも「ノードとリンク」による表現という点で共通点があるが、グラフDBはノード・エッジそれぞれに属性(プロパティ)を付与でき、クエリ言語(Cypherなど)でグラフパターンを宣言的に照会できる点で扱いやすい。
- ネットワークDBの集合はエッジに相当するが、エッジ自身の属性や高度なパターン照合は実装依存・限定的であることが多い。
代表的な実装と現状
IDMS(CA IDMS):かつて広く使われたネットワーク型DBの商用実装の一つ。メインフレーム上で多数の業務系アプリケーションに導入されました。
Integrated Data Store(IDS):Charles Bachmanの初期実装に由来するシステム。Bachman図の起源とも関係があります。
IMS(IBM):正確には階層型DBMSですが、同時代のナビゲーション型DBとして比較されることが多い。IMSは現在もIBMの基幹系で稼働しています。
現代では、新規開発でネットワーク型を選ぶことは稀で、リレーショナルDBやNoSQL(ドキュメントDB、グラフDB)に置き換えられることが多いです。ただし、レガシーシステムとして稼働している事例は多く、移行や保守が重要な課題となっています。
移行・設計のポイント
要件分析を最優先に:既存のネットワークDBが高速なナビゲーション(決まった経路での高頻度処理)に最適化されている場合、単純にリレーショナルへ移すとパフォーマンスが低下する恐れがある。移行先(RDB/Graph)での設計・インデックス戦略を検討する必要があります。
データモデルのマッピング:ネットワーク集合はリレーショナルでは中間テーブル(結合テーブル)や外部キーで表現可能。グラフDBでは集合をエッジ(リレーション)として直接表現し、属性を付与できるため、グラフDBが適するケースが多い。
運用と互換性:レガシー業務を停止できない場合は、段階的なラッピングやAPIレイヤを設けてフロントエンドを抽象化し、徐々に新システムへ移行するアプローチが現実的です。
まとめ
ネットワーク型データベースは、ポインタによる直接参照と集合(セット)による関係表現を特徴とする古典的なデータモデルで、1970年代以前の大規模業務系システムで広く採用されました。ナビゲーション型のためトランザクション処理や決まった経路での大量アクセスに強みがありますが、手続き的で柔軟性に欠けること、実装依存性が高いことが現代的な欠点です。現在はリレーショナルDBやグラフDBへ置き換えられる例が多いものの、既存システムとして重要な役割を果たしているケースも多く、移行や連携のための設計判断が求められます。
参考文献
- Network model (database) — Wikipedia
- CODASYL — Wikipedia
- Charles W. Bachman — ACM A.M. Turing Award (受賞理由など)
- IDMS — Wikipedia
- IBM IMS(製品情報、階層型DBの説明)
- Database Task Group — Wikipedia(DBTGと報告書)


