モーツァルト:2つの独奏ヴァイオリンを伴う管弦楽曲(K. Anh. 223c / Anh. A. 50)――来歴・様式・演奏上のポイント
序章:作品の位置づけと問題意識
「モーツァルト:2つの独奏ヴァイオリンを伴う管弦楽曲(K. Anh. 223c、Anh. A. 50)」は、正典的な作品目録(Köchel目録)の本編ではなく「付録(Anhang)」に分類されている楽曲の一つです。K. Anh.(Köchel Anhang)とは、作曲者確証のない作品、あるいは部分的にしか資料が残っていない断片的作品を収めた区分で、そこで記載される楽曲は真作・贋作・帰属未定のいずれかに属します。本稿では、この楽曲をめぐる来歴・資料状況・音楽的特徴・演奏上のポイントを、現存資料と近年の研究に基づいて慎重に検討します。なお、作品の帰属が確定していない点は随所で明記します。
来歴と資料状況:何が残されているのか
K. Anh. 223c(Anh. A. 50)に関しては、モーツァルト自身の自筆譜(autograph)が確認されていないのが重要な点です。現在の所見では、当該楽曲は原典自筆ではなく、18世紀後半〜19世紀初頭に作られた写譜や古譜の断片、あるいは後世の編曲・抄録の形で伝わっている場合が多く、完全な楽章全体が確実にモーツァルトの手によるかは疑問が残ります。
付録(Anhang)に置かれる楽曲は、しばしば版元の誤認、同時代の他作曲家による模作、あるいは写譜家の付記が原因で混入したものです。したがって、史料学的には次の点が検証対象になります。
- 現存する写譜の筆跡と年代推定
- 初出の版(初刊譜)とその出版者の慣行
- 楽曲の様式的特徴(和声進行・旋律運動・器楽編成)がモーツァルトの他作品と整合するか
- 同時代の書簡や目録に該当作品の記載があるか
これらを総合しても、K. Anh. 223c に関しては「帰属未定(doubtful)」または「疑義あり(spurious possible)」の扱いが通例です。つまり、学界の合意は得られていない、という理解が適切です。
楽曲の編成と形式(概説)
標題が示す通り、この楽曲は2つの独奏ヴァイオリンと管弦楽を想定した作品です。18世紀中後期の多くの二重協奏的作品と同様に、次のような特徴が想定されます(現存稿に基づく具体的な記載がある場合は例外あり)。
- 独奏群としての2台ヴァイオリン(互いに対話・拡張的に扱われる)
- オーケストラは弦楽器を中核に、各種木管・ホルンが通奏低音や展開部で彩りを加える配慮
- 楽章構成は単一楽章の断片で残る例もあれば、伝統的な3楽章ソナタ形式(速・緩・速)を想定する場合もある
実際のスコアを参照すると、ソロ同士の掛け合いや同時旋律(二重唱的書法)、オーケストラとのコントラストを狙ったリプーノ部分が観察され、協奏的な性格を持つことは明らかです。ただし、各部分の詳細(テンポ表示やカデンツァの有無、挿入的なアーベントロ(間奏)など)は写譜ごとに差があり、確定的な楽曲構成を断言するのは時期尚早です。
様式解析:モーツァルトらしさはあるか
作品分析でよく問われるのは「この曲はモーツァルトらしいか?」という点です。ここでは様式的な観点から比較的安全に述べられる事項を挙げます。
- 旋律線の書法:モーツァルトの若年期〜中期の協奏風作品には歌謡的で自然な旋律運動が多く、短い装飾や反復句による親密な対話が見られる。K. Anh. 223c のフレーズ構成にその傾向が認められる部分はあるが、旋律の決定的な特徴(例えば独特の間の取り方や典型的な終止形)が一貫しているとは言い難い。
- 和声進行と転調法:モーツァルトの写しがある場合、和声語法は機智に富むが極端な離脱は見られない。現存する譜例では平常のイタリア古典様式に準じた転調やシーケンスが用いられるが、いくつかの和声処理が同時代の他作曲家(とくにイタリア系・中欧の職人作曲家)にも見られるため決定打とはならない。
- 器楽的処理:2つのヴァイオリン間の対等性と、オーケストラの伴奏的役割(リプーノ)が、モーツァルトの二重協奏曲に見られる書法と共通する部分を持つ。ただし、作曲技法の精度(対位法の扱い、カデンツァの書法など)については、モーツァルトの最良作とは差異を指摘する研究者もいる。
