モーツァルトの謎めいた一作 — 交響曲 変ロ長調 K.66e の来歴と深層解読
はじめに — K.66e という番号が示すもの
「交響曲 変ロ長調 K.66e」という表記を目にしたとき、多くのモーツァルト研究家やリスナーは戸惑うかもしれません。現代の代表的なカタログや演奏会プログラムでは標準的な番号付け(交響曲第1番から第41番)や確定したケッヘル番号が用いられますが、K.66e のような表記は、初期作品群/付随作品/真贋不明の作品群をめぐる歴史的・文献学的な混乱を反映しています。本稿では、まずこの番号が示す状況を整理し、次にこの作品(あるいはこの番号に結び付けられた楽曲)をめぐる様式的・音楽学的な考察を行い、演奏・録音上の留意点や聴きどころを提示します。
番号と来歴:なぜ K.66e は「謎」なのか
ケッヘル(Köchel)目録はモーツァルト作品を年代順・分類順に整理する試みとして1862年に Ludwig von Köchel によって編集されました。以降、研究の進展や新史料の発見に伴い目録は何度も改訂され、付番や付記(a, b, c…)が生じています。K.66e のような附随番号は、原典が不完全であるか、筆写譜や二次資料に基づく作品であること、あるいは作者不詳・偽作・後世の付作といった問題を抱えている場合に使用されることがあります。
したがって、K.66e とされる作品は次のうちのいずれかに該当する可能性があります:
- モーツァルトの少年期(サルツブルク時代)に作曲されたとされるが、原本が現存せず写本や引用のみが残る作品。
- かつてモーツァルト作と伝えられたが、近代的研究により疑義が示されている作品(真贋問題)。
- ケッヘル目録の改訂で付加・再分類された、断片的なスケッチや他者の作品に基づく編曲。
このような事情から、K.66e を巡る研究は楽曲そのものの音楽的分析とともに、文献学的な検証(筆跡、紙、筆写の系譜、同時代のカタログ記載など)が不可欠になります。信頼できる結論を出すには、デジタル版ニュー・モーツァルト・アウトゲーベ(Neue Mozart-Ausgabe)や各種写本目録、主要図書館の所蔵資料に当たる必要があります。
歴史的コンテクスト:少年モーツァルトの交響曲群(概説)
仮に K.66e がモーツァルトの初期の交響曲の一つであるとするならば、以下の点が参考になります。モーツァルトは1750年代末から1770年代初頭にかけて、イタリアやオーストリアの宮廷・市民文化の中で多数の短い交響曲(しばしば3楽章構成、時に4楽章)を手掛けました。これらは当時のガラント様式(優雅で歌謡的な旋律、明快な和声進行)やイタリアの交響楽的習慣の影響を受けています。
変ロ長調(B♭)はホルンやオーボエとの相性が良く、明るく温かな色彩感を持つ調性として好まれました。そのため変ロ長調の交響曲は祝賀性やきらびやかさを伴うことが多い点も注目に値します。
楽式と様式的特徴(K.66e に期待される点)
実際のスコアを提示できる場合とできない場合がありますが、K.66e に典型的に想定される様相を以下に示します。
- 楽章構成:少年期の交響曲は3楽章(速—緩—速)である例が多いですが、後年の影響や場面によってはメヌエット付きの4楽章構成もあります。K.66e がどちらに属するかは写本の記載に依存します。
- 編成:弦楽(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ/コントラバス)を基軸に、オーボエ2、ホルン2 が加わる典型的な編成が予想されます。バスーンは通奏低音的に使われる場合が多く、チェロ・コントラバスと同じパートを書き写すことがあります。
- 主題処理:対位法的発展は控えめで、動機の反復・展開は簡潔。装飾的なトリルやアーティキュレーション、ピリオディックなフレージングが多用されます。
- 調性感・ハーモニー:機能和声は明快で、I–V–I の動線が頻出。副調性的な探索は限定的で、予備隊的な和声進行が多い。
- リズム・舞曲性:第3楽章(メヌエット)があれば舞曲の軽やかさが顕著で、終楽章はロンドやソナタ風の快活な行進的リズムを特徴とします。
