増分同期とは何か?差分検出から実装・運用まで徹底解説

増分同期とは — 概要

増分同期(ぞうぶんどうき、incremental synchronization)は、データ全体を再転送するのではなく、前回の同期以降に追加・変更・削除された「差分(増分)」だけを検出して転送あるいは反映する同期方式です。ネットワーク帯域や処理時間、ストレージの負荷を抑えつつ、システム間でデータ整合性を保つために広く使われています。

なぜ増分同期が重要か

  • 帯域幅とコストの削減:大容量データや地理的に離れた拠点間での同期において、差分のみを送ることで通信量を大幅に削減できます。

  • 短時間での整合性回復:頻繁なフル同期よりも短い遅延で最新状態に追従できます。

  • 可用性・スケーラビリティ:バックアップ、レプリケーション、モバイルのオフライン同期、CDNやキャッシュの更新など、多様なユースケースに適します。

増分同期の基本方式

  • タイムスタンプ/シーケンス番号方式:各レコードに更新時刻や増分番号を付け、前回同期以降の更新を選択して送る。実装が容易で多くのDBやAPIで利用可能。

  • チェックサム/ハッシュ比較:ファイルやブロックのハッシュ値を比較し、差分ブロックを抽出する。rsyncのようなアルゴリズムが代表例。

  • ログベース方式(Change Data Capture, CDC):書き込みログ(WAL、binlog、redoログ等)を読み取り、発生順に変更イベントを送る。データベース間のレプリケーションやETLに適する。

  • メタデータ差分:スナップショットの差分(例:スナップショットIDや世代情報)を利用して効率的に差分を取得する方式。

代表的なアルゴリズムと技術

  • rsyncアルゴリズム:送信側と受信側でブロックごとの「ローリングチェックサム」と「強いハッシュ(例:MD5)」を使って一致ブロックを検出し、未一致部分のみ転送します。ネットワーク上での帯域節約に優れます。

  • マークルツリー(Merkle tree):分割ハッシュツリーを用いて双方の差分を部分的に検査し、大きなデータセットの差分検出を効率化します。分散データベースのアンチエントロピー(例:Cassandra、Dynamo系)で使われます。

  • ベクタクロック/バージョンベクタ:分散環境で変更の因果関係を追跡し、並行更新の検出に用いられます。競合解決の基礎になります。

  • CDC(Change Data Capture):データベースの変更ログを読み取りイベント化する技術。Debeziumや各DBのロジカルデコーディング機能がある。

同期の粒度:ファイル/ブロック/レコード

増分同期は粒度により実装方法が変わります。ファイル単位では変更されたファイルだけを転送し、ブロック単位では大きなファイル内の変更部分のみを転送します。レコード単位ではデータベースレコードやオブジェクト単位で差分を扱います。粒度が細かいほど効率は向上しますが、実装やメタデータ管理が複雑になります。

整合性と競合解決

  • 整合性モデル:強整合(同期直後に同一の状態保証)と最終的整合性(eventual consistency)。増分同期は多くの場合、最終的整合性モデルで使われますが、用途により強整合を実現する手順が必要です。

  • 競合(コンフリクト):同一データが複数で並行更新された場合、解決戦略としてLast-Write-Wins、マージロジック、ユーザー介入、CRDT(Conflict-free Replicated Data Types)などが使われます。

  • 削除の扱い(トゥームストーン):削除イベントを正しく伝搬させるために「トゥームストーン」フラグを使うことが多く、ガーベジコレクションや保持期間の運用が必要です。

実装上の注意点・落とし穴

  • 時計のずれ(クロックスキュー):タイムスタンプ方式はサーバ時刻の一致を前提にしているため、NTP等で時刻同期が重要。

  • スキーマ変更:データ構造が変わると増分イベントの解釈が変わるため、バージョニングや後方互換性を設計しておく。

  • ロールバックやトランザクション:途中同期の障害からの再同期や重複イベント対策(冪等性)の設計が必要。

  • トゥームストーンとガーベジコレクション:削除情報を短期間で消すと再同期時に消し忘れが発生する場合がある。

パフォーマンス最適化の実践

  • バッチングとウィンドウ化:小さな変更を一定時間まとめて送ることでプロトコルオーバーヘッドを削減。

  • 圧縮と差分圧縮:転送データを圧縮し、さらにブロック差分を送ることで帯域を節約。

  • スロットリング/バックプレッシャー:受信側の処理能力に応じたレート制御で安定運用。

  • インクリメンタルインデックス:変更を速やかに検索するためのインデックス(変更ログ、changed flag)を用意。

代表的なツールと用途例

  • rsync:ファイル/ディレクトリの増分同期。ローリングチェックサムで差分ブロックだけを転送。

  • Debezium:データベースのCDCプラットフォーム。Kafka等と連携してDB変更をストリーム化。

  • Git:ソースコードの差分管理。分散レポジトリとしての増分更新とマージ機構を提供。

  • ZFS send/receive、btrfs send:スナップショットの増分転送による高速バックアップ。

  • Dropbox/Google Drive:独自のブロック差分・チャンク化と重複排除でファイル同期を効率化。

運用と監視

増分同期の運用では、同期ラグ(遅延)、転送バイト数、エラー率、再同期回数、競合発生頻度などを定量的に監視することが重要です。アラートや自動リトライ、再同期のスケジュール化、整合性チェック(ハッシュ照合)を運用ルールに組み込みましょう。

セキュリティ考慮

  • 通信の暗号化(TLS)と認証:中間者攻撃や不正書き換えを防ぐ。

  • 改ざん検知:ハッシュや署名で転送データの完全性を検証。

  • アクセス制御と監査ログ:誰がいつどの差分を適用したかの追跡。

実践的な設計パターン

  • プル型 vs プッシュ型:クライアントが差分を取りに行く(pull)か、サーバが通知・送信する(push)か。モバイル環境やファイアウォール越えで違いが出る。

  • ハイブリッド:CDCで変更イベントを取り、ファイル差分はrsyncやブロック同期で最小化するなど、複数技術を組み合わせる。

  • スナップショット+増分:定期的にフルスナップショットを取得し、日常は増分で補う。長期運用での整合性回復が容易。

テストと検証

障害時の挙動、ネットワーク断、部分適用、重複イベント、スキーマ変更時の互換性などを自動テストでカバーします。例えば「任意の中間状態からリカバリして最終的に完全一致するか」を検証するフェーズを用意します。

まとめ

増分同期は、ネットワークと計算資源を節約しながらデータ整合性を維持するための重要な技術です。実装には差分の検出方法、競合解決、性能最適化、セキュリティ、運用監視など多面的な設計が必要になります。用途に応じて、rsyncのようなブロック差分、CDCのようなログベース方式、あるいはCRDTを用いた競合自動解決を組み合わせることで、効率的かつ堅牢な同期基盤が構築できます。

参考文献