モーツァルト「弦楽五重奏曲 変ロ長調 K.46(偽作)」の真相 — 来歴・様式分析・演奏史を読み解く
はじめに
ウルフガング・アマデウス・モーツァルトの名は数多くの名曲とともに語られるが、その作品目録には正統な作曲作品とともに「疑作」「偽作」とされる曲もしばしば含まれてきた。本稿では、目録上に K.46 と付された「弦楽五重奏曲 変ロ長調」(通称・偽作)を取り上げ、来歴(文献史的事情)、様式的特徴、真贋を巡る論点、演奏・録音史、現代における扱い方までを詳しく掘り下げる。読み手がこの作品を聴く・演奏する際の指針と、音楽史的観点からの理解を深めることを目的とする。
作品の来歴と目録上の位置づけ
まず重要なのは「K.46」という通し番号が示す意味だ。Köchel(ケッヘル)目録はモーツァルト作品を年代順に配した基本的な秩序を与えるが、改訂を経るうちに疑義のある作品や所謂〈添付(Anhang)〉扱いの曲が付随するようになった。K.46 とされる弦楽五重奏曲は、伝来資料や初期の目録における作者表記が一貫しておらず、筆写稿の出所、紙質・透かし(ウォーターマーク)、写譜者の書入れなどの検証結果からモーツァルト自身の自筆譜ではない可能性が指摘されている。
学界では、こうした作品は次のような経路で目録に残ったと考えられている:16〜18世紀末から19世紀初頭にかけて、モーツァルトの名声が高まる中で無名作品や他作曲家の作品がモーツァルトの名で流通することがあり、写譜者や楽譜販売の際に誤った帰属が定着したケースが多い。K.46 もその類型に属するとみなされている。
手稿・資料の状況
真贋判定で最も重要なのは一次資料である。K.46 に関しては、現在確認されているのは原典譜(autograph)と確定できる自筆譜ではなく、写譜譜(コピー)や後年の目録写しに依る資料が中心であるとされる。写譜の筆跡、用紙のウォーターマーク、保存されている書誌的注記から、写譜がモーツァルトの存命中または直後に作られたことはあり得るが、作曲者自身の筆跡や第一次的な日付が確認されないため、確定的に「モーツァルト作」とする根拠は薄い。
また、近代の編集者や演奏家が利用してきた版は往々にして写譜に基づく校訂であり、途中に加筆や改変が入っている場合がある。したがって音型や和声の細部をもって直ちに作曲者を断定するのは危険である。
様式的・音楽分析
ここでは具体的な楽想の特徴を概観する(以下は一般的な分析観点であり、細部の動機や小節指定などは本文末の参考資料を参照されたい)。
- 編成と声部処理:一般的な古典派の弦楽五重奏の編成(2ヴァイオリン+2ヴィオラ+チェロ)を前提にした書法がみられるが、声部の均衡感や内声(第2ヴィオラ)の扱いにおいてモーツァルト成熟期の五重奏作品(後年の五大五重奏)に見られる高度な対位法や内声の独立性がやや欠けるという指摘がある。
- 和声進行・調性操作:平易で古典的な機能和声に基づく進行が中心で、急激な遠隔調への転調や独自の和声語法が少ない。モーツァルトの青年期作品には平易な特徴もあるが、和声の洗練度や曲の動機の展開力という点で差異を感じさせる。
- 主題構成と展開部:奏法上の動機発展や主題展開の技巧(モティーフの断片化と再構成、長期的な動機統一)はやや限定的で、形式感は古典的だが内的な緊張感の生成が弱いと評価される。
- 書法上の癖:弦楽器の演奏可能性やフレージングに関して、ヴァイオリンやヴィオラのポジション書き、ダイナミクスやアーティキュレーションの指示がモーツァルトの既知の自筆譜と一致しない点がある。これが写譜者の追記・改編によるものか、作曲者自身の異なる書法によるものかが議論になる。
真贋を巡る議論
音楽学では真贋判定に次の要素が重視される:一次資料(自筆譜等)の有無、他資料(写譜、出版譜、手紙等)の証拠力、様式的・統計的分析の整合性、そして歴史的伝承の整合性である。K.46 の場合、一次資料が欠けることと様式分析での違和感が重なり、現代の主要なモーツァルト目録や研究では「疑作/偽作」として扱われることが多い。
