序章:K.75という作品の位置づけ
モーツァルトの若年期に属する〈交響曲 ヘ長調 K.75〉は、その番号や成立時期、写本状況に関して専門家の間でも細かな議論がある作品です。全体としてはいわゆる〈早期交響曲〉の文脈に位置づけられ、イタリア訪問期に受けた影響や当時のガラント様式を色濃く反映しています。本コラムでは、史的背景、編成・楽章構成、各楽章の音楽的特徴、演奏・録音面での留意点、および参考文献を整理して、深く掘り下げます。
作曲の背景と成立年代
K.75がいつどこで作曲されたかについては諸説ありますが、多くの研究者はモーツァルトのイタリア滞在(1769–1771年頃)に関連する作品群として位置づけています。当時のモーツァルトはイタリアのオペラや交響楽の潮流に触れ、短い楽章構成(速・遅・速の三楽章)や明快なメロディ、バロックから古典へと移行する様式的特徴を取り込みました。K.75にもそうした特徴が見られ、初期の交響曲としてはきわめて典型的な姿を示します。
編成と楽章構成
原則としてK.75は弦楽(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ/コントラバス)を主体に、オーボエやホルンが加わる程度の古典的地方編成(小編成オーケストラ)で演奏されることが多いです。木管・金管の使用は写譜や版によって差があり、現代の演奏では古典派の復元的編成(2本のオーボエ、2本のホルン+弦)を採ることが一般的です。楽章は伝統的に三楽章形式(Allegro — Andante(あるいはAdagio) — Allegro)で、各楽章は簡潔さと明快な対位/和声の処理が特徴です。
第1楽章:形式と主題の扱い
第1楽章は期せずしてソナタ形式の初期的な表れと見なせる構造を持ちます。序奏を欠くことが多く、主部は明快な主題提示から始まります。モーツァルトは若年期にもかかわらず対位法的な処理や主題の動機的展開を用い、短いフレーズを連結して大きな音楽的説得力を作り出します。和声進行は古典初期の安定した機能和声を基礎としつつ、リズムの変化や伸縮によって躍動感を生んでいます。弦楽器のアルコ奏やホルンの色彩も効果的に使われ、主題の提示と再現部の対比が聴きどころです。
第2楽章:緩徐楽章の特色
第2楽章は緩徐楽章として、歌謡的な主題と素朴な伴奏とのバランスが取られています。モーツァルトの早期作品に共通する特徴として、旋律の自然さと装飾の控えめさが挙げられます。和声進行は単純に見えて効果的で、短い動機の繰り返しや少しの対位を交えて、中心となる旋律を際立たせます。この楽章では管楽器が柔らかい色合いを添えることが多く、演奏上は音量の調整とフレーズの歌わせ方が重要になります。
第3楽章:活発な終楽章
終楽章は一般に快速のリズムで書かれ、躍動的な性格を持ちます。モーツァルトはこの楽章で古典的なリズム感とモティーフの反復を駆使し、短い動機を素材に展開して全曲を締めくくります。終結部に向けた鋭いアクセントや対位的な絡みが聞きどころで、演奏ではテンポ感の統御とリズムの鮮明さが求められます。
スタイルと影響:イタリアとロンドンの空気
K.75に見られるスタイルは、当時のイタリア楽壇の影響、ならびにJ.C.バッハやマンヘンのシンフォニック伝統からの影響が混在しています。特にイタリア・オペラのアリア的な旋律作法やコンチェルト的なソロ感覚が交響楽の中に取り込まれており、若きモーツァルトの学習の跡が窺えます。旋律の明快さ、均整の取れたフレーズ、そして和声的な簡潔さはガラント様式の特徴でもあります。
楽譜と版の問題、写本の状況
早期の交響曲に共通する難点として、K.75の原典(自筆譜)の所在や写本の差異が挙げられます。既存の写譜には編成や装飾の差が見られ、これが現代の演奏での編成選択に影響を与えています。批判的な校訂版(Neue Mozart-Ausgabeなど)や楽譜共有サイト(IMSLPなど)を参照して、各版間の違いを把握したうえで演奏や解釈を決めることが望ましいでしょう。
演奏上のポイントと実践的アドバイス
- 古典派初期の演奏慣習を踏まえ、無理なロマンティックなルバートや過度の比重を避ける。
- 管楽器の扱いは装色としての機能が主なので、弦の歌わせ方とのバランスを重視する。
- アンサンブルはフレーズの方向性を共有し、短い動機の繰り返しで形を作る意識を持つ。
- テンポ設定は楽章ごとの性格を尊重し、終楽章では躍動感を失わないことが重要。
おすすめ録音と比較視聴の視点
K.75の録音は交響曲全集に含まれることが多く、演奏団体によって音楽語彙や装いが大きく異なります。古楽器あるいは古楽演奏スタイルに則った録音は色彩の軽快さと弦の透明感が魅力ですが、近代オーケストラによる録音はより厚みのある響きとダイナミクスを示します。比較視聴では、テンポ感、管弦楽のバランス、フレージングの扱いを中心に聴き分けると良いでしょう。
歴史的評価と現代的意義
K.75は派手な技巧や劇的な構想を前面に出す作品ではありませんが、モーツァルトの成長過程を示す重要な資料であり、後年の成熟へ向けた萌芽が各所に見られます。初期交響曲群全体を通じて聴くことで、モーツァルトがいかに他地域の音楽語法を吸収し、自らの声を形成していったかが明瞭になります。この作品は教育的な価値と音楽史的な意味を併せ持ち、初心者にも取りつきやすい音楽として現代でも親しまれています。
まとめ:K.75の聴きどころ
・短い楽章に凝縮されたモーツァルトの作曲技法を楽しむこと。 ・歌謡的な旋律と機能和声の美しさを味わうこと。 ・演奏史的観点から異なる版や録音を比較して、解釈の幅を知ること。 以上の点を押さえることで、K.75は単なる〈若書き〉ではなく、古典派交響曲の成立過程を知る格好の教材であり鑑賞作品となります。
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