アモルファスシリコン(a-Si)とは?特性・製膜法・デバイス応用とStaebler–Wronski効果の対策

アモルファスシリコンとは — 概要

アモルファスシリコン(amorphous silicon, 略称 a‑Si)は、結晶構造を持たない非結晶(アモルファス)状態のシリコンです。結晶シリコン(c‑Si)のように長距離秩序(周期格子)を持たず、短距離秩序のみが存在します。しばしば水素を含む「水素化アモルファスシリコン(a‑Si:H)」として製膜され、欠陥(ダングリングボンド)を水素でパッシベートすることで電気的特性を改善します。薄膜太陽電池や薄膜トランジスタ(TFT)などの電子デバイスで広く用いられる材料です。

結晶構造と原子配列の特徴

アモルファスシリコンでは、シリコン原子は典型的には四配位を保とうとしますが、長距離での周期性が無いために格子欠陥や歪みが多く存在します。これにより以下のような特徴が生じます:

  • 局所的にはシリコン‑シリコン結合が存在するが、結合角や結合長のばらつきが大きい。
  • ダングリングボンド(不対電子を持つ未結合の原子)が生成されやすく、これが電気的なトラップ準位や再結合中心となる。
  • 水素(H)を導入することでダングリングボンドがパッシベートされ、電気的および光学的性質が大幅に改善される(a‑Si:H)。

電気的・光学的特性

アモルファスシリコンの重要な物性値は以下の通りです(代表値・範囲)。実際の値は製膜条件や水素含有量、結晶化の程度で変動します。

  • 光学的バンドギャップ(光学吸収端):a‑Si:H ではおおむね約1.6〜1.8 eV(c‑Si:約1.12 eV)。
  • 電荷輸送(キャリア移動度):電子移動度は概ね0.1〜1 cm2/Vs、正孔移動度はそれよりかなり低く0.001〜0.1 cm2/Vsのオーダー(a‑Si:H)。
  • 密度・比抵抗:薄膜としての導電率はドーピングや光照射で大きく変化する。ドーピングにより導電率を増加できる。
  • 状態密度:バンドテール(Urbach尾)やミッドギャップに近いトラップ状態が多く、これが再結合や低移動度の主要因となる。

電荷輸送のメカニズム(非晶質特有の振る舞い)

結晶シリコンのようなバンド移動に加え、アモルファスシリコンでは局所的な準位への捕獲と熱励起を伴うホッピング輸送や、トラップ支配の伝導が支配的になります。結果として、キャリア移動度は温度依存性が強く、電界や光強度により非線形な応答を示します。またダングリングボンドやその他の局所準位が再結合中心となり、光電変換や電気伝導の効率を低下させます。

主な製膜方法

アモルファスシリコン薄膜は以下の方法で形成されます。製法により膜質や水素含有量、欠陥密度が大きく変わります。

  • PECVD(プラズマ支援化学気相成長):
    • 最も一般的。シラン(SiH4)などの前駆体ガスを用い、低温(概ね100〜350°C)で成膜でき、産業的に広く使われる。
    • 水素化量やプラズマ条件を制御することで膜の光学帯域や抵抗を調整できる。
  • スパッタリング(物理蒸着):
    • ターゲットをイオン衝撃で除去して薄膜化。水素を導入してa‑Si:Hを作ることも可能。
  • 熱蒸着・PVD:
    • 単純な成膜が可能だが、産業用にはPECVDが主流。
  • プラズマCVDや高周波CVDなど、プロセスバリエーションが存在。

ドーピングとデバイス構築

a‑Siはn型・p型にドーピングしてデバイス化できます。ドーピングは主にフォスフィン(PH3)やジボラン(B2H6)などのドーパントガスをPECVD工程で導入して行います。代表的デバイス:

  • 薄膜太陽電池(p‑i‑n 構造や n‑i‑p 構造):i層に光吸収層(a‑Si:H)を置き、pおよびnのドープ層で電場を作る。多接合(タンデム)セルに用いることでスペクトル利用効率が上がる。
  • TFT(薄膜トランジスタ):液晶表示(LCD)や有機EL(OLED)パネルの画素駆動用に使用。大面積のガラス基板上に低温で形成できる利点がある。
  • センサー、MEMS、検出器などの薄膜材料としての応用。

長所・短所(結晶シリコンとの比較)

