ジャチント・シェルシの音楽の魅力と特徴—単音・倍音・微分音で描く20世紀前衛
Giacinto Scelsi — プロフィールと音楽の魅力
イタリアの作曲家ジャチント・シェルシ(Giacinto Scelsi, 1905–1988)は、20世紀後半の音楽において特異かつ影響力のある存在です。伝統的な西洋の和声や形式から離れ、「単一の音の内側」に潜む微細な変化、倍音(および倍音構造)の探究、そして東洋的・形而上学的な精神性を音楽に反映させたその作風は、ミニマリズムやスペクトル派など後続の潮流に先行するものとしても注目されています。
生涯の概略(要点)
- 生誕と出自:1905年にイタリアで生まれ、裕福な家庭に育ちました。
- 転換点:第二次大戦後から1950年代にかけて、東洋思想や瞑想的経験、個人的な精神的転換を経て、作曲の方法論が大きく変化しました。
- 後半生の作風:1950年代以降は、持続音・微分音・倍音の操作を通して音の内部を掘り下げる作品群を発表し、独自の記譜法や演奏法(即興的解釈を許容する指示など)を導入しました。
- 没年:1988年に他界。
音楽的特徴と魅力
シェルシの音楽は一般的なメロディーや和声進行の連続を重視するのではなく、音そのものを「場」として扱い、内部の微細な動きや音色の変化を主題とします。以下がその主要な特徴です。
- 単音志向(“one-note”の思想):代表的な手法で、ある一つの音を長く保持し、その中で倍音構造・強弱・微分音的な揺らぎ・アゴーギクなどを操作して、豊かな発展を作り出します。短いモティーフの反復ではなく「音の内側のドラマ」を描く手法です。
- 倍音(オーバートーン)の重視:倍音を意図的に引き出す発音法や特殊奏法(弦楽器・管楽器の倍音と共鳴、マイクや弦の扱いなど)を用いて、音のスペクトル的な層を明らかにします。これが結果的にスペクトル志向音楽の先駆的側面と受け取られます。
- 微分音とチューニングの繊細さ:十二平均律を越えた微細なピッチ変化(半音より小さい変化)を多用し、音程感覚そのものを拡張します。
- 即興性と記譜法の特殊性:スコアには非常に抽象的・指示的な記述が見られ、演奏者に対してある種の即興的解釈を求める箇所が多くあります。シェルシ自身が直接演奏者に説明しながら作品を作り上げることもしばしばでした。
- 東洋・宗教的要素:仏教やヒンドゥー教、瞑想的実践などに影響を受けた精神性が作品の根底にあります。儀式的・祈祷的な空気を持つ曲も多く、聴き手に内省を促します。
- オーケストレーションの革新:大編成でも個々の音の持つ倍音を巧みに引き出すことで、従来の和声的効果とは異なる「色彩」を生み出します。時に非常に強烈で原始的な響きを放つこともあります。
代表作と聴きどころ
- Quattro pezzi su una nota sola(四つの作品:一つの音の上で)
聴きどころ:その名の通り“一つの音”を素材に変化を積み重ねる実験的なシリーズ。音の内部の変化に耳を澄ませると、微細なテンポ/音色の揺らぎが豊かな表情を生む。 - Xnoybis(1956)
聴きどころ:オーケストラ作品のなかでも倍音とテクスチャの扱いが顕著な作品。伝統的な主題展開を追わず、持続する音の重なりで空間を構築する。 - Uaxuctum(1958–59)
聴きどころ:マヤの滅亡伝説を題材とした大型作品。声や楽器を祭祀的に扱い、劇的で儀式めいた音響空間を作り出す。シェルシの「宗教的/神話的」志向が強く現れる代表作。 - Anahit(1954–56)
聴きどころ:管弦楽作品。静的な要素と爆発的な動きが同居し、音の微妙な変化を通して物語性を暗示する。 - Canti(歌の断片群)やソロ作品群
聴きどころ:声やソロ楽器による作品は、個々の音の精神性が直接的に現れるため、シェルシ音楽の核心に触れやすい。
名盤(入門〜深堀り向けのおすすめの探し方)
シェルシの録音は演奏者や録音時の解釈によって大きく響きが変わります。まずは「Uaxuctum」「Quattro pezzi su una nota sola」「Xnoybis」あたりの代表作を一通り聴いて、興味が湧いたらソロ/室内作品や声の作品に進むのが良いでしょう。
- 入門:代表作のライヴ録音やコンピレーション盤で作風の全体像を掴む。
- 中級:ソロ作品やQuattro pezziのような“単音”シリーズを、一つの演奏者の解釈で通して聴く(演奏ごとの差を比較するのも有益)。
- 上級:オーケストラ作品の複数録音を比較し、倍音や響きの違いを細部まで聴き分ける。スコアを併読できるとさらに理解が深まります。
(特定の盤を挙げる場合は、各国の主要レーベル(Stradivarius、Col Legno、ECM/ECM New Series など)が信頼できる録音をいくつか出していることが多いので、作品名とレーベル/演奏者を合わせて検索するとよいでしょう。)
聴き方のポイント — シェルシ音楽をより深く味わうために
- スピーカー/ヘッドフォンの設定:低音から倍音までレンジが広く出る再生環境が望ましい。音の細かなニュアンスが重要です。
- 焦らず長時間をかける:短時間で繰り返しのモチーフを追うより、静かに数分〜十数分耳を固定して、内部で起きる変化を「見守る」態度が合います。
- メモや図を用いる:聴感上の倍音の変化や強弱の移り変わりを簡単にメモすると、再聴時に新たな発見が得られます。
- 他の音楽と比較する:スペクトル派(ジュリアール=ロラン、ジェラール・グリゼなど)やミニマル/瞑想音楽と合わせて聴くと、シェルシの位置づけが見えてきます。
影響と評価
シェルシは自らが属する作曲の“潮流”に収まりきらない独自性を持ちますが、その音響的な思考は後のスペクトル派や一部の即興音楽、実験音楽家に影響を与えました。批評家や作曲家の間では、しばしば「音色と倍音の魔術師」「古典的な形式や和声を放棄した現代の神秘主義者」として語られます。一方で演奏の難しさや抽象性の高さゆえに、聴衆を選ぶ音楽とも言えます。
まとめ:なぜシェルシを聴くのか
ジャチント・シェルシの音楽は、音楽を「時間の流れに沿った物語」ではなく「音の内部空間の探検」として提示します。聴く側が能動的に耳を澄ますことで、通常の音楽体験とは異なる深い集中と瞑想的な体験を得られる点が最大の魅力です。音の微細な動き、倍音の立ち上がりや消え方、演奏者の呼吸やアタックの差異がドラマを生むため、反復して聴くほど新しい発見があります。
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参考文献
- Giacinto Scelsi — Wikipedia (英語)
- Fondazione Giacinto Scelsi(ジャチント・シェルシ財団)
- Giacinto Scelsi — AllMusic
- Giacinto Scelsi — Encyclopaedia Britannica
- Giacinto Scelsi — Discogs(録音情報の参照に便利)


