コード進行の基礎と実践:和声理論・機能・ボイシング・ジャンル別展開を徹底解説
序文:コード展開とは何か
「コード展開」(一般には「コード進行」とも呼ばれる)は、音楽において和音(コード)が時間軸に沿って変化していく仕組みを指します。単に和音を並べるだけでなく、調性や機能、ボイシング、テンション、リズムといった要素が絡み合って「展開」が生まれます。本稿では基本理論から実践的なテクニック、ジャンル別の特徴、具体例と応用法まで幅広く掘り下げます。
基本概念:調性・機能・ローマ数字表記
コード展開を理解するための基礎概念を整理します。
- 調性(キー):ある中心音(トニック)を基準に和音が機能する枠組み。例:CメジャーならCがトニック。
- 機能和声:和音はトニック(安定)、ドミナント(緊張)、サブドミナント(前向き)などの機能を持つと考える。代表的な流れは「サブドミナント→ドミナント→トニック(S→D→T)」。
- ローマ数字表記:キーに対する和音の位置を示す(例:CメジャーでI=C、ii=Dm、V=G)。転調や分析に便利。
- ハーモニックリズム:和音がどの頻度で変わるか。速ければ動的、遅ければ安定感が増す。
代表的なコード進行とその性格
ジャンルを問わずよく使われる進行をいくつか挙げ、その特徴を説明します。
- ii–V–I(ジャズの基礎):例:Dm7–G7–Cmaj7(Cメジャー)。ドミナントへの強い導きと解決感を生む。
- I–vi–IV–V(ポップ/50s進行):例:C–Am–F–G。耳に残る循環性と親しみやすさ。
- Pachelbel進行:I–V–vi–iii–IV–I–IV–V のような循環(実際には変種多数)でバロック以降の伴奏型として有名。
- アンダルシアン進行:i–VII–VI–V(マイナー例:Am–G–F–E)。暗く情熱的な響き。
- 循環的五度進行(Circle of Fifths):長/短5度で和音が連続し、強い方向性と連続性を生む(例:Am–D7–G–Cなど)。
和声的技法:借用、セカンダリードミナント、代理、代理転回
コード展開を豊かにする主要テクニックを紹介します。
- モーダルインターチェンジ(借用和音):同じルートでも平行調(たとえばCメジャーとCマイナー)から和音を借りる。IV→ivや♭VIなどで色彩を加える。
- セカンダリードミナント:ある和音へ向かうための一時的なドミナント(例:V/V = D7 はG(V)へ強く導く)。転調感を出さずに緊張を作る。
- トライトーン代用(サブスティテューション):G7の代わりに♭II7(Db7)を使うトライトーン・サブ(例:Dm7–Db7–Cmaj7)。ジャズで多用。
- 代理和音:同じ機能を持つ別和音で置き換える(例:iiiをIの代理、viをIの延長的代理として扱うことがある)。
クロマチック展開と色彩和音
クロマチック(半音的)な動きやテンションを使うとモダンな響きを作れます。
- クロマティック・メディアント:I→♭IIIやI→III(例:C→EbまたはC→E)など、同種の和音が半音や三度で移動することで映画音楽や近現代の響きに。
- テンションと拡張和音:7th, 9th, 11th, 13thなどの拡張は色彩を増す。解決先との関係(テンションの解決)を意識することが重要。
- 代替コード(altered chords):V7に対して♭9, ♯9, ♭5, ♯5などを与えて緊張感を強める。ジャズのコンテンポラリーな語法。
ボイシングと音の動き(声部進行)の重要性
同じコード進行でもボイシング次第で印象が大きく変わります。スムーズな声部連結(音の近接移動)を意識すると自然な流れが生まれます。
- 平行和音を避ける、あるいは意図的に用いる。
- サスペンションやペダルポイント(同音を保持してその上で和音を変える)で緊張と解放を演出。
- 低音(ベースライン)を単純なルート移動にするか、歩行ベースで動かすかで曲のドライブ感が変わる。
ジャンル別の展開の特徴
各ジャンルごとの典型的手法を短くまとめます。
- クラシック:機能和声に基づく長い導線、転調と対位法の活用。カデンツ(終止形)による明確な区切り。
- ジャズ:ii–V–I、代用、テンション、IIIm、VIIm等の複雑な和声進行。即興性を前提にしたテンションの処理。
- ポップ/ロック:循環進行、パワーコードによる単純化、リフとフック重視。和声よりもテクスチャとメロディの親和性が重要。
- ボサノヴァ/ラテン:循環進行に豊かなリズムとテンションコードを組み合わせる(例:II7–V7の連続)。
リハーモナイズ/応用テクニック
既存のメロディに別和音を当てはめる(リハーモナイズ)はクリエイティブな発展を生みます。代表的な手法:
- メロディの重要音を保持して和音だけ変更する。
- セカンダリードミナントや代理和音を挿入して予想外の導線を作る。
- モーダルインターチェンジでカラーコードを追加する(例:Cメジャーに♭VIIや♭IIIを入れる)。
- 短いモジュレーション(借用的転調)でサビや中間部にドラマを付加。
実践的な作曲手順—例とチェックポイント
作曲やアレンジで使える具体的な順序(例)を示します。
- 1) まずキーとトニックを決める。曲の中心を定めることで和声の選択が容易に。
- 2) 主なメロディラインを書き、重要音(強拍の音)を特定する。
- 3) ローマ数字で基本進行(I–IV–Vなど)を作る。次に色彩やテンションを加える。
- 4) ハーモニックリズムを決定。速い進行か、ワイドな和音保持かで伴奏を設計。
- 5) ボイシングと低音ラインを調整。声部連結を滑らかにし、不要なクロマティシズムを整理。
- 6) 必要ならリハーモナイズ(代替和音、トライトーン・サブ、借用)を試して比較する。
よくある注意点と誤解
コード展開で初心者が陥りやすいポイント:
- 「複雑=良い」ではない:シンプルな進行でもボイシング・リズム・メロディで豊かにできる。
- テンションの扱い:拡張音は常に解決を意識する。無秩序なテンションは濁りを生む。
- 理論は道具:規則を覚えるだけでなく耳で判断する訓練が必要。
まとめ
コード展開は単なる和音の羅列ではなく、機能・色彩・ボイシング・リズムが統合された音楽的言語です。基本的な進行を理解し、借用和音やセカンダリードミナント、トライトーン代用などのテクニックを目的に応じて使い分けることで、表現の幅が広がります。最も大切なのは耳での検証と実践による感覚の蓄積です。
参考文献
- musictheory.net — Music Theory Lessons
- Wikipedia — Chord progression
- Wikipedia — Functional harmony
- Wikipedia — Secondary dominant
- Wikipedia — Tritone substitution
- Mark Levine, The Jazz Theory Book (Google Books プレビュー)
- Stefan Kostka & Dorothy Payne, Tonal Harmony (Google Books プレビュー)