ただし「偽作」と言っても必ずしも悪意ある偽造を意味するわけではない。18世紀後半から19世紀にかけては作品の帰属が曖昧に受け継がれることが一般的で、名高い作曲家の名で流通することで楽譜の価値が高まる文化的背景があった。従って「偽作」との断定は、純粋に学術的な分類であり、音楽そのものの価値や魅力を否定するものではない。
演奏史と録音
K.46 のような疑作作品は、演奏レパートリーとしては限られている。主要な室内楽団体や古典派専門のアンサンブルは、まずは確実に作曲者の確定した作品を優先するため、K.46 のような作品の頻度は高くない。しかし、歴史楽器運動や早期音楽研究、あるいはモーツァルトの周辺作品群を探求するアーティストの手によって、断片的に録音や演奏が行われている。
録音・演奏に際しての実務的注意点としては、使用する版の選定(写譜/近代版の差異)、テンポ感やアーティキュレーションの選択、モダン弦楽器と古楽器それぞれに適した音色設計が挙げられる。偽作とされる理由が様式上の古さや平易さにある場合、作曲当時を想定した演奏慣習(短いフレーズ、自然なルバート、歌わせる歌唱性)を取り入れることで作品の魅力は十分に引き出せる。
編集学的観点と現代の評価
楽譜の版については、批判校訂(critical edition)が存在するかどうかが重要だ。K.46 の場合、主要な批判校訂には含まれていないことが多く、信頼性の高い版を得るためには原典写譜に立ち返り、現代のアンサンブルに合わせた校訂を行う必要がある。編集の際には、写譜上の誤写や後補記号を慎重に判別し、演奏上の実現可能性を考慮した装飾や音域修正の判断が必要となる。
現代の評価は二極化する。ある研究者や演奏者は歴史的・学術的正確さを重視して「モーツァルト作ではない」と位置づけるが、一方で音楽そのものの実演的価値を重視する立場では、作品を独立したレパートリーとして再評価し、プログラムに組み入れる動きもある。聴衆にとっては、作曲者が誰であるかよりも「音楽が聴き手に何を伝えるか」が重要だという観点も強い。
まとめと聴きどころ
K.46(弦楽五重奏曲 変ロ長調)は、目録上はモーツァルトの名で伝わるものの、一次資料の不確実性と様式的整合性の欠如から「疑作・偽作」として扱われることが多い。だがそれは作品価値の否定ではない。旋律の素直さ、和声の古典的明快さ、弦楽アンサンブルとしての響きの魅力は聴く者に素直に訴える。
聴く際のポイントは次の通りである:
- 第1主題の歌謡性(旋律の歌わせ方)を丁寧に聴くこと。
- 内声(第2ヴィオラやチェロ)の和声的役割が明示する対話を聴き取ること。
- 展開部や中間部での動機処理の簡潔さを、古典的様式の良さとして味わうこと。
演奏・録音を検討する奏者は、原典写譜に忠実でありつつも、時代奏法的な表現をどの程度取り入れるかを明確にしたうえで臨むと良いだろう。
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参考文献
- List of compositions by Wolfgang Amadeus Mozart — Wikipedia
- Köchel catalogue — Wikipedia
- IMSLP: Mozart, Wolfgang Amadeus — Free scores
- Digital Mozart Edition (Neue Mozart-Ausgabe) — Digital Mozart Edition
- Wolfgang Amadeus Mozart — Britannica
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