ジアチント・シェルシの音楽入門—一音の宇宙と音響美学を探る
ジアチント・シェルシ(Giacinto Scelsi) — プロフィール
ジアチント・シェルシ(Giacinto Scelsi、1905–1988)はイタリア出身の作曲家で、20世紀後半の現代音楽において独自の音響美学を切り開いた人物です。貴族的な家庭に生まれ、若い頃はヨーロッパ各地を旅した後、精神的・哲学的探求を深める中で従来の西洋調性や形式主義から距離を置き、自らの内的な「音の世界」を作品化していきました。
シェルシの音楽的魅力 — 何が特別なのか
「一つの音」の宇宙性
シェルシは「一つの音(single pitch)」を核に、その音の内部に潜む倍音、微分音、音色の変化や時間的揺らぎを詳細に掘り下げます。単一の音が持つ響きの深層を探ることにより、聴き手に時間と空間の拡張を感じさせる独特の経験を作り出します。スペクトル的/音響的アプローチの先駆性
周波数成分や倍音構造、音色の変化を重視する点で、後のスペクトル派(spectral music)と重なる要素があり、音響の観点から音楽を構築する先駆的作曲家と見なされています。ただしシェルシの手法は理論的な分析から出発するよりも、直観的・瞑想的な「聴く/感じる」実践から始まっています。東洋思想・音楽への関心と儀礼性
インドやチベットなどの宗教音楽、マントラ、瞑想的実践からの影響を受け、音楽に宗教的・儀礼的な次元を導入しました。音そのものを精神的・存在的な媒体とみなす姿勢が、曲全体に宗教的な深みを与えます。演奏法と拡張技法の重視
弦楽器や管楽器の特殊奏法、ピッチの微妙なずらし、ボウイングの持続的変化、倍音を浮き立たせる奏法など、演奏者の身体性や呼吸を通した音の生成に強い関心がありました。スコアは厳密な指示と即興的要素を併せ持つ場合が多く、演奏解釈の幅を残しています。記譜の独自性と共同制作
シェルシはしばしば独特の記譜法や口頭指示を用い、演奏家との密接なやり取りを通じて作品を完成させました。時には他の作曲家や編曲家が彼の原案を整理・編曲して録音化されることもあり、作品の「固定化」と「解釈の幅」という二面性が生まれます。
代表作と聴きどころ
Quattro pezzi su una nota sola(四つの一音のための作品)
シェルシを象徴する思想が最もストレートに現れているシリーズ。単一のピッチを基に、その内部で展開する色彩と時間的変容を感じ取ることができます。初めてシェルシを聴く人の入門としても最適です。Uaxuctum(オペラ的作品)
古代都市の滅亡を題材にした劇的・儀礼的な大作。合唱やソロ、オーケストレーションを用いて濃密な音響空間を作り出します。シェルシの宗教性とドラマ性が強く表出した作品です。Anahit
中東やアルメニア系の伝統や声の扱いへの関心が反映された、声や楽器の音色を細やかに扱う作品。声の倍音や共鳴を活かしたテクスチャが聴きどころです。Canti del Capricorno
複数の声と楽器を用いた歌の連作。シェルシの語りと歌、象徴的な「儀式性」が色濃く出ています。
名盤(聴きどころ別のおすすめ)
「一音の宇宙」を体験したい人へ:Quattro pezzi su una nota sola の録音(複数の演奏者/編成が存在します)。演奏ごとに倍音の浮かび方や時間感覚が異なるため、複数演奏を比較するのも興味深いです。
オーケストラや大編成の迫力を味わいたい人へ:Uaxuctum の信頼できる録音。劇的な場面構成と音響の密度を堪能できます。
声や小編成の繊細さを好む人へ:Anahit、Canti del Capricorno系の録音。声の呼吸や倍音が生む静かな緊張感が魅力です。
聴き方のガイド — シェルシを楽しむコツ
音を「メロディ」ではなく「場」として聴く
シェルシの音楽は旋律的な起伏よりも、音の持続・変化・重なりによって意味を作ります。音の立ち上がり、減衰、倍音構造の変化に注意して聴くと、新しい聞き取りが生まれます。集中と時間の許容
長く持続する音や遅い変化が重要なので、短い注意ではつかめない深みがあります。余裕のある時間を取り、集中して聴くことを勧めます。複数の演奏を比較する
シェルシの作品は演奏によってかなり表情が変わります。異なる演奏を聴き比べることで、記譜の余白や演奏者の解釈がどのように作品世界を変えるかがよく分かります。ライブでの体験を重視する
可能であればコンサートでの体感が強く推奨されます。音の物理的な響きや場の空気感は録音では完全には伝わらないことが多いためです。
影響と評価
シェルシは自作に対する独自の哲学と音響的探求を通じて、後進の作曲家や演奏家に強い影響を与えました。特にスペクトル派の進展と並行してその価値が再評価され、20世紀後半から21世紀にかけて多くの現代音楽ファンや研究者に注目されています。一方で、その宗教的・神秘的な側面や記譜の特殊性ゆえに好みが分かれる作曲家でもあります。
入門〜深化に向けたステップ
まずは短い作品(Quattro pezzi など)で「一音の変化」を体験する。
次に声や小編成の作品で倍音や共鳴の扱いを聴く。
最後にUaxuctumのような大作で儀式的な構造と劇性に触れる。
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ここでは、シェルシの名曲を中心にまとめた聴取用プレイリスト「エバープレイ」をご紹介します。入門編(短い一音作品)、声と小編成編、そして大編成・舞台作品編という3部構成に分け、初めての方でも段階的に深まるようにセレクトしています。配信状況や収録盤は各ストリーミングサービスや配信サイトでご確認ください。
参考文献
- Giacinto Scelsi — Wikipedia
- Giacinto Scelsi — AllMusic(英語)
- Giacinto Scelsi — Naxos(作曲家紹介)
- Giacinto Scelsi — Oxford Music Online(Grove/検索)
- Giacinto Scelsi — 公式/関連サイト(参考情報)


