ワルツの起源・音楽構造・舞踏技法まで知る――クラシックにおけるワルツの総合ガイド
ワルツとは何か — 定義と概観
ワルツは3拍子(主に4分の3拍子)を基本とする舞曲であり、音楽ジャンルとしては舞踏曲および器楽作品の形式を指します。軽やかな旋律と“オム・パー・パー”(低音が1拍目、和音が2・3拍目)と呼ばれる伴奏感覚が特徴で、18世紀末から19世紀にかけて欧州の社交舞踏場で大流行しました。舞踊としてのワルツは男女が密着して回転する点で当時の道徳観からしばしば物議を醸しましたが、同時に都市の社交文化を象徴する存在にもなりました。
起源と語源 — 農民舞踊から宮廷舞踏へ
ワルツの起源は中央ヨーロッパの農民舞踊(特にオーストリア・バイエルン地方のラントラー〈Ländler〉や類似の回旋舞踊)に遡ると考えられています。語源はドイツ語の動詞「walzen(回る、転がる)」や「wälzen」に由来するとされ、回転運動を伴う踊りの性格を反映しています。18世紀末から19世紀初頭、ウィーンを中心に農村起源の踊りが彼我の音楽家や社交界に取り入れられ、徐々に整えられて宮廷やボール用のワルツへと変貌しました。
社会史的背景 — スキャンダルから洗練へ
ワルツが流行し始めた当初、男女が抱擁して回る近接した体の取り扱いは、保守的な社会では不適切と見なされました。しかしナポレオン戦争後の19世紀、ウィーンをはじめとする都市文化の開放性とボール文化の隆盛により、ワルツは社交舞踏の中心に位置づけられるようになります。ウィーンの社交界、さらには都市の劇場やカフェでもワルツは演奏され、作曲家たちが競って新しいワルツ曲を作曲しました。
主な形式と音楽的特徴
- リズム:基本は3/4拍子で、第一拍に強拍がくる単純な拍感。伴奏は低音(ベース)を第一拍に置き、和音やアルペジオを2・3拍に配する「oom-pah-pah」のパターンが典型的です。
- 句構造:多くのワルツは8小節フレーズを基礎にした二部形式(A–B)や三部形式(A–B–A)で書かれ、親しみやすい旋律と明確な繰り返しを持ちます。
- 和声:平行移動や近親調への転調(主調→属調、あるいは準属調への移行)がよく用いられ、B部で雰囲気を変えてからA部へ回帰する標準的構成が見られます。
- 伴奏法:ピアノ作品では左手がベースと和音を分担して「ワルツ伴奏」を作り、オーケストラ作品では低弦と低音管楽器がリズムの基礎を支え、高弦や木管が旋律を飾ることが多いです。
舞踊様式の違い — ウィーン・ワルツとスロー(英)ワルツ
ワルツにはいくつかの舞踊様式が存在します。代表的なのは速いテンポで回転を多用するウィーン・ワルツと、よりゆったりとしたテンポで起伏(rise and fall)を強調するスロー・ワルツ(英俗に“English/Slow Waltz”)です。ウィーン・ワルツは回転と連続した方向転換が特徴で、テンポは一般に速く(約58–60小節/分、拍に換算すると約170–180拍/分の範囲が目安)、スロー・ワルツは約28–30小節/分(拍にして約84–90拍/分)ほどの落ち着いた速度で踊られます。
舞踊技術的には、スロー・ワルツは上体の持ち上げと落下(rise and fall)、スウェイ(sway)や対体割(contra body movement)を用いた優雅なラインが重視され、ウィーン・ワルツは精緻な回転と踏み替えによる連続性が求められます。
クラシック音楽におけるワルツ — 主要作曲家と代表作
- ヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauss II)—『美しく青きドナウ(An der schönen blauen Donau)』『皇帝円舞曲(Kaiser-Walzer)』など、オーケストラ用のワルツでウィーンのボール文化を象徴する作品群を残しました。
- ショパン(Frédéric Chopin)—ピアノ・ワルツを多数作曲し、舞踏用というよりはサロン曲・芸術歌曲的な性格を帯びた作品が多い。代表作に「ワルツ 変ニ長調 Op.64-1(通称:子犬のワルツ/Minute Waltz)」などがあります。
- チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky)—バレエ『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』などに美しいワルツを配し、舞踊とオーケストラ・ワルツの結びつきを強めました。
- モダン/後期ロマン派の作家たち—ラヴェルの『ラ・ヴァルス(La Valse)』はワルツ形式の解体と祝祭/崩壊の表象として重要な20世紀の作品です。
- 他にもシューベルト、ヨハン・シュトラウス父(Johann Strauss I)、ヨーゼフ・ランナー(Joseph Lanner)らがワルツ発展に重要な役割を果たしました。
作曲・編曲上の工夫と表現手法
コンサート用のワルツでは、単なる伴奏リズムの繰り返し以上の配慮がなされます。以下はよく使われる技法です。
- オーケストレーションによる色彩の変化:弦楽器を中心に木管や金管、ハープなどで旋律や裏拍を装飾して場面感を作る。
- 対位法的な処理:主旋律と副旋律を重ねて複層的な舞踏の空間を描くことがある(特に後期ロマン派以降)。
- リズムの変形:伴奏の「oom-pah」を崩したり、内声部にシンコペーションを入れて緊張感を与える。
- テンポ変化とルバート:サロン的ピアノ・ワルツでは自由なルバートが多用され、情感表現が重視されます。
演奏と解釈のポイント(演奏家向け)
- テンポ設定:舞踏用のワルツと演奏会用のワルツでは意図が異なる。ダンスの伴奏としては一定のテンポを保つことが求められますが、聴衆向けの演奏では表情のための幅を持たせても良い。
- フレージング:8小節単位の大きな音楽線を意識し、A部の提示とB部のコントラストを明確にする。
- 伴奏のバランス:ピアノや室内編成ではベースと和音のバランスを取り、旋律が浮かび上がるようにする。オーケストラでは低弦と木管のバランス管理が重要。
- 舞踊との関係性理解:ワルツを演奏する場合、踊り手の動きや床の響きなどダンス現場の条件を想定すると説得力のあるテンポやアクセントが得られます。
ワルツの受容と変容 — クラシック以降の歩み
ワルツは19世紀に社交舞踏の中心を占めたのち、時代とともに様々に変容しました。ピアノ・ミニチュアとしてのワルツはロマン派のピアノ文学に深く根づき、20世紀にはラヴェルやストラヴィンスキーのようにワルツの形式を批評的に再解釈する作曲家も現れました。さらにタンゴやジャズ、ポピュラー音楽においてもワルツのリズムや雰囲気は取り入れられ、現代ではクラシックの演奏会、舞踏、映画音楽など多彩な場面でワルツは生き続けています。
具体的な曲の聴きどころ(短いガイド)
- ヨハン・シュトラウス2世『美しく青きドナウ』:弦の柔らかなアタックと管楽器の色彩に注目。A部の提示、B部のエピソード、管弦楽の対比が効果的に使われています。
- ショパンのワルツ(例:Op.64-1):「舞踏曲」的なリズムを保持しつつ、ピアニスティックな装飾とルバートが情緒を作る。左手の伴奏の刻みを安定させることが肝要。
- ラヴェル『ラ・ヴァルス』:ワルツの形式を劇的に拡張・解体する近代作品。オーケストレーションの色彩と巨大なクライマックスに注目。
まとめ — ワルツが持つ二重性
ワルツは民衆的起源と宮廷的洗練、社交の機能と芸術的探求という二重性を併せ持つジャンルです。踊りとしての物理的な回転と、音楽としての周期的なリズムや繊細な旋律表現が結びつき、作曲家や演奏家にとって多様な表現の場を与えてきました。クラシック音楽におけるワルツを理解することは、19世紀の社会文化、舞踊と音楽の関係、楽器編成や演奏法の変遷を総合的に読むことにつながります。
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参考文献
- Britannica: Waltz (dance)
- Britannica: Viennese waltz
- Britannica: Frédéric Chopin
- Britannica: Johann Strauss II
- Britannica: La Valse (Ravel)
- IMSLP: Category — Waltzes (scores)
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