総じて言うと、様式的に「モーツァルト風」の要素は複数見いだせるものの、決定的にモーツァルトの筆によることを裏づける特徴は欠けており、帰属は慎重に扱われるべきです。
演奏上の実践と注意点
演奏家や指揮者がこの楽曲に取り組む際に役立つ実践的なポイントを挙げます(楽曲が仮にモーツァルトの作品であっても、付録扱いの作品に共通する課題として適用可能です)。
- アンサンブルの均衡:二つの独奏ヴァイオリンはしばしば対等な役割を持ち、同一のフレージングや呼吸を共有する箇所がある。左右のフレーズを完全に一致させるのではなく、会話的差異(装飾の違い、動機の受け渡し)を活かすことで表情が生まれる。
- 古楽器/モダン楽器の選択:古典派の協奏様式を再現するためには、弓遣い・ヴィブラートの節度・ホールでの響きのバランスなどを含めた演奏習慣の検討が重要。モダン楽器でもヴィブラートや艶出しを控えめにし、フレーズの立ち上がりを明瞭にすることで時代感が出る。
- カデンツァと自由度:写譜にカデンツァが明記されていない場合は、奏者自身で古典派様式に則った即興風カデンツァを準備するのが通例。カデンツァは対話性を生かしたものにすると、二重独奏曲らしい魅力が強調される。
- 出版社・版の比較検討:付録作品は編集者による疑問符付きの装飾や補筆が入りやすい。可能なら複数版(写譜・初出譜・批判版)を照合して、原資料に忠実な解釈を心がける。
レパートリーとしての受容と録音状況
K. Anh. 223c のような付録作品は、正典作品に比べて演奏・録音の機会が限られます。ただし、モーツァルト周辺の未知作品や疑義作を掘り起こす試みは古楽系レーベルや学術的プロジェクトによって行われており、専門家による録音・演奏会で紹介されることがあります。
聴きどころとしては、二重独奏の対話性、オーケストラとの交替的な主導権の移り変わり、古典派の透明なテクスチャーにおける細かなニュアンスです。正典作品と比較しながら聴くと様式的な特徴や、筆跡の柔らかさ・粗さを判断する手掛かりにもなります。
学術的な評価と今後の展望
音楽学の立場からは、K. Anh. 223c のような付録作品は次の二点で重要です。
- モーツァルト研究の精緻化:帰属問題の解決は、写譜の筆跡解析・インクや紙の科学分析・楽曲内の様式統計学的手法を駆使することで進展が期待されます。
- 演奏史の多様性:正典に含まれない楽曲を通じて当時の演奏慣行や出版事情、地域的な作曲スタイルの差異を浮き彫りにすることができます。たとえモーツァルトの作品でなくとも、18世紀の楽壇の実像を知る貴重な資料となります。
したがって、今後はデジタル人文学的手法(デジタルスコア比較、機械学習によるスタイル分析)や物質科学的分析が寄与する場面が増えるでしょう。音楽学と演奏界が連携して批判校訂版を整備することが、一般聴衆への理解促進にもつながります。
おわりに:聞き手・演奏者への提言
K. Anh. 223c(Anh. A. 50)は、帰属の確定がなされていないために「モーツァルトの作品」として無条件に扱うことはできません。しかし、二重独奏という編成がもたらす音楽的魅力や、古典派協奏様式の学習教材としての価値は高いです。演奏者は史料の差異を意識して版を選び、聞き手は様式の違いを楽しむ余裕を持って鑑賞すると、新たな発見があるでしょう。
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参考文献
- Digital Mozart Edition (DME) — Mozarteum Foundation(モーツァルト作品のデジタル批判版・目録データ)
- IMSLP / Petrucci Music Library(楽譜のデジタルアーカイブ。K. Anh. に関する写譜や版の検索に有用)
- Köchel catalogue — Wikipedia(補助的情報源。Köchel目録の構成とAnhangについての概説)
- Neue Mozart-Ausgabe (NMA) — Bärenreiter(モーツァルトの批判版全集に関する出版社ページ。付録作品の扱いについての解説が参照できる)
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