  • 長所:
    • 低温で成膜可能(ガラス基板などに直接形成できる)。
    • 大面積・巻取り生産が可能で製造コストを抑えやすい(薄膜太陽電池での利点)。
    • バンドギャップが比較的大きいため、薄膜でも高い吸収係数を示し薄くても光吸収できる。
  • 短所:
    • キャリア移動度が低く、光起電力や高効率電子デバイスでは限界がある。
    • Staebler‑Wronski効果(光誘起劣化)などの光劣化が存在し、時間経過で性能が低下する場合がある。
    • 結晶Siと比較して変換効率(太陽電池)が低め。ただし多接合やタンデム化で改善可能。

Staebler‑Wronski 効果(光誘起劣化)とその対策

1977年に Staebler と Wronski によって報告された現象で、a‑Si:H 太陽電池は初期光照射により効率が低下し、その後一定の準定常状態に到達します。原因は光励起によりダングリングボンドなどの欠陥が新たに生成され、再結合中心が増えるためと解釈されています。対策としては:

  • 膜の製造条件最適化(低欠陥密度化)。
  • 熱アニールや定期的な高温処理で一部回復させる工程。a‑Si:Hは加熱でパッシベーションが改善される。
  • マイクロ結晶シリコン(µc‑Si:H)層を組み合わせたタンデム構造の採用。
  • 複合材料や透明導電膜、界面設計の改善。

主な応用分野

  • 薄膜太陽電池:大面積で軽量、フレキシブルな太陽電池の実現が可能。ビル一体型や携帯用途、室内光源下での発電に強みがある。
  • TFT(液晶・有機ELディスプレイ):アクティブマトリクス駆動用のトランジスタ材料として利用。低温処理で大型ガラス基板への成膜が容易。
  • センサー類:光検出器や放射線検出器の受光層としての利用。
  • 光学コーティングや反射防止膜などの薄膜材料。

評価・解析法

薄膜の品質や特性評価には複数の手法が用いられます:

  • 光学的手法:分光エリプソメトリ、UV‑Vis吸収スペクトルにより光学バンドギャップや厚さを評価。
  • 構造解析:Raman散乱やX線回折(XRD)で非晶質か微結晶化の程度を確認。透過型電子顕微鏡(TEM)で局所構造観察。
  • 組成・深さプロファイル:SIMS(二次イオン質量分析)で水素や不純物の分布を測定。
  • 電気的評価:電流‑電圧(I‑V)、キャリア移動度、抵抗率、光電流測定など。
  • 電子スピン共鳴(ESR):ダングリングボンド密度の評価に有効。

製造面・環境・経済性

アモルファスシリコンは材料使用量が少なく、低温で大面積成膜が可能なため、初期設備投資を適切に設計すれば量産性に優れます。薄膜太陽電池の分野では製造コストの観点から有利な点がありますが、効率や長期安定性の点で結晶シリコン系に挑戦されることが多く、用途を限定して利用されるケースが多いです。リサイクルや製造時のガス管理(シランやドーパントガス)は安全管理上の留意点です。

研究動向と将来展望

近年は単純なa‑Si:H層だけでなく、マイクロ結晶シリコン(µc‑Si)、ナノ結晶シリコン(nc‑Si)との多層構造や、ペロブスカイト太陽電池とのタンデム接合などハイブリッドなアプローチが進展しています。これらは光吸収のスペクトル特性や劣化挙動の改善、変換効率の向上を目指すものです。また、ディスプレイ用途のTFTとしては低温多結晶シリコン(LTPS)や酸化物半導体(IGZO)との競合がある一方で、製造コストや大面積適用でa‑Siは依然として有用です。

まとめ

アモルファスシリコンは結晶Siとは異なる原子配列と欠陥構造を持つため、低温で大面積に成膜可能という強みを生かしつつ、移動度や光誘起劣化(Staebler‑Wronski効果)といった課題に取り組みながら実用化が進んでいる材料です。薄膜太陽電池、ディスプレイ用TFT、各種センサーなどで今後も重要な役割を果たす一方、微結晶化やタンデム接合などの技術的進化により用途・性能拡大が期待されています。

参考文献

(注)本文中の代表値や工程条件は文献や装置仕様により変動します。特定のプロセス設計・製造条件を検討する際は原論文や装置メーカーのデータシート、最新のレビュー論文を参照してください。