楽曲分析(読み解きの視点)
K.66e を聴く/分析する際に着目すべき点を示します。これは作品の真贋判定や様式確定のヒントにもなります。
- 導入動機の特徴:モーツァルトの初期作品は短い動機が巧みに繰り返されて構成されることが多いです。その動機の輪郭(跳躍の有無、付点リズム、装飾の傾向)を他の確実にモーツァルト作とされる作品と比較してください。
- 管楽器の扱い:ホルン・オーボエの独立性や対位的な扱いは作曲家の成熟度を示します。単に和音を補強するだけの書法か、独自に旋律線を与えられているかを確認します。
- 和声的冒険の度合い:属調以外への転調や、借用和音の使用頻度は重要な手がかりです。少年期のモーツァルトは急進的な和声実験よりも均整の取れた古典的な進行を好みます。
- 筆写譜の言語と記譜法:楽譜上の表記(装飾音、クレッシェンド・デクレッシェンドの有無、リピート記号の扱いなど)は時代様式と一致するか検討します。
真贋問題における主要な検証手法
K.66e のように疑義がある作品に対しては、以下の方法で検証が行われます。
- 筆跡学的検査:作曲者自身の自筆譜が残る場合は判読が容易ですが、写本のみの場合は写譜者の系譜をたどることで出所を推定します。
- 紙・インクの科学的分析:用紙の製造地・時期やインク成分は作成年代の推定に資します。
- 様式比較:既知のモーツァルト作品群と動機・和声・オーケストレーションの類似性を統計的に評価します。
- 史料照合:当時の楽長日誌、演奏目録、宮廷支出記録などに言及がないかを調べます。
演奏・録音に際しての実践的アドバイス
K.66e の演奏にあたっては、作品の確定的な背景が不明であることを踏まえて演奏解釈を行うとよいでしょう。
- 楽器編成を柔軟に:ホルンやオーボエの扱いは写譜次第ですが、古楽器編成(ナチュラルホルン、古典的オーボエ)を試す価値があります。
- テンポ感:当時のアゴーギクは現代より自由であったため、細かなテンポの揺れとダイナミクスの対比を大切にしてください。
- 装飾と実演:少年期の作品では装飾が明示されない場合が多いので、実演者の判断で歌唱的な装飾や簡潔なトリルを取り入れることが許容されます。
おすすめの聴きどころ(リスナー向け)
スコアの真贋が確定していなくとも、K.66e として演奏される楽曲を聴く際には以下の点を意識してください。
- 第一主題のキャッチーさ:モーツァルトの初期交響曲は短く覚えやすい主題で聴衆を掴む傾向があります。
- ホルンの色彩:変ロ長調のホルンの響きは曲全体の「顔」を作る重要要素です。
- 楽章間の対比:緩徐楽章の歌謡性と終楽章の躍動感の差を味わってください。
文献学的追跡のすすめ
K.66e のような番号に出会ったとき、研究者は次の主要資料を確認します。ニュー・モーツァルト・アウトゲーベ(NMA)、主要図書館の写本目録、ケッヘル目録の改訂版、19世紀の版と校訂の注記などです。オンラインでまず調べるならば、デジタル・モーツァルト資料や IMSLP、主要な百科事典記事(Grove、Oxford)を参照するのが効率的です。
結語 — K.66e は「音楽史の入口」である
K.66e が指す具体的な楽曲の出自が明確であれ曖昧であれ、こうした未解決の番号はモーツァルト研究の面白さを象徴しています。楽曲の真贋を巡る検証作業は、ただ学術的好奇心を満たすだけでなく、演奏実践や受容史の理解を深めます。リスナーとしては、作品の来歴に想像力を働かせながら、音楽そのものが放つ旋律感や響きに耳を傾けることが最も大切です。
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参考文献
- Neue Mozart-Ausgabe / デジタル・モーツァルト・アウトゲーベ(Mozarteum)
- Köchel catalogue — Wikipedia
- List of compositions by Wolfgang Amadeus Mozart — Wikipedia
- IMSLP(楽譜データベース) — Mozart カテゴリ
- AllMusic — Mozart overview


